RAPTORS
5
夜。隼も黒鷹も寝静まっている。
いろんな意味でそれは珍しい事だが、隼は寝不足の為、黒鷹は昏睡の延長という理由で爆睡していた。
そもそも、二人共ちゃんとした、マトモな布団で寝る事すら久々だった。
だが、安眠の快楽を味わう二人に、影が忍び寄る。
月が厚い雲に隠れた。
辺りは闇に包まれる。
足音。
荒々しく戸を開ける音。
怒鳴りと共に階段を駆け上がる音。
…それでも二人は夢中にいた。
廊下を走り、そしてついに部屋の戸が開かれた。
「脱走者だ!脱走者がいるぞぉ!」
「うっせぇ」
叫びは一瞬、止まった。
見れば先頭に立っていた者が、そこに倒れている。
その腹に、小刀が刺さっていた。
「やっば!殺した!?」
沈黙を破ったのは、小刀を投げた張本人。
と共に、軍勢が押し寄せてきた。
「何だよコレ!?」
流石の隼も、安眠を崩した団体を見て不機嫌だ。
「あ、なーんだ。ケガしてもいい集団じゃんか」
黒鷹は安堵とも取れる声だった。
「なんだそれ…」
「俺様の追っかけ団体」
「ホントに、なんだそれ…」
「いーから!逃げるが勝ち!」
追跡者達は目を疑った。
正気の人間が、二階から飛び降りたからだ。
「下だ!」
窓に駆け寄った兵たちは、再び目を疑う事になる。
二階から飛び降りた黒鷹と隼は、全くケガも無く、走り出していた。
「あ〜…寝起きサイアク」
走りながら隼が呻く。
「まだいい方だな」
黒鷹はケロリとして言った。
「コイツを投げなかっただけ」
彼は愛刀をコツンと叩いて、そう補足した。
「さすがの隊長さんも、お前の奇襲は予測してなかったな」
「ま、向こうじゃできなかったし」
黒鷹の寝起きの悪さは天下一品である。
彼が身に武器を携えている限り、彼を起こした者はその刃の餌食となる。
今の所、それを躱せるのは隼だけだ。鶸でさえ、危うく手を失うところだった。
その寝起きさえあれば、黒鷹はその後ケロリとしている。
無ければ不機嫌な事この上ない。
「で、これからどうする?」
黒鷹が訊いた。
「寝る」
「へっ?道で?」
「馬鹿、近くにアジトがあるからそこで寝直す」
「なんだ良かったぁ。スイートルーム?」
「荒れ屋」
「まじ?」
小雨の降る真夜中を、二人は走った。
二人が行き着いたのは、荒れ屋とまではいかないが、周りに雑草が生い茂った古い建物だった。
夜目を凝らすと、それは寺院や教会のような宗教性のある建物と解る。
隼がノックすると、扉は内から開かれた。
「おやっさん、泊めてくれ」
ドアを開いた老人に隼が言った。
「…隼か」
「ああ。もう一人いる」
「入りなさい」
老人の目は厚い瞼に閉ざされ、明かりも持っていない事から盲目の人だろうと黒鷹は思った。
中はがらんとしていた。
前方に祭壇があり、奥に狭い部屋があった。寝室らしく、いくつか寝台が置かれている。
二人はその部屋に通され、老人も入ってきた。
「おやっさん、ここに居るの誰だと思う?」
隼が、黒鷹を指して言った。
「女でも出来たか?」
「違ぇよ!黒鷹だよ!王子が帰って来たんだ!」
「王子が…?」
黒鷹はその声を聞いて、はっとした。
「もしかして、司祭…!?」
「目をやられましたが生きておりますよ。王子もご無事で良かった」
「俺は…な」
一瞬陰った黒鷹の表情を、司祭は敏感に感じ取っていた。
「国王陛下の事は無念でなりません…。しかし貴方様がお帰りになった以上は、先の事を考えねば」
「…先の事…」
呟いた黒鷹に、隼が淡々と現状を告げた。
「…生き残った民は貧困に苦しみ、天の奴らの奴隷にされている。さっきの宿の主の様に、地の民である事を隠している者もいるが…。知れたら命は無い…」
「……生き残っているのは何人?」
「元の人口の三分の一ほど…」
「そんなに殺されたのか…」
黒鷹の言葉に、隼は黙って頷いた。
「放っておけば死者が増えるだけだ…。…もう天の奴らに同胞を殺されたくはない…」
「それで今、隼を筆頭として生き残った者を集め、反乱軍を作っているのです」
「反乱…?」
「クロ、俺に代わって統率者になってくれ。お前の方が相応しい」
「…ちょ、ちょっと待てよ。俺は反乱なんかしたくない!」
「何!?」
「もうこれ以上、戦いで人を失うのは嫌だ。それなら俺が一人で天に乗り込んだ方がいい」
「お前なぁ…」
「皆を殺すような真似はしたくない」
言い切って、黒鷹は黙った。
隼が反論しようと口を開くが、言葉が紡がれる事は無かった。
その様子を見ていた司祭が口を開いた。
「ならば明日、同胞の様子を見に行きましょう」
「…分かった」
黒鷹が頷くのを見て、司祭は微笑した。
「本当は貴方を巻き込みたくなかった…」
「…それはこっちの台詞だ。本当なら俺一人で戦うのに」
「そんな事させるか」
黒鷹は、隼を見た。
その顔は、本気だった。
「お前に死なれると困るんだよ」
「……」
「ああ、寝直すんだったな。とんだ邪魔に感動の再会…ったく付き合ってられねぇ」
言いながら、隼は寝台に横になった。
「王子もどうぞ。汚い所ではございますが…」
司祭に促され、黒鷹は寝台に上がった。
「お休みなさいませ」
挨拶をして、司祭は部屋を出た。
彼が扉を閉めるのを見計らって、黒鷹は言った。
「お前、いいな。司祭…おやじさん生きてて」
「…ああ」
司祭は隼の育ての親だ。彼が幼い時から、黒鷹の側近になるまで、この建物の中で育った。
だから、隼はこんな問いが浮かぶ。
「…寂しいか?」
黒鷹は答えなかった。
寂しいなんて言っている場合でもなく、また黒鷹はそんな事を口に出す性格ではない。
隼は深追いせず、眠ってしまおうとしていた。
「…悔しい。守れなくて」
闇の中、黒鷹が囁いた言葉を、隼は半ば夢中で聞いていた。
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