[携帯モード] [URL送信]

RAPTORS

 三日後、黒鷹達は城跡に着いた。
 かつて地下通路だった基地は、人で溢れた。
 ここで待ち受けていたのは、阿鹿と鶸の盗賊仲間だけで、茘枝は天へ情報収集へ行ったらしい。
 民の、疲労の色は濃い。
「ご無事で何よりです、黒鷹様」
 早速、阿鹿が寄って来た。
「うん…俺はね」
「誰か怪我人が?」
「…司祭が亡くなったよ。殺された」
「なんと…」
 思わず黒鷹の後ろに控えていた隼を見遣る。
 その表情はいつも通り冷えている。
「民を開放なさったのですね」
「ああ。素通り出来なくて」
「天がすぐにでも攻めてきましょう。早々に対策を…」
「それは分かってるけどさ」
 黒鷹はあたりをぐるりと見回し、阿鹿で目を止めた。
「皆疲れ切ってる。…今すぐとはいかない」
「そうでしょうけど…」
「万一、天が攻めて来たら、その時は俺と隼と鶸と、それから縷紅と鶸の仲間達で何とかする」
「そんな無茶な…」
 阿鹿が開いた口は反論の言葉を見つけず、代わりにこんな台詞を吐かせた。
「いざとなれば、私が、あなた様の命をお守りします」
「あ、そーゆー奴ならもう居るから。なっ、隼?」
「・・・はい」
 何だか不キゲン。
「あの、少し宜しいですか?」
 縷紅が話の輪に入ってきた。
「どした?」
 黒鷹も振り返る。
「天に攻められる前に、援軍を呼ぼうと思うのですが…」
「援軍!?」
 黒鷹、阿鹿、そして隼も聞き返す。
「そんな物居るの!?どこの国!?」
「いえ、国ではなくて…」
 言葉を切り、言っても良い物だろうかと考える。
「…阿鹿殿ならば“東軍”をご存知で?」
「ああ、小耳に挟んだ事は…」
「何ソレ?とーぐんって?」
「天に居る、地の同盟軍ですよ。我々の味方です」
「ふーん…。そんなのがあったんだ…」
「しかし縷紅殿、貴方は元々天の軍に居たと聞いた。貴方が行くのは危険ではないのか?東軍に地を疑われる事にも成り兼ねん」
「いえ…東軍には知り合いが居ましてね。話せば解って頂ける人達です」
 言うと、阿鹿は妙な顔をする。
「天の将軍が、東軍に知り合いが居るとは…」
「――じゃ、お前天に行くのか?」
 代わって黒鷹が問う。
「はい。今戦力を欠く事は危険だと分かっていますが…」
「うん…お前が居ない時に襲われたらヤバイ」
「しかし王子、今のままでも十分“ヤバイ”のでは?」
 隼が進言する。
「行かせた方が良いと思います。天にこの場所が見つかる前に」
「そうだな…でも…」
「まだ、何か?」
「お前、天に行って大丈夫なのか?」
「ええ、問題はそこです。私が天でどこまで動けるか…」
「見つかったら殺されちまうんだよなぁ…。何かいい案無いかなぁ」
 と、一同が思案に暮れている所へ。
「人殺しぃ!!」
 何やら民の中で騒ぎが起きている様だ。
「――見て来ます」
 言って、隼が立った。
「…何だろうな」
 黒鷹も騒ぎの方へ目をやる。
 と、刀と刀のぶつかる音が響いた。
 一方の刀は隼。
「――おいおい!?」
 黒鷹達も傍観してはいられなくなって、慌てて駆け付ける。
「おい、どうしたんだよ!?」
 叫んだ時、もう一方の刀を持っている人物を見た。
 女だ。歳は二十代の始め。
「根の人間なんか…!!」
 しきりに何か叫んでいる。
「どうやら、お前の事らしいな」
 黒鷹が、尚も刀を交えている隼の耳に囁く。
「好きでトラブルメーカーになってるワケじゃねぇんだよ」
 隼も苦い顔で囁いた。
「…落ち着けよ。この中で刃物振り回しちゃ危ないだろ?」
 黒鷹は女に向かって言った。
「王の言う事は聞いておきましょうよ?今の所、この国の法律は彼なんですから」
 縷紅も宥めにかかる。
 そうしてやっと、刀に込められていた力が抜けた。
「根の人間に恨みでもあるのか?でもそれをコイツに向けるのは八つ当たりでしかないぞ?」
 黒鷹が問えば。
「根の人間全てを恨んでいるんです…!」
「いやーでも、コイツは例外」
「違わないわ!!根の血が流れているもの!」
「…何があったんですか」
 縷紅が穏やかに問う。
 しかし、彼女はそれに答えない。
 唇を噛んで、刀を納めた。
 それを受けて、隼も刀を鞘に戻す。
 そして一つ息を吐いて言った。
「違ってたら悪いけど…あんた根の人じゃねぇの?」
 その言葉に、黒鷹達は勿論、女自身もはっとする。
「その目…」
 髪は薄い茶色。しかし瞳は濃い緑。
 隼と同じ色。
「あ〜?何かますます難解だな、こりゃ」
 黒鷹が腕を組む。
「名前は?」
 隼が訊く。
 女はきっと隼を見上げて、言い切った。
「根の国の王、栄撞(えいどう)の娘、栄魅(えいみ)」
 場は静まった。
 栄魅だけが、ぽつりと言った。
「あの女と根の民のせいで、私はこんな所に居るのよ…」
 “あの女”が誰なのか、根に行った二人には判る。
 何だかマズイ事になりそうだと、二人とも内心穏やかでない。
「…つまり、あんたは根の先王の娘ってワケだな…。国外追放とかで地の国に来たのか?」
「そうよ。髪の色を染めて生き延びてきた」
「……」
「どうする?隼」
 黒鷹が隣へ囁く。
 その隼は、屈み込んで、座っている栄魅と視線を合わせた。
「…地で生きるのは大変だったろ」
「…?」
 栄魅は隼の言葉の真意が呑めず、答えない。
 それでも構わず、隼は続けた。
「空気も人も、何でこんなに悪いのかって恨んだだろ」
「…あなたも?」
 隼は素直に頷く。
「でもな、たまにはイイ奴も居るんだよ。そうでなきゃ俺達は生きていない…だろ?」
「――」
「根も同じさ。国でなんか違わない。同じ人間だから…全員を怨むのは筋違いだろ?そりゃ自分の父親が殺されて、しかも愚王と罵られちゃ、気持ちは解らないでもないけど」
「…あなたは、誰?」
「…えーっと」
 どうしよっか、という目を黒鷹に送る。
 しかし、黒鷹も「どうするんだよお前」と言わんばかりの顔をしている。
「…とりあえず、今は王の側近」
「どうして地に来たの?」
「…どうして、って…」
 珍しくたじろいでいる隼。
 ――いや、もういいか。関係無いんだし。
「刀は抜かずに聞いてくれよ?」
「…分かった」
「俺もあの女に恨みを持っている…って言うか殺そうと思っている」
「何故?」
「根の国総帥、光欄は俺の実の母親だ」
「――えっ!?」
「俺は二歳の時、地に捨てられた。理由は知らねぇけど、あの女が本当にろくな奴じゃないってのは会ってみて分かった」
「会ったの?」
「…つい数日前に。殺されかけた」
「酷い」
 “全くだ”と頷いて、栄魅に告げた。
「あの女だけなら、仇討ちは協力してやる。こっちの事が終わってからな」
「…分かった。ありがとう」
 栄魅が微かに笑ったのを見て、隼は立ち上がった。
「――ねぇ、名前は?」
 栄魅が尋ねた。
「――隼。今はな」
 踵を返すと、黒鷹と、いつの間にか寄って来た鶸のニヤニヤした顔。
「“イイ奴”って、俺らの事だろ?」
「……はっ?」
「俺らが居なきゃ生きてけねぇかぁ〜。やっぱりな〜」
「んなワケ…」
 否定しようとして、慌てて言葉を飲み込む。
 阿鹿の目が光っていた。



[*前へ][次へ#]

8/10ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!