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RAPTORS

 夜。隼も黒鷹も寝静まっている。
 いろんな意味でそれは珍しい事だが、隼は寝不足の為、黒鷹は昏睡の延長という理由で爆睡していた。
 そもそも、二人共ちゃんとした、マトモな布団で寝る事すら久々だった。
 だが、安眠の快楽を味わう二人に、影が忍び寄る。
 月が厚い雲に隠れた。
 辺りは闇に包まれる。
 足音。
 荒々しく戸を開ける音。
 怒鳴りと共に階段を駆け上がる音。
 …それでも二人は夢中にいた。
 廊下を走り、そしてついに部屋の戸が開かれた。
「脱走者だ!脱走者がいるぞぉ!」
「うっせぇ」
 叫びは一瞬、止まった。
 見れば先頭に立っていた者が、そこに倒れている。
 その腹に、小刀が刺さっていた。
「やっば!殺した!?」
 沈黙を破ったのは、小刀を投げた張本人。
 と共に、軍勢が押し寄せてきた。
「何だよコレ!?」
 流石の隼も、安眠を崩した団体を見て不機嫌だ。
「あ、なーんだ。ケガしてもいい集団じゃんか」
 黒鷹は安堵とも取れる声だった。
「なんだそれ…」
「俺様の追っかけ団体」
「ホントに、なんだそれ…」
「いーから!逃げるが勝ち!」
 追跡者達は目を疑った。
 正気の人間が、二階から飛び降りたからだ。
「下だ!」
 窓に駆け寄った兵たちは、再び目を疑う事になる。
 二階から飛び降りた黒鷹と隼は、全くケガも無く、走り出していた。
「あ〜…寝起きサイアク」
 走りながら隼が呻く。
「まだいい方だな」
 黒鷹はケロリとして言った。
「コイツを投げなかっただけ」
 彼は愛刀をコツンと叩いて、そう補足した。
「さすがの隊長さんも、お前の奇襲は予測してなかったな」
「ま、向こうじゃできなかったし」
 黒鷹の寝起きの悪さは天下一品である。
 彼が身に武器を携えている限り、彼を起こした者はその刃の餌食となる。
 今の所、それを躱せるのは隼だけだ。鶸でさえ、危うく手を失うところだった。
 その寝起きさえあれば、黒鷹はその後ケロリとしている。
 無ければ不機嫌な事この上ない。
「で、これからどうする?」
 黒鷹が訊いた。
「寝る」
「へっ?道で?」
「馬鹿、近くにアジトがあるからそこで寝直す」
「なんだ良かったぁ。スイートルーム?」
「荒れ屋」
「まじ?」
 小雨の降る真夜中を、二人は走った。

 二人が行き着いたのは、荒れ屋とまではいかないが、周りに雑草が生い茂った古い建物だった。
 夜目を凝らすと、それは寺院や教会のような宗教性のある建物と解る。
 隼がノックすると、扉は内から開かれた。
「おやっさん、泊めてくれ」
 ドアを開いた老人に隼が言った。
「…隼か」
「ああ。もう一人いる」
「入りなさい」
 老人の目は厚い瞼に閉ざされ、明かりも持っていない事から盲目の人だろうと黒鷹は思った。
 中はがらんとしていた。
 前方に祭壇があり、奥に狭い部屋があった。寝室らしく、いくつか寝台が置かれている。
 二人はその部屋に通され、老人も入ってきた。
「おやっさん、ここに居るの誰だと思う?」
 隼が、黒鷹を指して言った。
「女でも出来たか?」
「違ぇよ!黒鷹だよ!王子が帰って来たんだ!」
「王子が…?」
 黒鷹はその声を聞いて、はっとした。
「もしかして、司祭…!?」
「目をやられましたが生きておりますよ。王子もご無事で良かった」
「俺は…な」
 一瞬陰った黒鷹の表情を、司祭は敏感に感じ取っていた。
「国王陛下の事は無念でなりません…。しかし貴方様がお帰りになった以上は、先の事を考えねば」
「…先の事…」
 呟いた黒鷹に、隼が淡々と現状を告げた。
「…生き残った民は貧困に苦しみ、天の奴らの奴隷にされている。さっきの宿の主の様に、地の民である事を隠している者もいるが…。知れたら命は無い…」
「……生き残っているのは何人?」
「元の人口の三分の一ほど…」
「そんなに殺されたのか…」
 黒鷹の言葉に、隼は黙って頷いた。
「放っておけば死者が増えるだけだ…。…もう天の奴らに同胞を殺されたくはない…」
「それで今、隼を筆頭として生き残った者を集め、反乱軍を作っているのです」
「反乱…?」
「クロ、俺に代わって統率者になってくれ。お前の方が相応しい」
「…ちょ、ちょっと待てよ。俺は反乱なんかしたくない!」
「何!?」
「もうこれ以上、戦いで人を失うのは嫌だ。それなら俺が一人で天に乗り込んだ方がいい」
「お前なぁ…」
「皆を殺すような真似はしたくない」
 言い切って、黒鷹は黙った。
 隼が反論しようと口を開くが、言葉が紡がれる事は無かった。
 その様子を見ていた司祭が口を開いた。
「ならば明日、同胞の様子を見に行きましょう」
「…分かった」
 黒鷹が頷くのを見て、司祭は微笑した。
「本当は貴方を巻き込みたくなかった…」
「…それはこっちの台詞だ。本当なら俺一人で戦うのに」
「そんな事させるか」
 黒鷹は、隼を見た。
 その顔は、本気だった。
「お前に死なれると困るんだよ」
「……」
「ああ、寝直すんだったな。とんだ邪魔に感動の再会…ったく付き合ってられねぇ」
 言いながら、隼は寝台に横になった。
「王子もどうぞ。汚い所ではございますが…」
 司祭に促され、黒鷹は寝台に上がった。
「お休みなさいませ」
 挨拶をして、司祭は部屋を出た。
 彼が扉を閉めるのを見計らって、黒鷹は言った。
「お前、いいな。司祭…おやじさん生きてて」
「…ああ」
 司祭は隼の育ての親だ。彼が幼い時から、黒鷹の側近になるまで、この建物の中で育った。
 だから、隼はこんな問いが浮かぶ。
「…寂しいか?」
 黒鷹は答えなかった。
 寂しいなんて言っている場合でもなく、また黒鷹はそんな事を口に出す性格ではない。
 隼は深追いせず、眠ってしまおうとしていた。
「…悔しい。守れなくて」
 闇の中、黒鷹が囁いた言葉を、隼は半ば夢中で聞いていた。




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