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RAPTORS

 入り組んだ天然の地下通路に偶然出来た、小部屋のような窪地。
 黒鷹はそこに居た。
 岩壁に一つだけ作られた、燭台の灯を見詰めていた。
 小さな灯の光で出来た、小さな影。
「この五年、ずっとここに居たんだってな」
 隼の気配を背中で察して、黒鷹は言った。
「…ああ」
 戦の後、焼け落ちた城跡を何度もさ迷った。
 自分でも何を探しているのか分からなかった。ただ、大き過ぎる喪失感を紛らわしたくて。
「お前が生きてるのか死んでるのか知れなかったから、ここに来るしか無かった。それで見つけたんだ、この場所を」
 王城に隠された地下通路。
 この暗闇の中で、微かな希望を抱いた。
 もしかしたら、ここから逃げる事に成功したのではないかと。
 黒鷹は、生きている――?
「茘枝と再会して、漸くお前が捕まってるんだって判ったんだけどな。…それで、お前を取り戻すには、天という国を壊すしかないと思った」
「…だから、戦を?」
「お前は一人で帰って来ちまったけどな。でも失ったモン取り返すのも、これ以上失わない術も、戦しかない…」
 否、と隼は続けた。
「俺はそれらよりも、天が憎いから壊したいと思った…それだけだ」
 初めて黒鷹は振り返った。
 正面から、向き合う。
「その憎しみは…何処から来てるんだ?」
 緑の目は、気まずく逸らされた。
「お前や国の事だけじゃない。…俺の、個人的な事情だ」
「それは――」
「聞くなよ」
 声を荒げた訳ではない。しかし、水面を打つ様な厳しさに、黒鷹は思わず黙った。
「…お前には、聞かせられない。お前が戦う理由を曲げちまう訳にはいかないから。これを背負うのは、俺一人だ」
 すっと跪く。黒鷹の足元に。
「側近という役目、今ここで暇を頂きたい」
「隼…!」
「貴方様のお側に居る資格は、私にはありません。醜い復讐の刃で王子をお守りする事は、出来ない」
「…それが、理由なのか」
 隼は伏せた頭で小さく頷いた。
「お前には、俺なんかよりずっと、大事な人が居たんだな…」
 今度は何も応えなかった。
 黒鷹は少し頂垂れて考え、跪いた。隼の前に。
「ごめんな、隼」
 ちらりと、緑の瞳が、上目遣いに黒鷹を捉える。
「俺にはお前の自由を奪う権利は無いのに、ここまで付き合わせて。ただでさえ俺達地の人間は、お前に恨まれて当然だったのに。お前の側に居る権利が無いのは俺の方だったんだ。だから頼む、お前は自由に生きてくれ。自分の思うように生きてくれ」
「……」
 恨んでなんかない、そう見開いた隻眼は言っていた。
 しかし口には出さなかった。狡猾な口は、このまま別れた方が良いと知っていた。
 そう思わせておけば、この優しい友は、二度と追って来ないから。
 孤独に、逃げ込む為に。
「ただ、出来ればさ」
 黒鷹は言った。泣きそうな声で。
「生きてくれよ。生きて…どこかで幸せに暮らして欲しい」
 隼は唇を引き結んだまま、さっと立った。
 背を向けて、歩みだす。
 今、振り向いたら、崩れてしまう。
「ごめん…」
 黒鷹の呟く声を背中で聞いた。
 それでも努めて何も考えず、足早にそこから立ち去った。
「ごめん…隼…。俺が殺す様なもんだな…これじゃ…」
 結局守る事は出来ず、守られるだけだと。
 黒鷹は、痛い程分かっていた。
「ごめん…」
 手の上を一粒、涙が濡らした。




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