RAPTORS
6
ごとごとと、心地良い規則的な揺れが意識を奪おうとする。
それを振り払おうと、黒鷹は口を開いた。
「何で馬車があるの?」
御者の横に座っていた茘枝が、肩越しに振り返る。
「私が阿鹿に用意させたの。どうせ歩けないだろうと思って」
「茘枝が歩きたくなかったんじゃなくって?」
「そうとも言うわ」
茘枝は笑う。
その横で黙って御者をしているのは阿鹿だ。
「でも、地に出るなら降りなきゃな」
黒鷹は言ったが、茘枝はあっさり否定した。
「馬車でも出れる道があるの。ちょっと遠回りになるけど、光蘭が戦の為に用意してたみたい」
「…本当に戦する気だったんだな…」
すると、それまで黙っていた隼が口を開いた。
「ヤツは殺したのか?」
だが茘枝はすぐに答えずに、聞き返す。
「隼、アンタ大丈夫なの?」
「郊外の空気なら死ぬ事は無い」
「そう」と安堵して、茘枝は答えた。
「殺してないわ。睡眠薬でぶっ倒れたから、まぁ今頃夢の中ね」
「…毒針なら良かったのに」
「殺して欲しかった?」
「当たり前だろ。本当はこの手で斬りたかった」
「隼ぁ」
黒鷹は、折れているであろう右足に自ら添え木を当てながら言った。
「それってきっと、後悔するんじゃねぇ?」
「お前が言うか」
ぼそりと、前の阿鹿には聞こえない声で言う。だが、当の黒鷹に聞こえないフリをされる。
「なぁ?茘枝」
同意を求める声に、茘枝は頷いた。
「肉親は大事にするものよ。ま、そうでなくても後々困るだろうから」
「――困る?」
「根の軍隊を統治できるのは、彼女だけじゃないの?」
その意味を考えた隼。そしてうんざりと言う。
「…まだ、同盟結ぶ気なのか?」
「言い出したのは誰よ?」
その一言に反論を取り上げられる。
「私達の進む道はそれしか無いじゃない。こうなったら、母性愛でも何でも利用してやろうじゃないの」
「…おい、ちょっと待て」
聞き捨てならない単語にストップをかけた時。
「もー限界っ!俺寝るから隼、後宜しく」
「はぁ!?」
「おい、返事は“はい”だろう」
「カタブツぅ、お前も分からんやっちゃなぁ。って事でおやすみ」
添え木を付け終わり、やっと準備万端になって、黒鷹は目を閉じた。
「おやすみなさいませ」
阿鹿だけが返答した。無論、必要では無かったが。
軽く溜息を吐き、隼は話を戻した。
「“利用”は大いに結構だけどな。お前今、おかしい事言っただろ」
「おかしい?」
茘枝は笑ってごまかす。
「言っておくけど、“母性愛”なんてカケラも無い奴だからな!」
口にしたくない単語だったが、このまま茘枝にばっくれられるのも悔しい。
「それは分からないよー?“親の心子知らず”ってヤツね」
「それ以前に、俺は親だと思いたくもねぇし、あっちだってそうだからな」
「何で?」
「だって…見ただろ。奴は俺達を殺す気で…」
「本当に殺す気なら刀を使うと思うけどね?」
正論に、一瞬言葉を詰まらせて。
「それに…わざわざ異国に捨てた子供だろ?」
「分かったんだ」
「――何が?」
「地に来た理由」
しばらく考えて、ああそうかと思い出す。
「…別に聞いた訳じゃねぇよ」
「分からずじまい?」
「あんな親なら、捨ててもおかしくねぇだろ。始末したかった以外に何の理由があるんだよ?」
「それこそ分からないよ?何かもっと、深ーい理由があるかも知れないし」
「無ぇよ」
多少語気を強めて否定する。
ちらりと、茘枝は振り返った。が、それ以上何も言わなかった。
「邪魔物でしか無いんだ。…あの女にとって、俺は」
期待していた訳ではない。
だが、もう思い出したくはない。
遠く、岩壁による“国境”が見えてきた。
もうすぐ、この悪夢の国から出られる。
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