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RAPTORS
20

 終わった。
 しかし、それは予期せぬ形を持って。
 或いは時代を変えたかも知れない二人の男の死が、戦いの時代の幕引きとなった。
 縷紅は呆然と二人の遺体を見ていたが、まだ自分が刀を握っている事に気付き、ゆるゆると鞘に納めた。
 もう抜く事は無い。
 踵を返して歩きだす。
 刀で物事を変える時代は終わった。今からは、何を頼れば良いのか。
 自分を?それ程大層な存在ではない。
 裏腹に、多くの人に誓ってしまった。
 新たな世を、敵無き世を創る、と。
 本当にそんな事が出来るのか。
 この何も無い荒野から。
「縷紅っ!」
 元気良く駆けてくる少女。
 その様に、不安はともかく置いておき、自然と口元に笑みが浮かんだ。
「終わったんだな!本当に」
 縷紅は頷き、黒鷹の肩に両手をかけた。
「貴女を失わず済んで…本当に良かった」
 黒鷹は照れた様に笑い、鼻をこすった。
「俺も死んだかと思った。まじで」
 二人は笑って、再び仲間達の元へ歩き始める。
 董凱、朋蔓、旦毘、皆笑って迎えてくれた。
 旦毘の手首は茘枝が手当てをしており、まずは安心と言った所だ。
 その茘枝が駆け寄って縷紅に言った。
「いつまでの絶交になるかと思ったけど…早くしてくれて、ありがとう」
 関係回復に一晩もかからなかった訳だ。
「私から迎えに行くつもりだったのですがねぇ…」
「そんなの待ってらんないから!」
 それを横で聞いていた黒鷹。
「いやぁ、お熱うございますなぁ」
 オッサンじみている。
「ふふふ、羨ましいんでしょ黒ちゃん」
 茘枝に含み笑いされ、なんだかギクリとしている。
「べ、べっつに!!そんなの俺無縁だし!!羨ましいなんてこれっ……ぽっちも思ってないしっ!!」
 指先で『これっぽっち』を表現するが、既に『これっぽっち』は潰れている。
 しかし必死に言い繕い過ぎて逆効果だ。
 茘枝姉さんはまた含み笑いする。
「ふふふ、まぁそのうち黒ちゃんも良い人連れてハート撒き散らしながら歩くようになるわよねー?」
 『ねー?』の矛先は縷紅だが、些か相手が悪い。
 苦笑いで首を傾けている。まぁ縷紅でなくともその辺は疑問だろう。
 一人だけ、董凱がぶるぶる首を振って全否定の構えだが。
「おい、勝鬨はまだか?」
 これ以上聞いていられないと思ったか、董凱が急かした。
 縷紅も黒鷹もそれで漸く気付いた。
 兵が自分達を取り囲んで待っている。
 地も、天も、根も、今まで戦っていた民兵達も。
 皆が入り混じって。
 だが、黒鷹は言った。
「勝鬨は要らない」
 皆が驚き、黒鷹を見る。
 その中でただ一人、縷紅は頷いた。
「この戦に勝利も敗北もありません。手放しで喜ぶには、余りに多くの命が逝った…」
 緇宗や楜梛、他にも闘い、破れ、散っていった命。その死を喜ぶ事は、出来ない。
 彼らは敵ではない。ただ、選ぶものが違ったが為に、運命を別けただけで。
 どんな相手であろうと、人の死を歓迎する事は出来ない。
「…しかし、私達は彼らに伝えねばなりません。戦の世が、この夜明けをもって、永久に終わりを告げる事を」
 黒鷹は空を仰ぎ、皆に言った。
「どうせなら、朝が来る事を喜ぼうぜ?戦の夜が終わって、新しい時代が来る事をさ!あの空の向こうまで、それを伝えるんだ!」
 どっと歓声が上がった。
 皆が待っていたのは戦の勝利ではない。
 戦の終わり、平和な世が来る事だ。
 本当に空の向こうまで聞こえそうな歓声だった。
「…終わりましたね…」
 縷紅が呟く。
 様々なものを失い、それ以上に得てきた日々。
 今、終わりを告げる。
「始まりだよ、縷紅」
 黒鷹が言った。
「これが、始まりなんだ」
 縷紅は少し笑って、思い切って不安をぶつけてみた。
「新たな世…私に、創れるでしょうか…?」
 さも当然とばかりに黒鷹は言った。
「創れるよ。だって、これ見たらさ、皆願ってる事は同じなんだって、よく分かった」
 自分達が目指してきたものは、間違いではなかったと。
 この声が、証明している。
「大丈夫!俺、縷紅は天才だと思うし!」
「それはどうでしょう…」
 苦く笑って頭を掻く。
 その手が不意に止まった。
「どした?」
 ばっと鋭い顔で振り向く。敵襲でもあったかの様に。
 黒鷹も思わず刀に手を伸ばしそうになった。
「…黒鷹」
「は、はい」
「私は重大な事を忘れていました」
「え?」
 その時、黒鷹にも聞こえた。
 木々に谺する、哀切な声が。
「降ろしてくれよぉぉぉ…」
 今宵二度目の、木上の人となったまま忘れられていた、鶸。
「ああ!そういえば鶸が居ない!」
 何気に酷い。
「もお、こんな時に手のかかる子ねぇ」
 ぶつくさ言いながら茘枝出動。
 鶸の所為ではないのだが。こちらも酷い。
「なんでまたあんな所に…」
 茘枝の向かう先に鶸の姿を発見し、黒鷹は首を捻る。無理も無い。
「まぁ、話せば長くなるのですが」
 縷紅の方は苦笑いしながらどう言ったものかで首を捻る。しかし長くなるか?
「それより黒鷹、今誰よりも共に居るべき人を待たせてはいませんか?」
 鶸の事はさらっと流し、縷紅は問う。
 黒鷹はすぐに思い当たって頷いた。
「ここは私達に任せて、行って下さい」
「うん。ありがと」
 従者から手綱を受け取り、ひらりと跨がる。
 駆け出そうとした時、後ろから悲鳴の様な歓声の様な大音声が上がった。
 驚いて振り返ると、鶸が宙を舞っている。
 どうも茘枝に放り投げられたらしい。
 まぁきっと彼女の事だからコントロール抜群、良いキャッチャーの元に落っこちているだろう。
 案の定、次の瞬間には、悲鳴が笑い声と化していた。
 黒鷹は少し離れた場所でそれを見届け、自身も笑顔を浮かべると、馬腹を蹴って駆けだした。
 今まで闇に包まれていた森が、松明無しに見渡せるようになっていた。
 空は漸く白みかけている。
 長い夜が、もうすぐ明ける。
 明ける事は無いとも思えた夜。
 それでも、陽は、必ず昇るのだ。
 人々の、笑顔の許に。
 黒鷹は駆けた。ただひたすら。
 この夜明けを、共に迎えるべき人の許へ向かって。
 木々は倒れ、燻り、細い煙を立ち昇らせていた。
 爪痕は決して浅いものではない。
 失ったものの大きさも、日の光に照らされて、その姿を改めて突き付けられるのだろう。
 それら全て、受け止めていく事は出来るだろうか。
 在りし日の姿を、記憶の中だけに留めて。
 しかし手を伸ばす事は出来ない。触れて確かめる事も。
 その寂しさに、耐えられるだろうか。
――分からない。
 だが、陽は何度でも昇り、その数だけ得る物も増えるのだ。
 取り戻す事は出来ない。しかし、新しいものは増えてゆく。
 生きてゆくその、歳月の分だけ。
 失っては拾い、また失って。いつかは全て消えてゆくのだけれど。
 生きる今は、この手の中にあるものと、時を過ごしても良いのかも知れない。
 時々、夢の中で過去に手を伸ばしながら。
 頂上に近付いた。
 並ぶ天幕が白く輝いている。
 全速力で馬を駆けさせたまま、黒鷹は陣営に入った。
 ちょうど呈乾に出会い、場所を教えて貰う。
 礼を言うなりすぐにまた馬を駆けさせた。
 陣の最奥、大地が迫り出し崖となり、地の果てまで見渡せる、その場所で。
 黒鷹は速度を緩め、馬を降りた。
 朱い陽が、海の向こうに覗いている。
 温かな橙に染められた世界。
 彼も、また。
「…隼」
 深緑の瞳がこちらに向いた。
 クロ、と口許が動いた。
 隣に居た慂兎が驚く中、隼は立ち上がって。
 一歩、また一歩、黒鷹の許へ歩んだ。
 黒鷹は駆けた。
 崩れ落ちる隼を受け止めて、二人でその場に膝を付いた。
「…戦、終わったよ」
 耳元に告げると、微かな声で「ああ」と返事が返ってきた。
 麓の歓声は、ここまで聞こえている。
「これで、皆、自由になれる。これが、お前の創り上げた世界だよ。俺達が追ってきた夢の…」
「ああ…そうだな」
 これまでの迷いが、悲しみが、陽の光に溶けてゆく。
 これで良かったと――心から、思えた。
「クロ」
「ん?」
 隼は微かに笑った。しかし何も言わなかった。
 ――ありがとう、は。
 あまりにらしくなくて、笑えてしまう。
 貫きたいのだ。最期まで。
 己が己である事を。
「なんだよ…言いたい事あるなら言えって」
 返事は返らなかった。
「隼?」
 黒鷹は隼の顔を覗く。
 深緑の瞳は、焦点を結んでいない。
「…隼」
 いつかは、全てを失う。
 それを解って、人は、いろんなものを拾って。
 それでも失う事実を忘れてしまえるのは、本当に大切なものが、いつも側にあるからだ。
「待っててくれて…ありがとう」
 帰り得ぬ日々は、記憶の結晶となって。
 声を、言葉を、姿を、笑顔を、温もりを――その中に、封じ込めてゆく。
 触れられはしない。
 だけどその代わり汚れず、輝き続ける。
「今までずっと…ありがとう」
 陽が地平線から離れようとしている。
 昇りゆく太陽は、焼け野原を順々に照らし出す。
 薄く広がる煙の中に、緑が輝く。
 さらさらと風に流される砂。
 かつて戦場と呼ばれた場所も、今は悲しみの影を薄めている。
 その向こうに、白く輝きながらそびえ立つ城があった。
 その美しく広い庭で、子供たちが遊んでいる。
「お前、ズルしてんじゃねぇよ!」
「してねぇよ。言い掛かり付けてまで勝ちてぇのか?ああ?」
「…いいがかりって何だよ!?」
「悪い、馬鹿には通じねぇ言葉使っちまった」
「なぁっ!?馬鹿って何だよ!?」
「あれ?馬鹿の意味も分かんねぇの?」
「分かるよ馬鹿ぁっ!!」
 掛け合う言葉だけを並べれば喧嘩のようだが、その声は実に楽しそうだ。
 彼らならば、未来の定めの重さなど蹴っ飛ばし、今を笑い声で満たす事が出来るだろう。
 そうやって、生きてゆく。
 光は城を飲み込んで、輝きを残したままその場所を現在に帰した。
 砂塵が舞い、その粒子が、きらきらと光を反射する。
 大地も、海も、緑も、新たな朝に輝く。
 また、一日が始まる。
 丘の上で二人は、光の満ちる世界を見ていた。
 いつまでも、ずっと。




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