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RAPTORS

「…何、やってんだよ」
 無意識にこぼれた言葉は、その場に居る全員に対してのものだったのかも知れない。
 不確かな足取りで、倒れている司祭の許へ行き、跪いた。
「…隼」
 細い声で司祭が言った。
「王子にお供出来なくて申し訳ないと伝えてくれ…」
 息も絶え絶えに喋る司祭。
 隼は、返す言葉が無かった。
「私は…お前の親に…なれたのかな…」
「決まってんだろ!アンタ以外に誰が…」
「幸せな人生…送らせてやれなくて…ごめん…な」
「何言って…!?」
「願わくば…本物の家族と暮らして――…」
 言葉が途絶えた。
 ゆっくりと、瞼が閉じた。
「――おい…!?」
 無意識に、きつくきつく握っていた手に、握り返す力は無かった。
「…おやっさん…!」
 放心した様に死に顔を眺め、そして握っている手を自らの額に当てた。
「…謝りたいのは、こっちの方だ…」
 巻き込んでしまって。
 守りきれなくて。
「ごめん…」
 殆ど声にならず、唇だけが言葉を紡ぐ。
「――隼…!」
 走り寄る音と共に、黒鷹が名を呼んだ。
 後ろに鶸も居る。
 隼は振り向かなかった。
「――司祭!?」
 近くまで来て、やっと二人は気付いたようだ。
「どうして――!?」
 近付いたが、完全に司祭と隼の傍まで寄る事は出来なかった。
 踏み込めない、何かがあった。
 傍らに縷紅が立っていた。
 彼もまた、息を詰めて二人を見ていた。
「…死んでる…のか…?」
 そっと、鶸が縷紅に尋ねる。
 彼は、沈黙をもって答えとした。
「…鍵はあったのか?」
 突然、隼が訊いてきた。視線は変わっていないが。
「あ、ああ。あった」
 驚き慌てながら、鶸が答える。
「さっさと民を開放して来い。二人で出来るだろ」
「分かった…」
 黒鷹が答え、一歩引いた。
 動きかねている鶸の腕を引き、二人はその場を立ち去った。
 遠くなる二人の足音を、無言で聞く。
 それが消えると同時に、隼が口を開いた。
「わざと逃がしたのか?」
 研ぎ澄まされた刃の様な、鋭い口調。その刃は、唯一その場に残った縷紅に、ぴたりと向けられている。
「故意には逃がしていません。信じて貰えるのなら、全て誤算です」
 本物の刃以上の痛みを、縷紅は感じている。
「信じるわけ、ないだろ」
 初めて隼が顔を上げた。
 既に悲しみの色は消し、純粋な怒りが表情に出ている。
「司祭に刀を持たせておいたのもお前だな?」
「…はい」
 護身用、とは言えなかった。ここで言えば単なる言い訳だ。
 敵を一人でも逃がせば、こちらの動向が知られて危険だ――それを知っていたから、司祭はあの瞬間、刀を手に飛び出した。
 逃げた敵を追っていた――隼の前を走っていたのが縷紅だった。
「やっぱりお前は天の間者なんだろ…!?」
「それは違う」
「当たってるとは言えないだろ!!」
「私は天とは完全に縁を切った。間者ではありません」
「嘘だ」
「本当に、関係無いんです…!」
「何故、司祭を殺した…?」
「だから、隼!」
「殺す…!」
「隼!」
 一瞬で刀を抜き、縷紅に飛び掛かった。
 彼は、動かなかった。
 刀は、肩を少し切って止まった。
「…なんで避けない…」
 苦渋に満ちた呟きが、地面へ零れ落ちる。
「あなた自身が、少し迷ってくれたからです」
 自分の傷の方は気にせず、優しく隼の肩に手を置いた。
「――っ触るな!!」
 飛びのけるが、先刻の様に縷紅を真正面から睨み据える事が出来なかった。
――迷った?俺が…?
 認めたくはなかった。
 確かに一瞬、切っ先が迷ったのだ。
 この男を、本当に殺しても良いのだろうか、と。
 そして結局、止めてしまった。
「これ以上、司祭の前で人を斬りたくないからだ…」
 迷った理由を、力無く言った。
 勿論、建前だという事は、隼も縷紅も判っている。
「人殺しを嫌いましたか、彼は」
「…関係無ぇだろ」
 ぶっきらぼうに言って、遺体を背負った。
「どうするんです…?」
「うるさい」
 会話拒否。
 更に深まった溝の深さに、縷紅は一つ溜息を付いた。



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あきゅろす。
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