RAPTORS
6
縷紅と姶良が出会ったのは、その翌日だった。
宿舎の中庭に井戸がある。そこで縷紅が血に汚れた服を洗っていた。
それを姶良が目に止め、寄って来た。
「おはよう」
彼女が先に挨拶する。
縷紅は彼女を見て、目を丸くした。
「おはようございます」
とにかくそう返して、しかしキョトンとした表情は消えない。
女性がこの宿舎に居るとは、思ってもみなかったのだ。
それに気付いたのか気付いてないのか、彼女は微笑した。
「私は緇宗将軍の元で忍をやっている姶良です。君は昨日の騒ぎの子でしょう?」
「縷紅です」
「よろしく、縷紅」
「よろしくお願いします。…あの、そんなに噂になってるんですか?」
「軍の中で知らない人なんか居ないでしょうね。王宮にも伝わってるみたいだし」
「王宮!?」
「王が期待してらっしゃるみたいよ。応えられる様に頑張りなさい」
「王様が…?」
信じられない、といった表情を姶良に向ける。
彼女はそれを笑みで返す。
「しっかし、どんな強面の子かと思えば普通の子供ねぇ…。驚いたわ。怪我は大丈夫なの?」
「たいした傷ではありませんから」
「そう?盗賊にやられたんでしょ?」
「十人近くで襲って来たんですけど、このくらいの傷で済みました」
「全員殺した?」
縷紅は姶良を見た。質問の真意が解らない。
「…殺しました」
「人を殺すのに抵抗が無い?」
「この一ヶ月で消えました」
「…それなら軍に入る資格がある」
「え?」
「人殺すのにいちいち躊躇ってちゃ、腕は良くても役に立たない」
彼女は困惑する少年を見下ろし、笑った。
「ここは殺人鬼のオリよ。そこで生きていく覚悟はある?」
「――私も鬼になります」
「なら、いいわ」
「あの」
縷紅は小さく、姶良の持つ刀を指差した。
「持たせて貰えませんか?」
「いいよ」
快く姶良は頷き、自らの刀を渡した。
持ってみる。
「…軽いですね…」
「忍用だからね」
「抜いても?」
「どうぞ」
すらりと、銀色の光が注す。
剣ではなく、刀。それは天では珍しい。
「そのうち地と戦になる」
ふいに、姶良が言った。
「また戦があるんですか…」
詳細は知らないが、自分が生まれた頃にも地との戦があった。
「まだいつになるかは分からない。多分まだ数年かかるわ」
縷紅は刀を納めて、姶良を見る。
「それまでに戦力になって…将軍をお助けしてね」
「はい」
刀を返す。
「それにしても、ここでのんびりしてていいの?外で先輩達が訓練してるわよ」
「三日間休めと将軍に言われました。三日でここに慣れて、傷を治せと」
「将軍も無茶を言う…」
「気持ちの問題だと言われました」
「…言い返したの?」
「え、まぁ…“三日で治らなかったら?”と訊いたんですけど」
「大物ね」
「身の程知らずなだけです」
「違いないわ」
彼女は声をたてて笑った。
「そう言えば、噂なんだけど」
「何ですか?」
「将軍が弟子にするらしいわね」
彼は小首を傾げる。
「誰を?」
彼女は答えない。代わりに少年に視線を送る。
気付いて、彼の表情はみるみる変わった。
「まさか…」
「そのうちお呼びがあるんじゃない?」
「でも…将軍が弟子を取るなんて、有るんですか?」
「勿論、異例中の異例よ」
その表情は、驚きとも喜びともつかない。
「どうしたの?嬉しくない?」
「いえ――えっと、何て言うか…。これから大変だなと思って」
「頑張れ。将軍は厳しいわよぉ」
「……」
それから二年後、天と地は戦になった。
戦地の将軍の側に、常に控えている少年が居た。
時に彼の師を狙う者を斬り、また自らも戦場に出て戦う事があった。
同じ戦場に、後に仲間となる人物が居る事を、彼はまだ知らない。
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