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RAPTORS

 決着が着くまで、そう時間はかからなかった。
 ぴたりと姶良に向けられた細身の剣。
 彼女は自嘲の笑みを唇に浮かべている。
 こうなる事は判っていた、というように。
「撤退して頂きたい。私達はこれ以上被害を出す訳にはいかない」
「タダでは引けない」
「私達も引く。上には壊滅させたと言えばいい。しばらくは動かないだろうから」
「――王に嘘をつけと?」
「今更それを拒みますか」
 彼女は苦く笑って、口に指をあて、高く口笛を吹いた。
「退け!」
 それを見て縷紅も群集に向かって叫ぶ。
 塊が散っていくのと同時に、剣を鞘に戻した。
「殺さないの?」
 縷紅は黙って頷く。
「そんなに甘くていいの?」
「――人を殺すのに抵抗が無いなんて」
 赤みのかかった茶色――髪と同じ色の――目が、見据える。
「嘘です。なるべくなら避けたい」
「それこそ今更ね」
「天での、鬼であった私はもう居ないんです。地に来て気付きました。守る為に戦う事を」
「――」
「都合がいいのは分かっています。気付くのが遅過ぎた。今まで何人殺したかも分からない――でも、人に戻ろうと思うんです」
「…何を、守るの?」
「人を」
「人?」
 それはやんわりとした笑みで返され、それ以上の追求を許されなかった。
「私を殺そうと思うなら、どうぞ。首が欲しいのでしょう?」
「いえ…無駄な事はしないわ」
 彼女は自らも刀を納めた。
「…二年前」
 天を仰いで彼女は言う。
「初めて貴方に負けた」
 稽古の中での事だ。
「師匠と貴女には勝てませんでしたね…」
「…何故こんなに強くなったのか、少しだけ解った気がします」
「――?」
 人が疎らになった。残されたのは、屍。
「私を憎みますか?」
 姶良が訊いた。
 唇に、少しだけ微笑を残して。
「…やりたくてやってるんじゃないって事は、貴女の顔に書いてあります」
「貴方が居るからよ」
 少しムッとした様に言って見せれば、明るい笑いが返ってきた。
 縷紅は仲間の去った方を見遣る。
「生きていれば――また」
「次は三度目の正直ね」
 “ええ”と彼は頷く。
 次こそは、どちらかが殺し、どちらかが死ぬ。
 幸運が続くとは思えない。
「――憎む者には戦う資格が無い」
 背を向けて、縷紅はぽつりと言った。
「私はそう思います」
 夕闇の中、彼女は一人取り残された。


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あきゅろす。
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