RAPTORS
5
戦いを目の前にして、人影が縷紅の前に現れた。
姶良だった。
その手に剣を持って。
「苦戦していらっしゃる様ね、将軍」
彼女は微笑む。
「その姿を見ていると、貴方が軍に入った頃を思い出します」
「――」
「朝から晩まで扱かれてた子供をね…」
「貴女が仕掛けたんですか、この戦いを」
「私が頂いた命令は“裏切者と脱走者の処分”ですから」
縷紅が剣を構える。
「貴方が本気で戦うなら、私もやりやすいわ。…一つ、訊いても?」
「何を…」
「何故、“裏切者”になったんですか…」
彼女は一瞬、哀切な表情を見せた。
「私には解りません。今、地に下りて何の得があるのか…。将軍なら殺される事くらい、判ってる筈でしょう…」
「…天が嫌いだったんですよ」
「それだけ!?」
「嘘かも知れませんよ。私だって敵に真実を教えようとは思いませんから」
「…敵…。そうね、そうだった」
「そのうち解ります。貴女が生きていれば」
「殺し合いますか?私達は」
「――剣を向ける以上、そうなるでしょう」
天は三国の内で最も強い軍隊を持っている。
強者が揃い、武器の開発も進んでいる。
入ろうとしても、そう簡単に入れない――そんな軍。
その門を叩いた子供が居た。
七年前――彼が十二歳の時である。
夜。兵達が一日を終え床に入ろうかという時間だった。
激しく戸を叩く者が居る。軍人達の宿舎の扉だ。
一人の男が扉を開けた。
外に立っていたのは、男の腰ほどの背の少年。
「何者だ?」
男は問うて、改めて少年を見た。
傷だらけだった。
微かな血の匂いがする。
男は目を細めた。
「何だ、その長い物は」
「どうした?」
別の男が寄って来た。
「ガキが来たんだが」
「はぁ?」
「似合わぬ物を持っている。――どうする?」
「…おい」
問われた男は、少年を見下ろした。
「何しに来た?ここが軍の宿舎と知って来たのか?」
「――軍に、入りたくて来ました」
少年は、はっきりと言って除けた。
男二人は、顔を見合わせ、破顔する。
「おい、ボクよ、ここがどんな所か知ってるのかい?」
「入りたいから入れる所じゃねぇんだよ。大人でもお断りだ」
「大きくなって、正当なルートを辿って来な。今はムリだ」
笑いながら扉を閉めようとした所へ。
がつっ、という音と共に、扉の動きが止まった。
「――おい」
低く、脅す様に男が漏らした。
少年が、鞘の付いた剣で、閉まる扉を封じていた。
「…今じゃないといけないんです」
男達は剣を抜いた。
「こうでもしないと帰らないか?」
「帰る事は、出来ません」
「言っておくが、我らは子供を斬る事に抵抗が無いからな」
「そうでしょうね」
涼しく少年は言ってのける。男達は不快そうに顔をしかめた。
「お前の事を言っているんだ。分かっているのか?」
「そうなんでしょうけど。…斬れないですよ、多分」
「何い!?」
「お前、我らを馬鹿にしているのか!?」
「事実を言っただけです」
それを聞いて激昂した二人は、とうとう剣を振り下ろした。
少年はそれを軽々と躱し、自らも抜刀する。
支えが無くなって、扉は音をたてて締まった。
彼はひょいと中に入り、二人の攻撃を躱し続けた。
剣は抜いたものの、それは専ら攻撃を受ける事に使っている。
「おい――何事だ!?」
騒ぎを聞いて、他の連中がやって来た。
「とんでもないガキだ」
今まで戦っていた男が、仲間に向かって言う。
すぐさま少年は男達に囲まれた。
それを見て、少年は何を思ったか、自分の剣を捨てた。
「軍に入りたくて来ました。あなた方に敵意は無いんです」
少年は男達を見回して言った。
「だが、ここで剣を抜いた以上、我らは敵と見なす」
正面に立った男が、彼に刃を向けた。
「今ならまだ許す――早々に立ち去るが良い」
「だから、もう帰れないんです」
「ほう?」
男が聞く耳を持った事に少年は安堵して、話し始めた。
「私は天の端から来た者です。一ヶ月かけて徒歩で来ました」
徒歩という事は、もう帰る気など無かったという事だ。
「あなた方と共に戦いたいのです」
「…その血はどうした?剣は?」
「剣は家の物を持って来ました。…血は、盗賊の物です…」
「返り血か」
「大体は」
あっさりと言う少年を見遣る。
自らの傷も少なくない。
「…苦労して来たという事は解った。だが、ここに入れる訳にはいかん」
「それは承知で来ました。でも、他に行くあてが無い…」
「――連れ出せ」
数人の男が近寄る。
「待って下さい!!立ち合って頂ければ判ります!」
男達の動きが止まった。
それはとんでもない申し出だ。
「…大層な自信だな」
「差し出がましい事は分かっていますが、どうか…」
彼は深々と頭を下げた。
「その傷で闘えるのか?」
「はい」
「――来い」
辺りがどよめいた。
自然と、周囲の男達の足も、二人に着いて行く。
行き着いたのは、稽古場だった。
「木刀を取れ」
少年に命じて、男達の中から数人を呼ぶ。
三人に木刀を持たせた。
「厳しい様だが、ここはそんな場所だ」
男は言った。
「どんな怪我をしても知らぬぞ。命を落とす事になるやも知れんが、良いか?」
「――本気でどうぞ」
「頼もしいな」
男は笑って、木刀を持った三人に目配せをした。
それぞれ飛び掛かって来る。
それを難無く躱し、一人の脇に木刀を滑らせた。
全く容赦の無い音が、辺りに響く。
痛みのあまり男が倒れたのを、彼は気にした風も無かった。
振り返りざまに、別の男の腹を突いた。
だがその時、三人目の男の木刀が彼に当たっていた。
――その様に、殆どの人間は見ただろう。
少年は、その場に倒れた。
「…やったか?」
「殺したのか?」
三人目の男は、首を傾げながら彼に近付いて、姿勢を低くした。
「それにしては、手応えが…」
言いかけた時。
びゅん!と、物が空を切った。
男の首にぴたりと、木刀が留められている。
「…このガキ…」
「首の骨、折る所でした」
にこやかに彼は言った。
「死んだフリか」
命令した男が笑った。
「禁じ手でしたか?」
「…まぁ作戦のうちだろう」
男が彼に手を差し出した。
躊躇無く、小さな手が握り返す。
ぐいっと引っ張られ、彼は立った。
「採用してやろうじゃないか」
「本当ですか!?」
「まぁ、数日と経たず逃げ出す事になるだろうが」
「いえ――」
少年は、純粋な笑みを見せた。
「お世話になります!!よろしくお願いします」
「お前の名は?」
「縷紅と申します」
「私は将軍の緇宗(しそう)だ。軍医の元に連れて行ってやろう。そんな荒治療では傷が塞がるまい」
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