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RAPTORS

 それから数時間経った。
 しんとした、真夜中。
 扉の前に、何者かが立った。
 背が高く、細身。薄茶の髪を結っている。
 透錐だ。
 扉が開き、影が入る。
 闇の中を一歩一歩、音を立てる事無く歩く。
 向かう先は寝台。
 その手には、白く鈍い光を握っている。
 寝台にはかつて試合もした少年――既に青年と言える程に成長した縷紅が、死んだように眠っている。
 この子供の運命は、自分の掌中にある筈だった。
 それが指の間から滑り落ちようとしている。
 完全に落ちてしまう前に。
 透錐は眠っている縷紅の首の上に抜き身の短剣を構えた。
 一呼吸置いて。
 ざくりと、肉が切れる感触。
 だが、予想された感触とは違う。
 その時、布団が頭から覆い被さった。
 縷紅は寝台を飛び降り、扉へ走る。
 右の頬がぱっくり割れ、血が溢れている。
 透錐は布団と共に短剣を投げ捨て、長剣を抜く。
 縷紅は闇の中を走った。武器は一つも持っていない。逃げねばならなかった。
 だが、今の自分には殆ど体力は残ってない事を知っている。
 足元が危うくなる前に、扉の一つを蹴破った。
 素早く体を扉の中へ滑り込ませる。
 閉じた扉に背を預け、息を潜めた。が――
 横のガラス窓が、派手な音を立てて割れた。
 そこから黒い影が入ってくる。
 縷紅は扉を開け、駆け出そうとした時、ふっと全身の力が抜けた。
 倒れるのと同時に、肩から背に刃が走った。
 体が床に吸い付けられる感覚も、既に遠い。
 透錐が止めを差さんと、剣を振り上げた。
 ごす、と肉に刃を立てる音。
 だが相手が違う。
 縷紅は誰かの手に仰向けにされている。
「大丈夫か――しっかりしろ」
 朋蔓の声が降ってきた。
 透錐を刺したのは――気配で分かる。
 これ以上ない怒気を空気中にばらまいている人物。
「董凱…」
 呟いた言葉は、もはや声にならなかった。
「殺さないで…」
 自分と同じく倒れている透錐を、今にも斬ろうとしている董凱に言う。
 数秒、膠着状態になった。
 やがて、怒りを押し殺した声で董凱が言った。
「朋蔓…こいつを縛っておけ」
 透錐は腹部を刺されたのだろう、喘ぐ声が聞こえた。
 朋蔓が立ち、気配が薄らぐのに代わり、董凱が縷紅の頭を膝に乗せた。
 馴染のある手が触れる。それが徐々に消えていく。
「おい縷紅…死ぬな…死ぬんじゃねぇぞ!」
 妙にうろたえ、切羽詰った董凱の声。
 ―-そんな無茶言わないで下さい。
 そう思ったところで縷紅の意識は消えた。
「おい…おい!?」
 全く反応が無くなり、董凱は手に力を込める。
 朋蔓が透錐を縛り終えて立ち上がり、縷紅の手首を持った。
「…大丈夫、まだ脈はある。眠っているだけだ」
「本当か?」
 この人のこんな表情は二度と拝めないだろうと、朋蔓は小さく笑った。
 そんな縋るような目も、次の瞬間には掻き消えて、冷静な判断を下す。
「医者を二人連れて来い…早く!!」
 朋蔓は浅く頷き、その場を走り去った。



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