RAPTORS
8
今思うと、あの微笑は嘘だったのかも知れない。
最初から殺す気だったのだから――全員。
では、自分が突き付けた要求は?
俺を試したのか?
ぼんやりとそこまで考え、はっと目覚める。
三人共眠ってしまったが、馬車は動き続けていたようだ。
見知らぬ景色。
黒くすべすべした岩肌のトンネル。地面は平らに馴染ませてある。
恐らく地へと続く道だろう。
ふと、足に何か重い物が乗っているのに気付く。
黒鷹の頭だった。
おいおい、ひざ枕かよと苦笑するが、動かそうとは思わない。
まぁ、ひざ枕も添い寝も似た様なモンだと一瞬思い、いや違うだろ、そんな問題じゃねぇだろと自分で突っ込む。
今思うと、何故あんな事を許してしまったのか…
阿鹿が居なくて、自分がぶっ倒れてなければ、蹴落としていた所だ。
今更になって、じんわりと後悔の念が出てくる。
どの道、あの場面で隼に選択権は無かったが。
全てはこの馬鹿が悪いと、その気持ち良さそうな寝顔を睨んだ。
「…阿鹿殿」
何なら御者を代わろうかと思い、小声で呼んでみたが。
返事が無い。
まさかと思い、――阿鹿は前に座っているのだが――首を傾けて様子を伺うと。
見事に舟をこいでいる。
再度苦笑して、まぁ無事に動いているからいいかと思い直し、姿勢を元に戻した。
実際、黒鷹のお陰で動けそうになかったが。
しばらく変わらない景色を眺めていたが、そのうち二度寝してしまった。
「はぁやぁぶぅさっ!起っきろー!!」
…まさかこんな事があるとは。
自分が、黒鷹に起こされるなんて。
その上、いつもの黒鷹の様に寝起きにこんなに苦労するとは…
「見てみろよっ!地だぞ!!帰って来たぞ…どこにかは判んねぇけど」
…うざい。
一瞬、祖国を見たい、とは思ったが酷く瞼が重い。
――どうでもいい、寝させろ。
そんな気持ちが優勢となり、眠気も再び彼を包む。
「はやぶさぁ〜」
「おい、いい加減にしろ」
黒鷹と阿鹿の声が混じったが、もはや隼の耳にそれは届かなかった。
そして、二人を止める者が居た。
「いいじゃない。寝かしてあげなよ」
優しい笑みで隼の寝顔を眺める茘枝。
「しかし、茘枝殿…」
因みに、阿鹿より茘枝の方が上官…だったらしい。
「別に誰かが困る訳じゃないし。大体、隼だってまだ本調子じゃない筈よ?命に別状は無いとは言え、あんな空気の所を通って来たんだから」
茘枝は言葉にはしなかったが、精神的な疲れも並ではないと思う。
それにしても。
「天変地異ね〜」
「へっ?」
何気ない茘枝の一言に、黒鷹はきょとんとする。
「いつもと立場が逆だわ」
「…そう言えば」
当の黒鷹は気付いてなかったらしい。
「こんな時って、落書きしたくなるなぁ」
黒鷹がはしゃいで言った。
「肌が紙みたいに白いから尚更ねぇ。…あ、マジックあるよ?」
「まじ?貸して!」
「〜〜って、オイ!お前らっ!!」
意識の片隅でその会話を聞き付け、一気に眠気も吹っ飛んだ隼。
「あっ起きた」
「つまんねー」
口々に不平を言う落書き未遂犯二人。
「あ、今のは正当防衛ですからね」
何か言おうとした阿鹿より先に、隼が釘を差す。
すると。
「隼」
黒鷹の声。振り返ると。
きゅっ
「……てめぇ……」
「うわぁ失敗した!ちょびヒゲにしようと思ったのに!」
目許から伸びる刺青の先に、黒い線。
「……王子」
「は、はい?」
妙に冷静な隼に、逆に黒鷹はたじろいた。
「確か今、武器は一つも携行していらっしゃいませんよね…?」
確かに、根に全部置いて来てしまった。
「明日の朝を、楽しみにしていて下さい」
「……はい。スイマセンでした…」
茘枝は他人事として笑っている。
阿鹿は阿鹿で見て見ぬフリをしている。
隼は恐ろしいくらいの笑みを浮かべ、黒鷹はそれに縮こまる。
因みに、マジックが何故こんな所に!?というツッコミは、誰もが忘れていた。
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