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RAPTORS

 縷紅と姶良が出会ったのは、その翌日だった。
 宿舎の中庭に井戸がある。そこで縷紅が血に汚れた服を洗っていた。
 それを姶良が目に止め、寄って来た。
「おはよう」
 彼女が先に挨拶する。
 縷紅は彼女を見て、目を丸くした。
「おはようございます」
 とにかくそう返して、しかしキョトンとした表情は消えない。
 女性がこの宿舎に居るとは、思ってもみなかったのだ。
 それに気付いたのか気付いてないのか、彼女は微笑した。
「私は緇宗将軍の元で忍をやっている姶良です。君は昨日の騒ぎの子でしょう?」
「縷紅です」
「よろしく、縷紅」
「よろしくお願いします。…あの、そんなに噂になってるんですか?」
「軍の中で知らない人なんか居ないでしょうね。王宮にも伝わってるみたいだし」
「王宮!?」
「王が期待してらっしゃるみたいよ。応えられる様に頑張りなさい」
「王様が…?」
 信じられない、といった表情を姶良に向ける。
 彼女はそれを笑みで返す。
「しっかし、どんな強面の子かと思えば普通の子供ねぇ…。驚いたわ。怪我は大丈夫なの?」
「たいした傷ではありませんから」
「そう?盗賊にやられたんでしょ?」
「十人近くで襲って来たんですけど、このくらいの傷で済みました」
「全員殺した?」
 縷紅は姶良を見た。質問の真意が解らない。
「…殺しました」
「人を殺すのに抵抗が無い?」
「この一ヶ月で消えました」
「…それなら軍に入る資格がある」
「え?」
「人殺すのにいちいち躊躇ってちゃ、腕は良くても役に立たない」
 彼女は困惑する少年を見下ろし、笑った。
「ここは殺人鬼のオリよ。そこで生きていく覚悟はある?」
「――私も鬼になります」
「なら、いいわ」
「あの」
 縷紅は小さく、姶良の持つ刀を指差した。
「持たせて貰えませんか?」
「いいよ」
 快く姶良は頷き、自らの刀を渡した。
 持ってみる。
「…軽いですね…」
「忍用だからね」
「抜いても?」
「どうぞ」
 すらりと、銀色の光が注す。
 剣ではなく、刀。それは天では珍しい。
「そのうち地と戦になる」
 ふいに、姶良が言った。
「また戦があるんですか…」
 詳細は知らないが、自分が生まれた頃にも地との戦があった。
「まだいつになるかは分からない。多分まだ数年かかるわ」
 縷紅は刀を納めて、姶良を見る。
「それまでに戦力になって…将軍をお助けしてね」
「はい」
 刀を返す。
「それにしても、ここでのんびりしてていいの?外で先輩達が訓練してるわよ」
「三日間休めと将軍に言われました。三日でここに慣れて、傷を治せと」
「将軍も無茶を言う…」
「気持ちの問題だと言われました」
「…言い返したの?」
「え、まぁ…“三日で治らなかったら?”と訊いたんですけど」
「大物ね」
「身の程知らずなだけです」
「違いないわ」
 彼女は声をたてて笑った。
「そう言えば、噂なんだけど」
「何ですか?」
「将軍が弟子にするらしいわね」
 彼は小首を傾げる。
「誰を?」
 彼女は答えない。代わりに少年に視線を送る。
 気付いて、彼の表情はみるみる変わった。
「まさか…」
「そのうちお呼びがあるんじゃない?」
「でも…将軍が弟子を取るなんて、有るんですか?」
「勿論、異例中の異例よ」
 その表情は、驚きとも喜びともつかない。
「どうしたの?嬉しくない?」
「いえ――えっと、何て言うか…。これから大変だなと思って」
「頑張れ。将軍は厳しいわよぉ」
「……」
 それから二年後、天と地は戦になった。
 戦地の将軍の側に、常に控えている少年が居た。
 時に彼の師を狙う者を斬り、また自らも戦場に出て戦う事があった。
 同じ戦場に、後に仲間となる人物が居る事を、彼はまだ知らない。




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