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RAPTORS

「…ゴメン、アンタは知ってたのよね、あの事件」
 慌てて茘枝が謝る。
「いや…別にいいんだけど…。あれだけは母上から全部聞いた。それに…実は、見てたんだ」
「……」
 茘枝は言葉を失う。
「あのクーデターか…」
 隼も思い当たって、低く言った。
 九年前に起きた“事件”。
 隼と黒鷹が出会って間もない頃の事だった。
 王の命が狙われた。晩餐会での事だ。黒鷹達を含む、大勢の目の前で。
 犯人は即刻捕えられ、王に外傷は無かった。
 その犯人が州侯――鶸の父親、王の弟だった。
 黒鷹が見たというのは、自分の叔父が処刑されるのを。
 元々、王と州侯は仲が悪かった。それが王に肉親としての情を生ませず、弟に法通りの死刑を言い渡した。
 それに唯一反対したのは后――黒鷹の母だった。
 だが願いも虚しく、刑は執行された。
 それから地の歯車は狂い始めた。
 后はこの事件、そして息子の死に悩み、心労で倒れ、やがて彼女自身も死去する。
 王は統治者の消えたこの島を無視した。統治する余裕も無かった。
 この島は九年、無政府状態だったのだ。
 鶸が黒鷹達と共に城に住むのは、この事件以降の事だ。
「でも、何で見たの…?隠されてた筈よ、アンタ達には」
「…助けようとしたんだ」
「え…!?」
「家来から聞き出した。何で母上があんなに苦しんでるのかって。俺は母上を助けたかった。鶸は父親を助けたかったんだよな…。二人して刑場に乗り込んだけど、どうする事も出来なかった…」
 皮肉にも、それが鶸との出会いだった。
 幼い二人には、ショックな出来事だった。鶸には特に。
 そして、二人が刀を握るようになった動機も、この事件だった。
――守りたい。
 その一心で。
 気付くとこんな所に居る。
「…でも今だに解んねぇよ。何であんな事が起こったのか…」
 両親も、それだけは説明してはくれなかった。教えるのを避けていた訳ではない。誰にも解らなかったのだ。
 考えているうちに、会話は途切れた。
 誰も話を続けないのを見計らって、隼が口を開く。
「何故この島は天に占領されてないんだ?」
 言われて、黒鷹も「そう言えば」と思う。
 地の民が、自分の家で暮らす。そんな当たり前の事が、当たり前に行われていたから、つい忘れていた。
「…天はまだこの島の存在を知らないと思う…」
 茘枝はいくらか言葉を濁しながら答える。
「それに、地理的に進軍が難しいもの。山脈を越えて海を渡らなきゃならないから」
「そっか…」
「まぁ今は本土を整えるのに手一杯ってトコね」
「――それだけじゃねぇよ」
 異質な声。
 一同の視線が扉の方へ向く。
 そこに立っていた人物――羅沙だった。
「…それだけじゃ、ない?」
 訊いたのは、訝しげな顔をした黒鷹。
「どうか王子にはご立腹なさらず聞いて頂きたいが」
「今更そんなご丁寧言葉聞きたかねぇよ。お前に立腹してるから」
「…あれ?俺そんな事しました?」
「二人に変な事吹き込むから」
 “寂しがりや”の件である。
「参ったな。悪気は無かったのに」
 そう言って、羅沙は頭を掻いた。
「…親にぐちぐち言われちまう」
「華南には黙っとく。だから続きを話せ」
「はぁ。ではお言葉に甘えまして…仮に天がこの島を攻めても、一筋縄ではいきませんよ。まぁ、戦になるな」
「…どうして?」
「単刀直入に申し上げましょう。今、この島は根が所有しているに等しい」
「――何…!?」
 低く黒鷹が言った。隼も眉をひそめる。
「…それは…道が通ってしまった事が原因?」
「ま、そんなもんですね」
 茘枝の問いに彼は軽く答えた。
「道が通ると同時に兵が入って来たが、戦どころか小競り合いも無かった。既にこの島が無政府状態だったからですよ」
「…誰の物でもないと見て、拾わない手は無いだろうな…奴には」
 隼が淡々と言う。
「ええ…名義上は地の国ですが、内実は皆、根に従っていますね。暗黙の了解みたいなもんだな」
「もし天がこの島に手を出せば、根と天の正面衝突になる…」
「それで戦地がここですからね。迷惑な話ですよ、全く」
「…じゃあ、羅沙」
 黒鷹が難しい顔をして訊いた。
「俺達の事、根は手配してんじゃねぇの…?」
「…確かにそんな話がさっき来たな」
 “地の王子及びその一行を見たら、根の宮まで連行せよ”と。
「結構な報酬が付いてましたよ」
 言いながら羅沙は、腰の刀に手をかける。
 無言で隼が刀を抜いた。
「…冗談だよ。金は欲しいけど」
 羅沙は笑って、手を挙げてひらひらと振った。
「俺が連れて行こうとしたって、八つ裂きにされるのがオチだからな。…でも、まぁ出歩かない方が身の為ですよ。アンタらだって自分の民を斬りたかないでしょう」
「そりゃそうだ」
 黒鷹は苦笑を浮かべて頷く。その横で隼が刀を戻した。
「斬りたくはない…でもそう思う前に斬ってるからな、きっと」
 冷ややかな緑の瞳が、羅沙に刺さる。
「俺は何もしねぇから安心しろ」
 隼に微苦笑を向けて羅沙が言う。
「じゃあ、安心して私は帰れる訳ね?」
 唐突に茘枝が言った。
「帰る…?」
「私と阿鹿はね」
「へっ?」
「黒ちゃんは骨がくっつくまでここで養生する事!…隼は勿論そのお供ね」
「はあぁ!?」
 二人の怒気がハモる。
「鶸王様にはちゃんとこの事を伝えとくから。安心して引き込もっててね?」
 黒鷹は、呻きを冷めた茶と共に喉へ押し戻した。




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