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RAPTORS

 ――そもそもは、自分が黒を巻き込んだんだ。
 隼は地下通路を足早に歩いていた。
 当ては無い。ただ誰とも会いたくなくて。
 やっと天から逃れて帰ってきた黒鷹に、重責を与えるのも気が進まなかった。…否、自分は天に捕らえられた彼を救う事すらできなかったのに。
 その上、全てを押し付けたまま逃げようとしている。最後まで見届ける事もせず。
「…仕方ねぇんだよ…」
 思わず呟く。自分自身に対して。
 せめて生きて欲しい。生き残って欲しい。
 彼らにはまだ役目がある。民の為の役目が。国の為の役目が。
「生きられる道って、何なんだよ…。分かって言ってんのか、アイツは」
 それがもし本当にあるのなら、自分だってそれを選ぶだろう。だが、無い。
 出来ることなら、見届けたい。
 共に勝利し、平和な暮らしがしたい。
 …それを、自分じゃない誰かが実現させる、それだけのこと。
 その為に、やるべき事。誰かがせねばならない事。
 否。
 その根源には――…
「私なら止める理由が無いんじゃない?」
 突然、後ろから話しかけられた。
「茘枝」
 気配に気付かず、驚いて隼は振り返る。
「阿鹿から聞いたわよ、一人で天を止める気だった、って」
「勝手に過去形にするな、そこ。いつの間に帰ってきたんだ?」
「さっき、ね」
 彼女は天の偵察に行っていた。
「軍が動き出したわ。二日後にはここに来る。人数は五十程度」
「嘗められたモンだな」
「嘗めるも何も、一対五十で相手出来ると思ってんの、アンタは?」
「ああ。十分だろ。時間稼ぎなら」
「アンタが言うとどこまで本気なのか分かんない。…まぁ、私が居れば余裕で勝てるだろうけど」
「お前も分かんねーよ。何より、アンタを戦わせる気は無い。忍は必要だ」
 言われて、茘枝は「あ〜あ」と大仰に溜め息をつく。
「それこそ嘗めないでもらいたいわ。私はお生憎様、死ぬ気は無いし、こんなとこで再起不能になる程弱かないの。誰かさんみたいにね」
「ケンカ売ってんのか?」
「売りたくもなるわよ。このくらいで死ぬなんて弱音吐いてる奴だと」
「生きて戻れると思ってんのか?甘いんだよ、どいつもこいつも…。戦に死は付きモンだろ」
「…生きようとしなきゃ生き残れない、それが戦じゃない?」
「それは――」
「黒ちゃんはアンタに生き残って欲しいと思ってる。他の誰よりも」
「―-―」
「分かるでしょ?あんまりあの子を落胆させないで欲しいわ。ただでさえ、もういろいろ失っちゃってるのに。…それを支えるのがアンタの役目じゃなかったの?」
 司祭と皇后に言われ、黒鷹と出会ったあの日、あの瞬間。
 コイツに仕えるなら、悪くはない――そう思った。
 それを思わせたものが何なのか、彼はまだ知らない。
「黒ちゃんを救ったのは隼、アンタよ。その責任は果たしなさい、最後まで」
「…方法あるのか?」
「皆で戦う事よ。天は私達の規模を知らない。だからそこまで準備してはいない。そこを全力で戦えば勝機もある」
「だがここで力を使う訳にはいかない。次は負ける」
「最初から負け戦のつもりだったんでしょ?」
 思わず言ってしまってから、茘枝ははっとした。
 隼の目が据わっている。
「勝たなきゃ意味ねぇんだよ」
 全ては、地が勝利を得るために。
 勝てると信じている。
 司祭に誓ったのだ。新しい世界を作ると。
 その為なら何でもする。
「でも…私達は勝っても、アンタが居なきゃ意味が無いの。一生今日を後悔しなきゃならない」
「…つまり、俺が生きてりゃいいんだな?」
「そうよ、だから皆で…」
「それは駄目だ。…時間は稼ぐ。そして頃合いを見て俺も逃げる。それでいいんだろ?」
「…分かった。いいよ」
 茘枝は三歩譲って頷く事にした。
「ただし私も戦う。止めても無駄よ」
「止めねーよ、もう。ただ条件付きで」
「何?」
「“死ぬな”」
「お互いね」
 隼は笑って見せたが、腹は既に決めていた。
 彼は身を翻し、来た道を戻る。
 己の主に会う――もう一度だけ、会う事にした。




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あきゅろす。
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