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RAPTORS

 ごとごとと、心地良い規則的な揺れが意識を奪おうとする。
 それを振り払おうと、黒鷹は口を開いた。
「何で馬車があるの?」
 御者の横に座っていた茘枝が、肩越しに振り返る。
「私が阿鹿に用意させたの。どうせ歩けないだろうと思って」
「茘枝が歩きたくなかったんじゃなくって?」
「そうとも言うわ」
 茘枝は笑う。
 その横で黙って御者をしているのは阿鹿だ。
「でも、地に出るなら降りなきゃな」
 黒鷹は言ったが、茘枝はあっさり否定した。
「馬車でも出れる道があるの。ちょっと遠回りになるけど、光蘭が戦の為に用意してたみたい」
「…本当に戦する気だったんだな…」
 すると、それまで黙っていた隼が口を開いた。
「ヤツは殺したのか?」
 だが茘枝はすぐに答えずに、聞き返す。
「隼、アンタ大丈夫なの?」
「郊外の空気なら死ぬ事は無い」
 「そう」と安堵して、茘枝は答えた。
「殺してないわ。睡眠薬でぶっ倒れたから、まぁ今頃夢の中ね」
「…毒針なら良かったのに」
「殺して欲しかった?」
「当たり前だろ。本当はこの手で斬りたかった」
「隼ぁ」
 黒鷹は、折れているであろう右足に自ら添え木を当てながら言った。
「それってきっと、後悔するんじゃねぇ?」
「お前が言うか」
 ぼそりと、前の阿鹿には聞こえない声で言う。だが、当の黒鷹に聞こえないフリをされる。
「なぁ?茘枝」
 同意を求める声に、茘枝は頷いた。
「肉親は大事にするものよ。ま、そうでなくても後々困るだろうから」
「――困る?」
「根の軍隊を統治できるのは、彼女だけじゃないの?」
 その意味を考えた隼。そしてうんざりと言う。
「…まだ、同盟結ぶ気なのか?」
「言い出したのは誰よ?」
 その一言に反論を取り上げられる。
「私達の進む道はそれしか無いじゃない。こうなったら、母性愛でも何でも利用してやろうじゃないの」
「…おい、ちょっと待て」
 聞き捨てならない単語にストップをかけた時。
「もー限界っ!俺寝るから隼、後宜しく」
「はぁ!?」
「おい、返事は“はい”だろう」
「カタブツぅ、お前も分からんやっちゃなぁ。って事でおやすみ」
 添え木を付け終わり、やっと準備万端になって、黒鷹は目を閉じた。
「おやすみなさいませ」
 阿鹿だけが返答した。無論、必要では無かったが。
 軽く溜息を吐き、隼は話を戻した。
「“利用”は大いに結構だけどな。お前今、おかしい事言っただろ」
「おかしい?」
 茘枝は笑ってごまかす。
「言っておくけど、“母性愛”なんてカケラも無い奴だからな!」
 口にしたくない単語だったが、このまま茘枝にばっくれられるのも悔しい。
「それは分からないよー?“親の心子知らず”ってヤツね」
「それ以前に、俺は親だと思いたくもねぇし、あっちだってそうだからな」
「何で?」
「だって…見ただろ。奴は俺達を殺す気で…」
「本当に殺す気なら刀を使うと思うけどね?」
 正論に、一瞬言葉を詰まらせて。
「それに…わざわざ異国に捨てた子供だろ?」
「分かったんだ」
「――何が?」
「地に来た理由」
 しばらく考えて、ああそうかと思い出す。
「…別に聞いた訳じゃねぇよ」
「分からずじまい?」
「あんな親なら、捨ててもおかしくねぇだろ。始末したかった以外に何の理由があるんだよ?」
「それこそ分からないよ?何かもっと、深ーい理由があるかも知れないし」
「無ぇよ」
 多少語気を強めて否定する。
 ちらりと、茘枝は振り返った。が、それ以上何も言わなかった。
「邪魔物でしか無いんだ。…あの女にとって、俺は」
 期待していた訳ではない。
 だが、もう思い出したくはない。
 遠く、岩壁による“国境”が見えてきた。
 もうすぐ、この悪夢の国から出られる。




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