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RAPTORS

 戦いを目の前にして、人影が縷紅の前に現れた。
 姶良だった。
 その手に剣を持って。
「苦戦していらっしゃる様ね、将軍」
 彼女は微笑む。
「その姿を見ていると、貴方が軍に入った頃を思い出します」
「――」
「朝から晩まで扱かれてた子供をね…」
「貴女が仕掛けたんですか、この戦いを」
「私が頂いた命令は“裏切者と脱走者の処分”ですから」
 縷紅が剣を構える。
「貴方が本気で戦うなら、私もやりやすいわ。…一つ、訊いても?」
「何を…」
「何故、“裏切者”になったんですか…」
 彼女は一瞬、哀切な表情を見せた。
「私には解りません。今、地に下りて何の得があるのか…。将軍なら殺される事くらい、判ってる筈でしょう…」
「…天が嫌いだったんですよ」
「それだけ!?」
「嘘かも知れませんよ。私だって敵に真実を教えようとは思いませんから」
「…敵…。そうね、そうだった」
「そのうち解ります。貴女が生きていれば」
「殺し合いますか?私達は」
「――剣を向ける以上、そうなるでしょう」



 天は三国の内で最も強い軍隊を持っている。
 強者が揃い、武器の開発も進んでいる。
 入ろうとしても、そう簡単に入れない――そんな軍。
 その門を叩いた子供が居た。
 七年前――彼が十二歳の時である。
 夜。兵達が一日を終え床に入ろうかという時間だった。
 激しく戸を叩く者が居る。軍人達の宿舎の扉だ。
 一人の男が扉を開けた。
 外に立っていたのは、男の腰ほどの背の少年。
「何者だ?」
 男は問うて、改めて少年を見た。
 傷だらけだった。
 微かな血の匂いがする。
 男は目を細めた。
「何だ、その長い物は」
「どうした?」
 別の男が寄って来た。
「ガキが来たんだが」
「はぁ?」
「似合わぬ物を持っている。――どうする?」
「…おい」
 問われた男は、少年を見下ろした。
「何しに来た?ここが軍の宿舎と知って来たのか?」
「――軍に、入りたくて来ました」
 少年は、はっきりと言って除けた。
 男二人は、顔を見合わせ、破顔する。
「おい、ボクよ、ここがどんな所か知ってるのかい?」
「入りたいから入れる所じゃねぇんだよ。大人でもお断りだ」
「大きくなって、正当なルートを辿って来な。今はムリだ」
 笑いながら扉を閉めようとした所へ。
 がつっ、という音と共に、扉の動きが止まった。
「――おい」
 低く、脅す様に男が漏らした。
 少年が、鞘の付いた剣で、閉まる扉を封じていた。
「…今じゃないといけないんです」
 男達は剣を抜いた。
「こうでもしないと帰らないか?」
「帰る事は、出来ません」
「言っておくが、我らは子供を斬る事に抵抗が無いからな」
「そうでしょうね」
 涼しく少年は言ってのける。男達は不快そうに顔をしかめた。
「お前の事を言っているんだ。分かっているのか?」
「そうなんでしょうけど。…斬れないですよ、多分」
「何い!?」
「お前、我らを馬鹿にしているのか!?」
「事実を言っただけです」
 それを聞いて激昂した二人は、とうとう剣を振り下ろした。
 少年はそれを軽々と躱し、自らも抜刀する。
 支えが無くなって、扉は音をたてて締まった。
 彼はひょいと中に入り、二人の攻撃を躱し続けた。
 剣は抜いたものの、それは専ら攻撃を受ける事に使っている。
「おい――何事だ!?」
 騒ぎを聞いて、他の連中がやって来た。
「とんでもないガキだ」
 今まで戦っていた男が、仲間に向かって言う。
 すぐさま少年は男達に囲まれた。
 それを見て、少年は何を思ったか、自分の剣を捨てた。
「軍に入りたくて来ました。あなた方に敵意は無いんです」
 少年は男達を見回して言った。
「だが、ここで剣を抜いた以上、我らは敵と見なす」
 正面に立った男が、彼に刃を向けた。
「今ならまだ許す――早々に立ち去るが良い」
「だから、もう帰れないんです」
「ほう?」
 男が聞く耳を持った事に少年は安堵して、話し始めた。
「私は天の端から来た者です。一ヶ月かけて徒歩で来ました」
 徒歩という事は、もう帰る気など無かったという事だ。
「あなた方と共に戦いたいのです」
「…その血はどうした?剣は?」
「剣は家の物を持って来ました。…血は、盗賊の物です…」
「返り血か」
「大体は」
 あっさりと言う少年を見遣る。
 自らの傷も少なくない。
「…苦労して来たという事は解った。だが、ここに入れる訳にはいかん」
「それは承知で来ました。でも、他に行くあてが無い…」
「――連れ出せ」
 数人の男が近寄る。
「待って下さい!!立ち合って頂ければ判ります!」
 男達の動きが止まった。
 それはとんでもない申し出だ。
「…大層な自信だな」
「差し出がましい事は分かっていますが、どうか…」
 彼は深々と頭を下げた。
「その傷で闘えるのか?」
「はい」
「――来い」
 辺りがどよめいた。
 自然と、周囲の男達の足も、二人に着いて行く。
 行き着いたのは、稽古場だった。
「木刀を取れ」
 少年に命じて、男達の中から数人を呼ぶ。
 三人に木刀を持たせた。
「厳しい様だが、ここはそんな場所だ」
 男は言った。
「どんな怪我をしても知らぬぞ。命を落とす事になるやも知れんが、良いか?」
「――本気でどうぞ」
「頼もしいな」
 男は笑って、木刀を持った三人に目配せをした。
 それぞれ飛び掛かって来る。
 それを難無く躱し、一人の脇に木刀を滑らせた。
 全く容赦の無い音が、辺りに響く。
 痛みのあまり男が倒れたのを、彼は気にした風も無かった。
 振り返りざまに、別の男の腹を突いた。
 だがその時、三人目の男の木刀が彼に当たっていた。
――その様に、殆どの人間は見ただろう。
 少年は、その場に倒れた。
「…やったか?」
「殺したのか?」
 三人目の男は、首を傾げながら彼に近付いて、姿勢を低くした。
「それにしては、手応えが…」
 言いかけた時。
 びゅん!と、物が空を切った。
 男の首にぴたりと、木刀が留められている。
「…このガキ…」
「首の骨、折る所でした」
 にこやかに彼は言った。
「死んだフリか」
 命令した男が笑った。
「禁じ手でしたか?」
「…まぁ作戦のうちだろう」
 男が彼に手を差し出した。
 躊躇無く、小さな手が握り返す。
 ぐいっと引っ張られ、彼は立った。
「採用してやろうじゃないか」
「本当ですか!?」
「まぁ、数日と経たず逃げ出す事になるだろうが」
「いえ――」
 少年は、純粋な笑みを見せた。
「お世話になります!!よろしくお願いします」
「お前の名は?」
「縷紅と申します」
「私は将軍の緇宗(しそう)だ。軍医の元に連れて行ってやろう。そんな荒治療では傷が塞がるまい」

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