RAPTORS
5
後日行われた勝負はほぼ互角、微妙に透錐が上手だっただろうか。
問題はその勝負の後だった。
縷紅が宿舎に帰ろうとした時、透錐の方から話しかけてきた。
「君、強いねぇ」
暗くなりかけた道を、後ろからのんびり歩いてくる。
縷紅は立ち止まって透錐を待った。
「今日はたまたま君の調子が悪かったから良かったけど、別の日に試合をしたら、僕は負けるだろうな」
口調ものんびりと透錐が言う。
「別に不調ではないですよ。あれが今の私の全力です」
「だとしても、明日には僕は負けてしまうさ」
「そんな事無いですよ。今日は無理を言って試合してもらって、ありがとうございました」
“とんでもない”と、透錐は笑いながら首を振る。
「だけどね縷紅君、調子が悪かったのは確かだろう?」
「何故そう思うんです?」
本気で不思議がる縷紅の顔を見て、透錐はまた笑う。
「図星だろう?教えてあげるよ、切先が迷っていた」
「…え?」
「自分でも気付かないほど、微妙にね。何か悩み事がある?」
「別に…何も…」
「ま、君には董凱が居るからな。僕がでしゃばらなくても彼に相談すれば良い事だもんな」
「董凱はいつも忙しそうで、話す暇なんて無いですよ」
「そうか、頭だからな。…ところで君は天の子かい?」
「ええ。恐らくは。証拠が髪色しかありませんけど」
あっさりと縷紅は答える。
「東軍の中でそんな髪は君だけだな」
「外にもそんなに居ないらしいですよ」
「この街の外へ出た事がある?」
「無いです。一度も」
この時の縷紅には、高い塀で外界と遮断されたこの街から出る必要など無かった。
自給自足の東軍の人々が街の外に出るのは、戦の時ぐらいだ。
「…出てみたい?」
縷紅は一度首を縦に振ったが、すぐに思い直して横に振る。
「董凱が許してくれない」
「へぇ?彼の言う事なら何でも聞くの?」
「そんな訳じゃ…ないですけど…」
「あれ、もしかして」
透錐は目を細め、口の端を吊り上げる。
「董凱…いや東軍に疑念を持っていたりして」
「別にそんな事ないですよ…」
「ホラ図星。顔に書いてあるよ?」
口をつぐんでしまうのは、確かにそれが当たっていたから。
「悩み事もそれかい?それじゃあ董凱に言えないよなぁ」
「じゃあ聞きますけど、今の東軍は本当に正しいんですか?」
覚悟が決まったのか、縷紅の目が据わっている。
「戦をする理由が見えない…。何故人を殺す必要があるのか…」
「そうだな。全く無意味かも知れん」
「―-え?」
全く予想していなかった答えに、縷紅は目を丸くした。
「東軍の目的は天の王朝を倒す事、でもそれに何の意味があるんだろうなぁ?ひょっとすると単なる私情による恨みかもしれないし、この国自体を横取りしたいのかもな?」
「まさか…」
「君はそれを確かめる権利があるよ。なんたって天の子なんだから」
「…どういう事です?」
透錐は縷紅の肩に手を置いて、言った。
「外から東軍を見るんだ。間違った道を歩んでいるなら正さなきゃな」
「え…」
意味が分からない、と眉をひそめる。
すると透錐はぐっと小声で言った。
「君は董凱を絶対視しているから分からないだろうけど、彼はとんでもない人だよ」
「―-―」
「彼の真の目的は、地と共に天を滅ぼした後、地をも滅ぼして両国を従えようとしている。君は彼に疑念を持たぬよう洗脳されているんだ」
縷紅は透錐から数歩離れ、強張った笑みで言った。
「…冗談、キツイですよ」
だが透錐は真剣な顔だ。
「真実を見たいかい?私と彼のどちらが正しいのか」
縷紅は頷く。もはや彼には董凱が正しいとは言えなかった。
透錐は何か納得したように頷いて、言った。
「東軍を出て、天の本島へ渡るんだ。王城の許に軍基地がある。真実はその中だ」
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