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RAPTORS

 その夜。
 待ちに待った面会の時間が訪れた。
 黒鷹はうたた寝を、隼は武器の手入れをしている時だった。
 コンコンと、扉が二度鳴る。
 黒鷹は、はっとして隼を見た。
 隼は扉を開いている。
「――はい?」
 そこに居たのは、侍女と見える女だった。
「総帥がお呼びです。ご案内申し上げます」
 隼は黒鷹を振り返る。
 二人の目が合う。
――いよいよだ。
 二人が先に案内されたのは、兵士が数人立つ小部屋だった。
「武器を、お預かりします」
「え?」
「身につけていらっしゃる武器を、全てお出し下さい」
 事務的に、しかし断固として言われ、二人共渋々武器を出し始めた。
 刀に数本の短刀。小型の飛道具…
 一体何処に身につけていたんだと言わんばかりの武器を出して。
「これで満足?」
 先を急ごうとする二人。だが侍女は動こうとしない。
「…まだ、何かあるのか?」
 面倒気に黒鷹は訊く。
「では、少々失礼をば――」
「?」
 侍女は数歩下がった。そして。
「――っ!?」
 今まで脇で見ていた兵士の一人が、突然黒鷹に剣を下ろしてきたのだ。
 考える暇は無かった。
 がつん、と。
 剣は黒鷹の持つ短剣に受け止められ、兵士の動きは隼の鋼糸に封じられている。
――試された。
 気付いたのはそれからだった。
「お預かりしましょう」
 冷たく、侍女は言い放った。
 そんな訳で、いざ総帥に会おうという時、二人のテンションは奈落の底にあった。
 謁見の間の、重厚できらびやかな扉の前に立っても、感動も何も無い。
 “さっさと同盟結んで地に帰りてぇ”そんなところだ。
 大きな扉が音をたてて開いた。
 豪華な部屋。脇に兵士がずらりと並び、それぞれ剣を手にしている。
 そして、その奥に。
「――総帥」
 黒鷹は口元で呟いた。
――女…?
 広々とした部屋の、一番奥にある玉座に座っていたのは、鎧を身を付けた、紛れも無い女だった。
「隼」
 小声で隣の友を呼ぶ。
「何だ?」
 こちらも、小声で応える。
「女だって、教えておいてくれよ」
「そんな必要あるか?」
「出端をくじかれた」
 そうおどける主を、隼は見下ろす。だがすぐに向き直った。
「甘く見ない方がいい」
「――?」
 その硬い声音から、心底から彼がそう考えているのは判る。
 黒鷹とてその警告に逆らう気は無い。
――でも…
 隼にここまで言わせる人物とは。
 一国を統べる為に立ち上がったのだ、その位の覇気はあると言う事か。
――隼がこんなカオするなんて…。
 横目に見ながら、そう思う。
 緊張の中に、僅かに恐れ――否、怯えが入り混じっている。
 覇気だけではない。
 数日前――彼らの間に、一体どんな言葉が交わされたのだろう。
 それを考えようとした時、正面から声がかかった。
「その方は地の王を継ぐ者と聞いた。名は何と言う?」
 高貴な、落ち着きのある低い声。
 慌てて黒鷹は正面を向いた。
「黒鷹といいます」
 彼女は頷いて言った。
「他国に長い挨拶をする習慣など、この国には無い。早速、本題に入ろう。先日、我国に願いがあって来たと従者より聞いた」
 相手のペースに戸惑いつつも、黒鷹は言った。
「私の国と同盟を結んで頂きたい」
 黒鷹は返答を期待して、総帥を見つめた。
 だが。
 返ってきたのは、人を馬鹿にする高笑い。
「その方――黒鷹と言ったな。子供故に言葉を知らぬか」
「え…?」
 怒りも忘れ、虚が彼を包む。
「その方が願うべきは、亡命ではないのか?」
「…どういう事です?」
「今、“私の国”と言ったな」
「はい」
「かつてあった地の国は、今は無い。いくら根が外交を持たぬとは言え、そのくらいは知っておるわ」
 国が、無い…?
 黒鷹は、しばらく呆然と考えて、ようやく思い出した。
 地は滅びた。
 天に占領された。
 地に領域は無く、民も僅か。
 残ったのは自分…王位を継ぐ者だけ。
 それでは国と言わない。自分に国は無い。
「まあ、子供だからな。甘く見てやろうではないか。もう一度言ってみろ」
 黒鷹は口を開いた。が、言葉が出ない。
 亡命では話が違う。だが他に何と言えばいい?
「王子の代弁を許して頂いても?」
「良い。言え」
 見兼ねたのだろう。隼が一礼して言った。
「我等が求めているのは亡命ではありません。そうするにはあまりに多くの民が残されているのです」
「ほう」
「その民を我らは救わねばなりません。その方法は一つ。根の軍事力を持って、我々と共に天を倒して頂きたい。それが願いです。どの道、天は次に根を攻める算段をしているでしょう。ここは根の民の為にも、先手を打つべきかと」
 総帥は口許を歪めた。
「笑わせる」
 低く、呟いた。
 何故、と二人は目で問う。
「天を倒し、国を再建するのだろう?」
「はい」
「では、私の計画を教えてやろう」
 彼女は玉座から立った。
「私がこの場所で王を亡くした。それはこの椅子が欲しかったからではない。この窮屈な国を外に出したくてな」
「外――?」
「地を、我等の国土に」
 動揺を隠せない黒鷹と、その横で「やはり」と呟いた隼。
 それを見て、総帥――光爛はゆっくりと近寄る。
「根はこんな所にある、当然貧しい国だ。だから地が欲しくてな。ゆくゆく戦を仕掛けようと思っていた。だが代わりに天が取ってくれて――」
 一歩、また一歩、歩み寄る。
「戦の回数が減ったな」
 二人は動けない――視線に、声に、存在に、搦め捕られて。
「その方等が言葉を見出だせないなら、私から選択肢を出そう。選べ」
 自分達の国を滅ぼす人物が、目と鼻の先に。
「今ここで私に殺されるか、民と共に天に殺されるか――どちらが良い?」
「それだけ…?」
「選べ。ここで無駄に命を落とすか、戦において我軍の盾となるかだ」
 絶望の選択。
 黒鷹は悔いても仕方ないと知りつつ、後悔を噛み締めている。
 民を巻き添えにしたくはない。だが自分がやろうとしている事も同じではないのか?
 あの人数ではどちらにしろ、全員が盾となるだろう。
 元々、戦など考えるべきではなかった――
 では、ここで全てを終わらせるか。
 そうするべきかも知れない。
「民は、殺せません」
 ぽつりと、黒鷹は光爛に言った。
「では、その方等が殺されるか」
「いえ――俺一人で充分です」
 痛い様な隼の視線を感じたが、それに応える事は無かった。
「隼は、帰って、俺の同胞を守ってくれなきゃいけないから」
 意味ありげに、にっと笑って見せる。
 だが。
 一方的に決め付けられた方は、ブチ切れた。
 それも無言で。
 黒鷹を殴り飛ばしていた。




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あきゅろす。
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