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RAPTORS
16

 天と根の進軍を待つ間、地は散っていた軍勢を整えていた。
 董凱と朋蔓がてきぱきと仕事をしてくれるので、子供達にとっては休憩時間となった。
 まずはともかく泥を洗い流そうと、清流を探す。
 あまり遠くに行くなと董凱に釘を刺されたが、幸い近くで見つける事が出来た。
 朋蔓が付けてくれた護衛兵達に松明を持たせ、二人は小川に駆け寄った。
「あーもう、身体かっぴかぴ!!」
 泥が渇いて時々ヒビが入っている鶸。
「お前もう人間の域越えてるよ。妖怪鶸、退治してやる!覚悟っ!!」
 言って、鶸に向けて水をぶちまける黒鷹。
 因みに黒鷹も裾をまくって足まで水につかっている。一応、こちらも泥に足を突っ込んでしまった為。
「ぎゃあー!!泥ドロ妖怪ぴーんち!」
 水をかけられても文句を言わずノッている。
 固まりに固まった衣服を脱ぐのが面倒だったらしく、鶸は着衣のまま小川に飛び込んでいた。
「妖怪は生まれ変わって、美しい少年となったのでした。めでたしめでたし」
「全然美しくねーよ。大体まだ泥付いてるし」
「え?どこ?」
「あ、悪い。ジャガ芋みたいなこれ素顔か」
「…ジャガ芋ぉ!?」
 とか何とか、二人がはしゃいでいると。
「地の王さんは呑気で結構な事だ」
 聞き慣れない声がした。
 それもどこから喋っているのか分からない。
 二人はびっくりしてきょろきょろと首を巡らせる。
 護衛兵が刀を抜いているが、向ける先が無い。
「誰だよ!?」
 黒鷹は訊いた。懐剣に手を伸ばすべきか迷いながら。
「天の王を良く知る者さ。ついでに、縷紅もな」
 声――楜梛は答えた。
「なんだ、縷紅の知り合い?」
 鶸が気の抜けた声を発するが、黒鷹は警戒を解かない。
「俺達の敵なのか?味方なのか?」
 その点がはっきりしない事には、この状況はかなり気持ちが悪い。
 襲う気があるなら、こちらにかなり不利がある。
「安心しろ。子供の水遊びを血に染める気は無い」
「子供じゃねぇし水遊びでも無いんですけど!」
 鶸の反論に鼻で笑い、楜梛の声は続けた。
「ただ、これは最後通告だ。地が天…いや、緇宗と手を結ぶと言うのなら、その命、頂戴する事になるが良いか?」
「俺を殺すってのか」
 黒鷹は懐剣を手にした。
「だけど緇宗と手を結んで何が悪いんだよ?これで三国は一つになる。戦の無い世が来るんだ。アンタはそれを望まないのか?」
 声は、いくらか低くなった。
「だから呑気だと言っている。本当にそんな世が来るとでも?」
「…何?」
「緇宗が戦を無くすと本気で信じているのか?子供故に純粋なのは結構だが、立場上現実を見る事をお勧めする」
 黒鷹は明らかに気分を害した顔つきとなった。
「そっちこそ現実見たら?緇宗は、後の事は縷紅に任せるって言ってんだ。戦の無い世界を作るのは縷紅だ」
「どうだろうな。自分でわざわざ掴んだ権力を、そう簡単に人にやるとは思えんが」
「アンタが思えなくても事実なの!」
 口喧嘩の様に語気を荒げる鶸に苦笑して、楜梛は言った。
「お前さん達の見えない所に、事実はあるかも知れないと言ってんだ」
 噛み付きそうだった二人は気勢を緩めた。
「見えない所…?」
「そうだ。お前さん達はあの男の危険さを知るまい。縷紅を含め、お前達を騙すなんて簡単に出来る事だ。その縷紅もお前さんの思うような統治者にはなり得ないだろうよ。奴らは必ず再び血を流す。自分達の私利の為に」
「何でそんな事が言えるんだよ!?」
「そうだよ、デタラメ言ってっと俺がブッ飛ばすぞ!!」
 見えない敵に向かって拳を作る鶸。
 声は笑い、告げた。
「あの二人が前王と同じだからだよ。緇宗は前王の毒を多く吸い、今や同じ眼をした人間になっている。縷紅は前王と同じ血を持っている。紅毛赤眼は王族の証だ。この二人が権力を握って、同じ過ちを繰り返さないとでも?」
 黒鷹は驚きはしたものの、惑わされはしなかった。
「縷紅はそんな事しない。俺は信じてる」
「血が繋がってるからってああなるとは限らねぇだろ!そんなの言い掛かりじゃねぇか!!」
 鶸も全く意に介さず言い返す。
「分かった分かった。お前さん達の純粋さには負けるよ。だが必ず奴らは再び剣を取る。それでしか生きていけない者達だからな。それでもあの二人に与すると言うのなら、お前さんも俺達の敵だ。警告しておく…せいぜい気をつける事だ…」
 声は揺らぎ、消えた。
 小川のせせらぎだけが、耳に入る。
「…なんだよ、アイツ」
 梢をまだ睨み付けながら、鶸が言った。
 黒鷹は考えるようにじっと懐剣を見詰めていたが、不意に視線を上げ、鶸に言った。
「さっさと着替えろ。皆の所に戻ろう」
 鶸は、黒鷹が命を狙われている事を思い出し、やや焦った様子で岸辺に走りだした。
 途中、流れに足がもつれ、盛大に水音を発てて転んでいたが。


 二人が戻って間もなく、縷紅率いる先陣が闇の中から姿を現した。
 黒鷹は舞い上がって喜び、軽率を諌めようとする董凱の手をすり抜けて迎えに走った。
 目には縷紅達しか見えておらず、後ろで首根っこを掴もうとした手があった事すら気付いていない有様だ。
「縷紅っ!!」
 名を叫びながら走り寄る相変わらずの無邪気さに縷紅は微笑み、馬脚を止めた。
「よく来てくれたな!これでみんな揃って戦える」
 黒鷹の言う『みんな』が今までと全く規模の違うものになっている。
 自国の仲間も国を隔てた味方も、全て『みんな』で包括できる大器に、本人は自覚が無いだろう。
 黒鷹の前には既に国の違いは無い。
 同じものを目指してきた縷紅は静かに頷き、微笑を絶やさず言った。
「あなた方が砲撃を止めて下さったお陰です。お見事でした」
 黒鷹はふと笑みを消し、遠い目をして、先程心に焼き付けた光景を想った。
「犠牲は出した…けど、彼らの為に早くこの戦、終わらせよう」
 縷紅も当然、同じ思いだ。
 こちらも多くの犠牲を見てきた。
 今、根と天は部隊を分けて、災禍に遭った兵を救助している。
 戦を終わらせれば、そちらに多くの人員を裂けるだろう。
「後続はまだ来ます。揃えば見た事も無い大軍になるでしょう。しかし貴方には待つ間も惜しいのではありませんか?」
 黒鷹は真顔で頷く。
 予想通りの反応に縷紅は続けた。
「ここに居るのは私が集めた精鋭です。この短時間で砲を止められ、敵は動揺しているでしょう。私達はそこを突きます。地はどうなさいますか?」
 黒鷹は少し考えた。
「俺達は少し休んでお前達の後に続くよ。流石にみんな走り通しでさ、ちょっと休まなきゃ」
 それを聞いた縷紅はくすっと笑った。
 不可解な反応に黒鷹は顔をしかめる。
「なんだよぉ、俺なんか変な事言った?」
「いいえ。成長されたなぁと思いまして」
「…成長?」
 黒鷹は妙な顔になって首を傾げている。
 戦を終えたばかりの兵を省みず、前に進みたいと言う黒鷹を何度諌めたか。
 縷紅はあの頃を懐かしく思った。まだ一年程しか過ぎていないが。
 それだけこの一年の間に変わったのだ。黒鷹も、世の中も、自分も。
「よぉ、誰と話してんのかと思えば、姫君じゃねぇか」
 縷紅の隣に現れた馬影を見上げれば、旦毘の顔があった。
「え?あれ?旦毘?大人しくしてるんじゃ無かったの?」
 ぽかんとして問えば、縷紅から呆れ混じりの答えが返ってきた。
「この人は成長がありませんから、自重なんて無理な話です」
「あぁ、そっかぁ」
 やたら納得している黒鷹。旦毘は咄嗟の反論を奪われた。
「ま、私の護衛をして下さると言うので、兄の威光を損なわぬ様にお願いした次第です」
「ああ、縷紅、やっさしー」
「なんでそうなる!!」
 言葉を失っている間に、話があらぬ方向へ飛んでいる。
「じゃあ旦毘、縷紅の事任せたよ。気をつけてね」
 にこにこと手を振られる。怪我人でもやりたいならやらせとけな精神らしい。
 ふと、縷紅は黒鷹の後方へ視線を投げた。
「…貴方も自重した方が良さそうですよ」
「え?」
 黒鷹も振り返る、と。
 足音も荒く鬼瓦みたいな顔の董凱が近付いてきた。
 縷紅達から見れば、身長が身長なので迫力に欠けるが、黒鷹には十分恐ろしく見えたらしい。
「げっ」
 小さく漏らした本音を兄貴達は聞き逃さなかった。
「この暴走娘がぁ!!いい加減立場をわきまえぃっ!!」
 拳骨を潜り抜けて、暴走娘は逃げ足も早い。
「ごめんなさいぃぃ!!」
 謝りながら一目散に帰られては、董凱もそれ以上怒れない。
 代わりに、久しぶりに見る息子へ視線を向けた。
「言ったよな?お前が将軍になったと聞いた時、この手で斬ろうと思ったと」
 緑葉の離反騒動の後、その想いは聞かされた。
 今は将軍になるどころか、董凱率いる軍と刃を交え、黒鷹達を危険に曝した後だ。
 彼の怒りは想像できる。
「師匠!」
 剣呑な雰囲気に、旦毘が制止を込めて呼ぶ。
 敵対していた事すら既に過去だ。今はもう、怒りをぶつけるべきではない。
「お怒りはご尤もです。ただ、私は私のなすべき事をし、それは今からが本番なのです。貴方に斬られる訳にはいかない」
 縷紅は淡々と董凱に告げた。
「私はこの血の源流である父の声を初めて聴きました。そして私自身の進むべき道を定めた。勿論、私の父親は貴方ですが…貴方の後を追い掛ける事は出来ない。この血に偽れないから」
 董凱はじっと紅の瞳を見据えていた。
 正直、憎んだ。斬ろうと思った。
 だが、今はもう――
「俺は、お前の事を後ろから見守るだけだよ。それしか出来ない。七年前、東軍を出て行った時からな」
 董凱を取り巻いていた剣呑さは、一瞬で温かなものとなった。
 縷紅の反応を見る為の、ちょっとした戯れだ。
「父親を見つけたか」
「はい」
 董凱はどこか寂しさの混じる笑いを見せた。
「お前の親父さんなんだ、さぞや良い男なんだろうな」
 縷紅は、董凱の抱く寂しさを理解し、それに生身では会えなかった実父を重ね、同じように笑った。
「ええ。そうだった様です」
 恐らく董凱は、拾い子の実の親が分かれば、いつでも手放す覚悟で育てたのだろう。
 例え、魂だけの再会だったとしても。
 今が、その時だと、彼は決めた。
「お前が俺の後ろを走るとは、ハナから思っちゃいねぇよ。好きに走れ。俺が見えなくなる所までな」
 縷紅は頷いた。迷いは無い。
「行きます。貴方を越えて、その向こうまで」
 董凱は満足げに笑った。父親の笑い方だった。
 そして踵を返しながら、旦毘に捨て台詞を残した。
「朋蔓に見付かったら、小言地獄は覚悟しておけよ」
「げっ」
 思わず縷紅は吹いた。
「嫌がり方が黒鷹と一緒ですよお兄さん」
「そりゃ、まぁ…俺ら家族だから?あっ、告げ口すんなよ師匠!」
 董凱は去りながら手を挙げた。
 了承の意味なのか、甚だ怪しい。
「やれやれ。相変わらず気苦労させる親父だな」
「それにしても、何だか変わりましたね。あの二人は」
「ん?」
「董凱と黒鷹ですよ。何だか前よりずっと親子らしくなりました」
 言われて旦毘も納得。
「ああ、確かに。良かったな、師匠」
「黒鷹に反抗期があったら面白いですね」
「とことん嫌われる涙目親父か。それ見てみてぇな」
 なんだか温かい気持ちで進軍を再会させようと思った矢先。
 小言どころか怒鳴り声が響き渡った。
「たんびぃぃ!!良い歳して何度言えば分かるんだお前はぁぁぁ!!!」
 二人とも一気に顔色を変え、顔を見合わせると無言のまま馬腹を蹴ってその危険地帯から逃げ去った。


 光欄は天の陣に留まり、砲撃に巻き込まれた兵の救出を指示していた。
 怪我人と病人が続々と運ばれ、陣中を満たしてゆく。
 呈乾をはじめとした天の兵の協力もあり、作業は着々と進んだ。
 救護室に戻り、一息つく。
「大変な事になりましたな」
 掠れた声が掛けられた。
 目をやれば、重傷を負った銘丁が首をこちらに向けていた。
「…気が付いたか」
 気を失っていると報告を受けていた。人知れず目覚めていたのだろう。
 何せ今ここは修羅場だ。人々が忙しく動き回る、その隅に彼は寝かされている。
「使命を果たせず申し訳ありません…」
「気にするな。命があっただけでも良かった」
 すっかり恨みの無くなった光欄の言葉に、銘丁は安堵した。
 続けて何か言おうとしていたが、躊躇った後、口は閉ざされた。
 光欄はその内容を察して自ら答えた。
「あの子達の処刑は無くなった。無事だ」
 銘丁は安堵の笑みを見せた。
「それは良かった」
 光欄は頷く。穏やかな顔で。
「私は…やっと解った。お前があの子を地へと運んだのは、必然だったのだな…」
「と、言いますと…?」
 光欄は人が引っ切りなしに行き来する出入り口を見ていた。
「私の元に居ては得られなかった大きなものを、例え短い生でも…あの子はこの地で得る事が出来た…」
 銘丁に視線を戻し、ふっと笑った。
「あの子に悔いが無いのなら、それで良いだろう?」
 銘丁は、微笑のまま、ゆっくりと頷いた。
「諦めかも知れないが、受け入れるしかない運命もある…」
 ならば、それで良かったと思いたい。
 隼は変わらず丘を見渡せる場所に居た。
 隣には慂兎が居る。
 症状を考えれば寝台に移すべきだが、縷紅はこの場に居させてやって欲しいと軍医に伝えた。
 恐らく意識があれば、頑としてここを動かないだろう。
 黒鷹が来るまでは。
 昏迷の中、隼は懸命に光を待っている。





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