RAPTORS
5
「…何、やってんだよ」
無意識にこぼれた言葉は、その場に居る全員に対してのものだったのかも知れない。
不確かな足取りで、倒れている司祭の許へ行き、跪いた。
「…隼」
細い声で司祭が言った。
「王子にお供出来なくて申し訳ないと伝えてくれ…」
息も絶え絶えに喋る司祭。
隼は、返す言葉が無かった。
「私は…お前の親に…なれたのかな…」
「決まってんだろ!アンタ以外に誰が…」
「幸せな人生…送らせてやれなくて…ごめん…な」
「何言って…!?」
「願わくば…本物の家族と暮らして――…」
言葉が途絶えた。
ゆっくりと、瞼が閉じた。
「――おい…!?」
無意識に、きつくきつく握っていた手に、握り返す力は無かった。
「…おやっさん…!」
放心した様に死に顔を眺め、そして握っている手を自らの額に当てた。
「…謝りたいのは、こっちの方だ…」
巻き込んでしまって。
守りきれなくて。
「ごめん…」
殆ど声にならず、唇だけが言葉を紡ぐ。
「――隼…!」
走り寄る音と共に、黒鷹が名を呼んだ。
後ろに鶸も居る。
隼は振り向かなかった。
「――司祭!?」
近くまで来て、やっと二人は気付いたようだ。
「どうして――!?」
近付いたが、完全に司祭と隼の傍まで寄る事は出来なかった。
踏み込めない、何かがあった。
傍らに縷紅が立っていた。
彼もまた、息を詰めて二人を見ていた。
「…死んでる…のか…?」
そっと、鶸が縷紅に尋ねる。
彼は、沈黙をもって答えとした。
「…鍵はあったのか?」
突然、隼が訊いてきた。視線は変わっていないが。
「あ、ああ。あった」
驚き慌てながら、鶸が答える。
「さっさと民を開放して来い。二人で出来るだろ」
「分かった…」
黒鷹が答え、一歩引いた。
動きかねている鶸の腕を引き、二人はその場を立ち去った。
遠くなる二人の足音を、無言で聞く。
それが消えると同時に、隼が口を開いた。
「わざと逃がしたのか?」
研ぎ澄まされた刃の様な、鋭い口調。その刃は、唯一その場に残った縷紅に、ぴたりと向けられている。
「故意には逃がしていません。信じて貰えるのなら、全て誤算です」
本物の刃以上の痛みを、縷紅は感じている。
「信じるわけ、ないだろ」
初めて隼が顔を上げた。
既に悲しみの色は消し、純粋な怒りが表情に出ている。
「司祭に刀を持たせておいたのもお前だな?」
「…はい」
護身用、とは言えなかった。ここで言えば単なる言い訳だ。
敵を一人でも逃がせば、こちらの動向が知られて危険だ――それを知っていたから、司祭はあの瞬間、刀を手に飛び出した。
逃げた敵を追っていた――隼の前を走っていたのが縷紅だった。
「やっぱりお前は天の間者なんだろ…!?」
「それは違う」
「当たってるとは言えないだろ!!」
「私は天とは完全に縁を切った。間者ではありません」
「嘘だ」
「本当に、関係無いんです…!」
「何故、司祭を殺した…?」
「だから、隼!」
「殺す…!」
「隼!」
一瞬で刀を抜き、縷紅に飛び掛かった。
彼は、動かなかった。
刀は、肩を少し切って止まった。
「…なんで避けない…」
苦渋に満ちた呟きが、地面へ零れ落ちる。
「あなた自身が、少し迷ってくれたからです」
自分の傷の方は気にせず、優しく隼の肩に手を置いた。
「――っ触るな!!」
飛びのけるが、先刻の様に縷紅を真正面から睨み据える事が出来なかった。
――迷った?俺が…?
認めたくはなかった。
確かに一瞬、切っ先が迷ったのだ。
この男を、本当に殺しても良いのだろうか、と。
そして結局、止めてしまった。
「これ以上、司祭の前で人を斬りたくないからだ…」
迷った理由を、力無く言った。
勿論、建前だという事は、隼も縷紅も判っている。
「人殺しを嫌いましたか、彼は」
「…関係無ぇだろ」
ぶっきらぼうに言って、遺体を背負った。
「どうするんです…?」
「うるさい」
会話拒否。
更に深まった溝の深さに、縷紅は一つ溜息を付いた。
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