[携帯モード] [URL送信]

RAPTORS

 王宮から帰る足で、軍本部へ寄った。
 兵たちが忙しく動き回るのを横目に、最深部へと向かう。
 返事は無いと分かっているものの、一応扉を叩き、開く。
「どこまでが嘘だ?」
 “失礼致します”と言おうとした矢先、挨拶もなしに訊いてくる。
「殆ど全部です」
「王に嘘をつくとは悪い癖だな」
「あなたの癖が染ったんですよ」
 「ふふん」と鼻で笑い、顎で席を促す。
 天の軍部、最高司令官――緇宗。
「では反乱軍の潰滅はまだかかるな」
「我らへの攻撃もまだかかりましょう」
「それで?問題児二人は?」
 尤もかも知れないが、未だに子供扱いかと姶良は苦笑した。
「脱走囚の方は姿を見せませんでした。恐らくどこかに隠れているかと」
「奴のガラじゃないな」
「会われた事が?」
「牢の中でな。何度か話した。噛み付きそうな子犬みてぇなガキだ」
「それで、裏切者は…」
「――縷紅でいい。会ったのか?」
「はい。対峙しました」
「負けたのだろう?」
「…生かされました。人を殺すのを、避けたいと言って」
 緇宗はくっくと笑う。
「やっぱ甘ちゃんだなぁ。やっと自覚持ったか」
「私だって、あの子が相手なら躊躇います」
 言い切った姶良を、緇宗は興味深そうに見る。
「この任は私以外の人間にして下さい。剣の腕でも私は彼を斬れないけど。そもそも忍の仕事じゃありません」
「いや――。忍のお前だから、この任を与えた」
「それは…」
「私情を消せるのが忍だからな」
「しかし、縷紅を確実に殺す者は軍に腐る程居りましょう。出世を狙う者は、皆妬んでいた」
「殺されちゃ意味が無いんでな」
「ええ?」
 驚く姶良を、再びくつくつと笑う。
「生かせ。殺すな。俺が撒いた種だ。まだ花も咲いてなけりゃ、実も戴いてねぇ。収穫はもぎ取らなきゃ意味が無いだろ」
「―――収穫、とは…」
 緇宗は意味深に笑う。そして低く言った。
「奴はまだこの手の内に居る」
「……」
「転がすも捻り潰すも、この手次第だ」
 右手を目前に浮かせ、握る。
 姶良は息を呑んだ。
「御自身で、仕留めると…そういう事ですか」
 せせら笑う眼に、血や涙は無縁なのだろう。
 冷徹に、獲物を、仕留める。
 例えどんなに親しい相手でも。
「次の任務だ」
 机の上に散らばっている紙を探ると、一枚の紙を手に取り、口に不敵な笑みを浮かべる。
「これが何の資料か判るか?」
 言いながら姶良の方へ投げる。
 空気に乗って、紙は姶良の足元に落ちた。
 彼女は拾いながら呟く。
「これは…私が作った…」
「お前が報告してくれた、地の王宮の内情だ」
「ずいぶん前の資料ですね。これが何か…?」
「王子の周りの人間を利用しろ。おびき出せ。二人共必ず来る。向こうからな」
「利用とは、つまり…」
「決まっている。連れて来て餌にするんだ。二人が釣れたら処分して構わん」
「…必ず釣れると…自信がおありなのですね…?」
 「ああ」と、不敵な笑みのまま頷く。
「甘い所を利用してやれ。地の奴らも思い知るだろ」
 姶良はじっと資料に目を注ぐ。
「何か…問題あるか?」
 自ら了解の意を告げない彼女に、煙管を弄ぶ手が焦れている。
 姶良は重く口を開いた。
「私は貴方様の命により縷紅を殺せない立場に居る。しかし向こうはその覚悟次第です…」
「だから?」
「私に死ねと仰せですか?」
 単刀直入に姶良は訊いた。
 見詰め返す瞳には、迷いは無かった。
 ここで頷けば、彼女は、命令通りに果てるだろう。
 強固な覚悟を孕んだ瞳だった。
「…お前は、俺の手も同然だ。お前が奴に留めを刺すなら、それも有りだ。その方が奴も浮かばれるだろう」
 いくらか優しく言って、改めて命じた。
「縷紅と対峙する事があれば、その時は、本気で闘え。殺しても構わん」
 それでも彼女はたっぷりの間を置いて。
 やっと、返答した。
「承りました」
 緇宗が頷く間も無く、しかしと続ける。
「一つだけ言わせて下さい」
「…何だ」
 姶良は背を向け、扉の前に立つと、小さく呟いた。
「私達が命懸けと知って、任務を御自身の道楽として下すのは…悪い御趣味ですよ」
 早口に言って、扉を開ける。
 差し込んだ光の眩しさに、緇宗は目を細めた。
 扉が支えを無くして閉まる。
 再び光を無くした部屋。
「道楽ねぇ…」
 椅子の軋む音と相俟って落ちた低い呟き。
「俺とて必死なんだよ」
 吐き捨てて、我ながら似合わぬ言葉に、自嘲が洩れた。


 一方で、外に出、回廊を歩みながら彼女は。
 深く、深く溜息を吐き出した。
――己の感情を消すのが、忍。
 そう、そうしてきた。今までは。
 しかし、今は。
 それが、憎い。
「姉貴」
 呼ぶ声がした。
 回廊の向こう、草花で整えられた美しい庭から、一人の少年が近付いてきた。
「緑葉(リョクヨウ)?どうしたの」
 姶良は弟の名を呼んだ。
 彼は庭に流れる小川越しに応じた。
「今から総司令官に稽古をつけて頂くんだ」
「緇宗様自ら?」
 緑葉は嬉しそうに、無邪気に頷く。
 姶良は――緇宗の意図を知って。
 愕然とし、また同時に、覚悟を決めた。
「…姉貴?」
 怪訝に緑葉が呼ぶ。
 涙が出そうで、しかし出してはならぬと踏み止まる事に必死で。
「…ごめん、緑葉…」
 実弟が不思議そうにこちらを伺っている。
 どうして良いか、動き兼ねて。
「ごめんね…」
 緑葉の顔が滲んだ。
 それを自覚したと同時に、彼女は走った。
 零れるものが、風に流されてゆく。
――あの方は、私が死ぬ事を知って、緑葉を戦力として使える様にしている。
 否、己の運命すら、彼の手の内に。
 縷紅と同じ立場なのだ。
 そして、私は。
 私の手の中に、一つの命を握る事になってしまった――
 潰したくはない、命を。





[次へ#]

1/7ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!