RAPTORS
12
華南はいつもの笑みで“羅沙と城へ”と言った。
何を暢気に、と内心思いつつ、街に出る。
数ヶ月暮らしてみたが、この島の根による支配は細部に渡っている事が分かった。そう、総帥――光爛の手中に。
彼女は自分達を逃がす気は無いようだ。
懸賞金のチラシも、見回る兵も、何度も見かけている。
海岸線は常時兵が見張っている。
そんな中、街に出るなど危険極まりない。
――否、隼は自分に無断で出て行かれた事の方に腹を立てていた。
別に羅沙を疑う訳ではない。隼も信用に足る男だと思っている。
隼としては、黒鷹の安全より、自分のプライドが傷付けられた事に腹を立てているのだ。
何の為の側近、護衛だ…何より、何の為にここに残されているんだ…と、そういう事である。
元々この街の人通りは少ない。
だから兵の姿が一際目立つ。
向こうから人が一人、やって来ている。
俯き加減で歩くのがこの島に来てから癖になったが、上目使いに兵の姿を確認し、いっそう面を低めた。
白い肌も髪も目立ってしまう。
髪は頭巾の中に隠す。それで今まで切り抜けた。
それで顔を見られないように歩く。
だが近付いてみて、いつもと様子が違う事に気付いた。
――兵の、歩き方じゃない…
思わず、一瞬顔を上げた。
どこかで見た顔。
刀に手が行った。が、抜く事は無かった。
――光爛かと、思った。
何の事は無い、普通の根の女だ。
深く息を吐き、通り過ぎる。
俺はあの女に取り憑かれてんじゃねぇかと、苦く笑った。
と、後ろで足音が止まった。
「――あの」
無視を決め込んで歩く。
「あの、すみません」
小走りに近寄って来る。
刀を抜こうかと、迷った。
結論が出るより早く、相手が隼の前へ出た。
顔を上げる。
女と目線がかち合う。
その目が、細められた。
その時、唇だけで発した言葉を隼は読んだ。
その言葉が、彼をその場に縛った。
『さいらん』と。
女は確かに言った――
「根の人ですか?」
平静を装って彼女は訊く。
「なんか用?」
短く、隼は問う。
女は、やはり光爛に似ていた。
根の女はどれも似たり寄ったりなのかもな、ちらと考える。
「懸賞金の人ですよね」
顔色を変えず、彼女は確信的に訊いた。
ただ、目には必死な色が濃くなっていく。
「武装してない人間を斬るのは好きじゃねぇんだけど」
隼は警戒して言った。
「いえ…国に差し出す気はありません」
彼女はきっぱりと言った。
「…あんた、何者?」
「――崔爛、という人を知っていますか…?」
「…ああ」
「私は彼の姉です。鈴寧(りんねい)と申します」
隼は息を呑んで目を見開く。
思わぬ肉親に出会ってしまった。光爛に似ているのも道理だ。
「――何故、ここに…?」
それだけ訊くのが精一杯だった。
「崔爛が生きていると、この島に居ると聞いて、探しに来たんです」
「……」
俺は、崔爛じゃない。その名は棄てた。
しかし、何も言えずに。
「弟に伝えて下さい。根で、貴方の父と姉が待っていると――。一緒に暮らせる日を夢見ていると、伝えて下さい。お願いします」
「…彼にとっては他人じゃないのか?」
「でも、家族だから…。…私達はここに暮らしています。根も警備が厳しいから、気をつけてと伝えて下さい」
紙切れを、手の中に渡された。
「お願いします」
彼女は一歩引いて、深々と礼をし、背を向けた。
その背に「ごめん」と、心の中で呟く。
嬉しかった。嬉しいのだが――
紙切れを開く。
根の町の名が書いてある。
多分、もうこの国には行かないだろう。
顔を上げると、鈴寧の姿は既に無かった。
くしゃり、と紙切れが音をたてる。
「崔爛は――もう居ねぇんだよ…」
遠く高く、紙のボールを投げた。
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