RAPTORS
2
「ふっざけんなよ!!」
人気の無い通路で、二人は隼に食い掛かった。
「誰もふざけてねぇよ。俺は本気だ」
「お前、本気で一人で抑えられると思ってんのか!?シャレにならねぇぞ!」
「だから、ナメんなっつってんの」
胸倉も掴む勢いの鶸の手を払いのけて、隼は再び歩きだした。
その背中を見て、黒鷹が問う。
「お前…死ぬ気じゃねぇだろうな」
鶸が驚いて黒鷹を振り返り、隼を見る。
隼は振り返らない。
「…犠牲無しで事が成せると思ってんのか?」
「思ってねぇよ!!俺はずっとそれを悩んで…」
「ここを犠牲も無く通れるとは思えない。…なら最小限に止めるまでだ。時間は稼ぐ。それは保証する」
「何でだよ」
「…何が」
「何でお前が犠牲になるんだよ…どうして生きられる道を選らばねぇんだよ!?何でだよ!?」
黒鷹の叫びにも動じず、隼は落ち着きを払って言った。
「他に居ないからだ。犠牲になっていいヤツなんて」
「お前もだろ!?」
「…縷紅が居ればまだ勝機もあったかもな」
小さく、隼は呟いたが、言ったそばから後悔していた。
…あんなヤツの手は借りたくねぇ。
「一人で戦って死ぬなんて…そんなのお前のワガママだからな隼!!」
この言葉には、流石に立ち止まり振り向いた。
「お前のが全ッ然ワガママだ黒鷹!!」
「はぁ!?」
「てめぇは王族だろうが!!戦う事も死ぬ事も…こんな風に私情に任せる事も、許されねぇんだよお前は!」
「――!」
「少なくともそれが民の思う事だ!忘れるな!」
「…今更そんな事言うなよ…。ずっと一緒に戦ってきたのに」
「今は違う」
「だからさぁ…」
おずおずと鶸が口を挟む。
「いいじゃん、二人ともワガママって事で…」
「全然良くない!!」
断固として二人が口を揃えた。
ワガママを認めたところで、当然解決にはならない。
一つ息を吐いて隼は言った。
「王子サマよぉ、お前戦の度にそうやって騒ぐつもりか?」
「…何だよ、それ…」
「戦に犠牲は付き物だ。いい加減それを受け入れろ。もう後戻りなんざ出来ねぇんだから。王はそんな事に気を止めてちゃいけない。…悔やむのは、後だ」
「……」
黒鷹は唇を噛んだ。
隼は再び背を向ける。
「頼むよ、王サマ」
遠ざかっていく足音が、痛い。
鶸が肩をつつく。
彼の言いたい事は分かっている。
それでも黒鷹は無視をして、背中の消えた闇を見つめていた。
「追えよ、お前」
ついに我慢が切れて鶸は言葉に出す。
黒鷹は唇を噛んだまま、微動だにしなかった。
「クロ!」
「お前は行けるのかよ…」
虚空を睨んで呟く。
「お前は言えるのかよ…!?隼に、お前以外の誰かを犠牲にするから生きろ、って!!」
「……」
鶸はいっぱいに目を見開いて、親友の険しい横顔を見詰めた。
「そういう事なんだ…。俺達がしようとしている事は…」
黒鷹は一瞬自嘲を浮かべ、再び悩ましい表情に戻った。
「所詮、俺達は王族だ。戦う事も、誰かを守る事も出来ない王族なんだ」
がっくりと肩を落として踵を返す。
鶸は首を横に振って、それに見合う言葉を探したが、何も思い浮かばなかった。
「なぁ」
掛けた言葉は空を掠め、消えた。
最早手を出す気にはならなかった。
「隼は…いいのかよ、どうなっても…」
何か言わなければと出した声は、先刻程の気勢は無い。
隼が去った方とは反対側に、黒鷹はとぼとぼと歩いてゆく。
「何の為に俺達…」
鶸の声は途中で消え入った。
何の為に、強くなりたいと願って。
強くなったと思っている――なのに。
大事な友を一人、守る事すら出来ない程、本当は弱いのか。
「なんで…」
鶸は独り、立ち尽くしていた。
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