RAPTORS
1
縷紅は何者かの視線に気付き、辺りを見渡す。
見たところで、姿が無いのは判りきっているのだが。
相手は素人ではない。
そっと、剣の柄に手をかける。
続いて高い金属音が鳴り響いた。
刀ではない。飛道具――苦無か、短刀か…しかしそれを確認する間は無かった。
姿さえ現せば対等だ。あとは闘いにおいての実力差が物を言った。
続く飛道具も剣で払いながら、相手に接近する。
ある程度寄ってその姿を確認すると、苦無を持った手を投げた小刀で散らし、その隙に剣を突き付けた。
「――縷紅…将軍」
相手の声を聞いて、彼は相手を見破った。
「姶良(あいら)…?」
「お許し下さい、上層部の命なのです」
彼女は忍服を拭い、顔を見せた。
「許せと言われても…私は裏切り者ですから。始末に来るのは当然でしょう」
「…最初から、返り討つ気で…?」
「何故?」
「あんなに分かりやすい所に立っていたので…」
「いえ…」
思わず縷紅は苦笑する。
「水汲みに遣わされただけです」
つまり、鶸のパシリである。
姶良は微笑した。
「お元気そうで安心致しました」
「別に、私の近況を見に来た訳ではないでしょう」
「そうですね…さっきは殺そうとしていたのに…」
「本気でしたね?」
「貴方に敵う筈が無いと自覚していますから」
「…それはどうでしょう?」
言って、縷紅は剣を彼女から離す――と。
空を掠めた長身の刀。
それは朱い髪の先だけを切って、力無く下ろされた。
「油断も隙も無い」
余裕たっぷりに、縷紅が言う。
「いえ…完全に読まれていましたね」
刀を鞘に戻しながら、姶良は言った。
「今回の暗殺は失敗という事で、今日はおいとましましょう」
「そうして下さい」
にっこりと笑う縷紅を、悔しさと諦めの混じる表情で振り返る。
「…私は将軍の事、嫌いじゃないから忠告させて頂きます。上層部は貴方達を殺そうと躍起です…くれぐれも油断せぬよう」
「有難うごさいます。――ところで姶良さん?」
突然の敬称に、姶良は訝しむ。
「もう私は将軍じゃないから…敬語は止めて下さい。年上の方に使われると、擽ったいから」
姶良はふっと笑う。
「私には随分生意気な上官が居たものね…」
「――お元気で」
「さよなら」
弟の様な、無邪気な笑顔をもう一度振り返って、彼女は姿を消した。
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