RAPTORS
5
素手で何とか持ちこたえようとした隼だが、横目に黒鷹の危機を見て、助けようと方向を変えた。
だが数歩も行かぬ間に行く手を遮られる。
後方を見れば、やはり囲まれていた。
どこか手薄な所から片付けねばと、じりりと動いた。
瞬間、数本の刃が襲って来る。
――と、その時。
襲ってきた兵が隼を前にしてばったりと倒れた。
何があったのか、理解し兼ねる隼。
周りの兵も同様、ばたりと倒れた。
続いて、隼の前に降って来た物。
刀。
それを拾う時、兵士の首に刺さっている物を見つけた。
針――睡眠薬を塗った――見覚えがある。
そして頭上から、飽きる程聞き慣れた声が降ってきた。
「黒ちゃん!!」
そして、どっと大きなものが下りて来た。
「遅ぇよ」
背後に立った人物を、隼はちらりと見る。
「アンタ達の帰りが遅いから、迎えに来てあげたんじゃん」
茘枝は涼しげに言った。
それを機に、彼らの前に立ちはだかる兵は一人として居なくなった。
だが、質より量が悩みのタネ。
応援も続々と駆け付けて、キリが無い。
「――黒鷹は?」
彼を囲んでいた塊を蹴散らしに行っていた茘枝が、隼を振り返る。
「え?」と目で応えた隼。
「ここだ」
代わりに答えた低い声。
兵が動きを止めた。それを受けて二人は刀を下ろす。
そして、声のあった方を辿る。
黒鷹は光爛の手中にあった。
首筋に当てられた鋭い刃――。
「武器を捨てろ」
隼と茘枝は無言で協議する。
――武器を手放せば同じ事の繰り返しだ。
でも、と茘枝は言いたげだった。
その目を逸らした隼は、代わりに光爛を見据える。
「こうなった上は、約束は反故(ほご)ですよね?」
「約束?」
茘枝が小さく訊いた事を、隼は黙殺した。
隼と光爛が、お互いを睨み据える。
「私は王子――黒鷹に危害を加えるなと言った筈だ」
光爛は何も応えなかった。ただ、隼を制しようと、無言で睨む。
だが隼はそれで制される程、弱小なものではなかった。
「私としてもこんな事は言いたくない。だが約束は破られたのだから――」
次の一言に、周囲は騒然とした。
「あんたは最低の人間だ――母上」
茘枝さえもが目を見開いて両者を見た。
周囲のざわめきをよそに、隼は―そう呼びたくもなかった―母だけを見据えた。
一方の光爛は、明らかに一瞬動揺した。
その、一瞬に。
黒鷹が光爛の鳩尾に肘打ちを喰らわせ、彼女の手中を脱しようとした。
焦った光爛は、剣を振る。
それは首を外れ、肩をえぐった。
「黒鷹!」
隼が叫び、走る。
黒鷹は体勢を整える間も無く、逃げようとした。
その背に刃が迫る。
誰もがもう駄目だと思った。
――だが。
力無く、剣は光爛の手から滑り落ちた。
驚いて黒鷹が立ち止まり、振り返る。
その目の前で、彼女は崩れ落ちた。
――針が…。
光爛の首と腕に、銀色の針が光っていた。
「大分やられたな」
間近で隼の声を聞いて、やっと痛みを思い出す。
「多分、どっか折れてる…」
「そりゃ骨も折れるだろ。歩けるか?」
実際、動くのも痛かったが、黒鷹は頷いた。
「――隼」
顔色の読めない彼を見上げ、
「冥土の土産って…」
「死ぬ前に聞けて良かったな。…詳しい事は後だ」
兵がやっと、我に返って動き始めた。
「門前に馬車が用意してある筈だから――」
茘枝が二人に言う。
「そこまで頑張れって?」
「そういう事!」
黒鷹をかばい、戦いながら進むのは容易な事では無かった。
広大な城を駆け巡り、何とか門に着く。
茘枝が扉を蹴破った。
刹那、隼が激しく咳込む。
「――大丈夫か?」
隼の腕に支えられていた黒鷹が、逆に支える。
「早く!!」
茘枝の声にやっと二人は城から出た。
後方から大軍の迫る中、ぎりぎりで三人は馬車に転がり込む。
馬車は勢い良く、城を後にした。
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