RAPTORS
2
「誰だ!?」
鋭い声で中から問われる。
「地の国の使者です。援軍を願いに参りました」
「使者だと?」
がらりと、扉の小窓が開いた。
窓から覗いた顔に見覚えがある。七年分、年を経た顔ではあるが。
その顔は、驚いているようだ。
「女の使者とは珍しいな」
…一瞬、縷紅は本気で考え込んだ。
そして、茘枝のお蔭である今の自分の容姿をやっと思い出す。
「女だと思われるのなら、それで結構ですが…」
恐ろしい事に、この数日で、女装に違和感を覚えなくなっていた。
「まあいい。入れ」
扉が開かれる。
一歩、中に足を踏み入れた。
思わず立ち止まる。
封じてきた記憶が、鮮やかな色を取り戻して溢れ出した。
――やはり、言うべきだ。
「どうした?」
立ち止まっている縷紅を振り返って、男が問う。
「一つ伺っても?」
男は頷く。
縷紅は腰から剣を手に取った。
鞘の付いた剣を肩の高さまで掲げて、彼は訊いた。
「この剣に見覚えは?」
男は目を細めて首をひねる。
しかし、やがて思い当たったように口を開いた。
「それはもしや、董凱(とうがい)の剣では…?」
男は更に続けた。
「それはあの…紅髪(あかがみ)に授けられて、奴が持ち出した物。お前、奴を倒したのか!?」
「いいえ。――流石に貴方の記憶力は侮れた物ではない」
縷紅は剣を元に戻し、衣に手をかけた。
「お久しぶりです。朋蔓(ほうまん)――」
「――?」
頭から被っていた衣が、宙を滑り落ちた。
代わりに紅色の髪が舞う。
「お前は――」
「故あってこのような格好をしておりますが、私は縷紅本人です」
朋蔓の驚愕の表情は、やがて怒りに変わった。
「ついにお前が東軍を潰しに来たのか!?」
怒鳴られた縷紅は、ゆるく首を横に振った。
そして剣を再び手に取る――鞘が付いたままの剣を。
朋蔓は刀を構えた。
しかし縷紅は、剣を朋蔓に向けて投げていた。
投げ渡された剣を片手で受け取る。
「何の真似だ?」
「一つ報告する事があります」
静かに縷紅は言った。
「私は天の軍を退きました。今は地の王、黒鷹の許に居ます」
「何!?」
「証として剣を貴方に預けます。外には軍隊など居ませんよ。――董凱に会わせて頂けませんか」
「董凱に?」
「或いは、今の東軍のトップに。地を救い、天を倒す大望が今もあるのなら」
「お前が何と言おうが、我々を裏切って軍に入り、あまつさえ将軍になった奴に会わせられると思うか?」
「こんな台詞を言えた身じゃないのは分かっていますが…。私を信じて下さい。何なら私の手足を縛って頂いても構わない…」
朋蔓は縷紅をじっと見た。
彼の目は、動じない。
「…お前にそれだけの覚悟があるのなら」
朋蔓は、縷紅の剣を抜いた。
近付き、切先を彼の喉許にぴたりと付ける。
「斬るんですか?」
落ち着いた声で縷紅は問うた。
「…お前の言葉に嘘は無いと思う。だが、根から信じる訳にはいかんからな」
次の瞬間、朋蔓は刀を一閃させていた。
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