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RAPTORS
15

 残す砲もあと僅かとなった。
 地の軍は、最初百人程の人数で三部隊に別れ砲を止めていたが、砲の数が多い事と一つの砲に敵は十人前後しか付いていない事から、更に部隊を分けた。
 今は十五部隊、則ち二十人ほどの組で動いている。
 それだけ砲の征圧も早く進んだ。
 敵は戦い慣れていない上に、この新たな兵器を使い熟せていない様だ。
 地の軍の大きな犠牲は、今のところ無い。
 黒鷹と鶸は終始、董凱と行動を共にした。
 確かな司令塔が居る事で、その部隊は一番リスクが少ないと言える。
 平たく言えば、良い子は保護者と一緒に居ましょう、と言う事だ。
 幸い大きな問題も無く、部隊は最後の砲の鎮圧へ取り掛かった。
「おじさん、これが最後の一台かな」
 草むらに隠れ、鶸が董凱に声を潜めて問う。
 因みに、友達のお父さんだから“おじさん”。董凱はそう解釈して余計な事は考えないようにしている。
「確かに、もう音しなくなったな」
 黒鷹が耳に手を当てて、微かな音も逃すまいとしている。
 それでも聞き取れないから、目の前にある砲が最後なのだろう。
「よし、最後だからって油断するなよ」
 董凱が二人に言って、部隊全体に接近を開始するよう指示を出す。
 じわじわと包囲が狭まる。
 その時だった。
 黒鷹は世界が割れて壊れたのかと思った。
 凄まじい轟音。
 次の瞬間には視界がぐるりと回り、何か覆い被さった。
「大丈夫か」
 耳元で低い声がした。董凱だ。
 全身がびりびりと痺れ、感覚が麻痺している。
 どうやら近い所に砲弾が撃ち込まれた様だ。
 爆風で飛ばされそうになった所を、董凱が助けてくれたのだろう。
「動けるか?いや、何が何でも動け」
 耳打ちに、黒鷹は頷いた。
 感覚は薄いが、動かす事は出来る。
「三つ数えたら前に走れ。良いか?」
 董凱は数えだす。
 一、二――
「行けっ!!」
 黒鷹はぱっと立ち上がって、動ける限りの速さで足を動かした。
 無意識に叫ぶ。恐怖を振り払う様に。
 後ろで。
 今、居た所で、爆発音が上がった。
「っ――!!」
 爆風に煽られて前のめりに倒れる。
 立ち上がろうとしたが、膝が震えて力が入らない。
 また爆音がした。土や石、他に何か分からない物が降ってくる。
 目を暝って頭を抱えて。
 このまま死ぬのだろうかと思いながら。
 指先に生暖かくどろりとした感触があった。
 はっと視線を巡らす。
 暗くて何も見えなかったが、一瞬の閃光がそれを浮かび上がらせた。
 無惨に千切れた腕。
 続いて襲った爆風に再び目を暝る。
 近くで重たい何かが落ちる音がした。
 声も出せず、震えた。
――なんだ、俺なんて
世界変えるとか大きい事言いながら、こんなに無力で情けないだけのガキじゃん…
 頭の隅でそう考えた。
――次はここに砲弾が落ちるんだ。
 全てを諦めてそれを待った。
 その間が、やたらと長い。
 そして。
「一国の姫君が土にまみれて、嘆かわしい事だ」
 頭上で声がした。
 え?と頭を上げる。
 目前の草が揺れた。
「無事か?黒鷹」
 視線を上げてゆき、声の主を漸く視界に入れた。
「朋蔓おじさん!」
 叫ぶなり立ち上がって飛び付いた。
 躊躇無く懐に入ってきた黒鷹に瞠目したが、容易く受け入れた。
「怖かったー!死ぬかと思ったよぉ」
 本気で怖がっていた乙女の言い方では無いが、黒鷹なりに怖い思いはしたのだ。
 死についてはそれなりに腹を括っているから、他の子供よりは若干恐怖も薄いのかも知れない。
「もう大丈夫だ。砲は我々が鎮圧した」
 董凱隊に向けて集中砲火を浴びせている背後を取って、調度駆け付けた朋蔓隊が砲を征したのだ。
 朋蔓は抱き着いていた黒鷹を地に下ろして、問うた。
「御身に怪我は無いな?」
 黒鷹は頷く。掠り傷はあるが大きな怪我は無い。
「董凱は?」
 はっと黒鷹は後ろを振り返った。
 つい先刻まで一緒に居た董凱の姿が無い。
「俺を庇って逃がしてくれてから…分からない…!」
 言うが早いか走りだした。
 記憶を辿る。庇ってくれてから共に走って逃げたか?
 混乱してよく分からなかったが、違う気がする。
 走ったのは自分一人だ。
 黒鷹は董凱を最後に見た場所を探した。
「その辺りか?」
 朋蔓も走り寄る。
「多分」
 草を掻き分けていると、人の足に当たった。
 息を呑んで頭側へ回る。
 朋蔓が上から覗いた。
「…董凱…!?」
 黒鷹は咄嗟に声も出せなかった。
 頭から血を流して倒れている董凱。
 悪い夢だろうか。
 ついさっきまで一緒に居て、動いていた父親が。
 今は、動かなくなってしまった。
 現実を理解するごとに、恐怖が押し寄せてきた。
「…どうしよう…どうしよう!!父上が!!」
 震える声で朋蔓に縋る。
「いや…」
 朋蔓は呟いてそっと董凱に近付き、俯せの身体を起こして。
 良い音を発てて頬を叩いた。
「……!」
 黒鷹は驚いて硬直しているが、構わず朋蔓は怒鳴った。
「いつまで寝る気だ!!可愛い娘を泣かせる気か貴様はっ!!」
「…あれ?」
「あれ?ではないッ愚か者!!」
 黒鷹は…開いた口が塞がらない。
 董凱は生きていた。
「今せっかく良い所だったのに…なんだ朋蔓かよ…」
 何の夢を見ていたんだお前は。
「ち、父上ぇっ!!」
 漸く我に返った黒鷹が董凱を抱えて泣き出す。
「死んじゃったかと思いまじだぁああ!!」
 盛大に泣いているので鼻声気味である。
 董凱は黒鷹を抱きながら、朋蔓に目配せして笑った。
 朋蔓も同様に微笑み、懐から手ぬぐいを出す。
「とりあえず、顔が血まみれだ。拭け」
 どうも吹っ飛ばされた際、額を切ったらしい。
 深刻な怪我ではないが顔面にどくどくと血が流れている。
「あ、悪い」
 自分の怪我の程度が分からない董凱は、何となく顔を拭って、予想外の出血に目を見張っている。
「うおっ!?よく死ななかったな俺!」
「死ぬのは私が許さん」
「俺もでずぅぢぢうえ!!」
 何だかんだで愛されてる董凱だった。
「さて…俺の隊はどうなったか確認しなければな」
 言って黒鷹を離すと、董凱は立ち上がった。
 数歩も歩まぬ距離から煙が上がっている。
「…酷いな」
 分かってはいたが、実際目にするとそれは凄惨な光景だった。
 黒鷹が腰の辺りをひしと掴む。
 自分の為に命を懸けてくれた、そんな人の遺骸が、無惨な形になって転がっている。
 親としてこの現実を隠したいのは山々だった。
 しかし董凱は言った。
「よく、見ておけ」
 裾を掴む力が強くなる。
「これはお前が一生背負う光景だ。お前は彼らの犠牲を無駄にしないよう――生きろ」
 黒鷹は瞬きも忘れてその光景に見入った。
 彼らの失われた声を聴こうと。
 目指す未来に、彼らの声を届ける為に。
「…ありがとう」
 長い時間の果てに、そう呟いた。

 被害の把握をし、軍を整える董凱に付いて回った黒鷹だったが、ふと思い出した。
「鶸が居ない」
 え、と董凱も朋蔓も黒鷹を振り返る。
 そう言えば、姿を見ない。
 寧ろどうして今まで気付かなかったのかも不思議だが、余り追及すると鶸の沽券に関わるのでやめておく。
「俺の隣に居たよな」
 砲撃で混乱するまでは、確かに董凱の隣に居た。
「探してくる!」
 言って黒鷹は走り出した。
 走り出したがすぐ足を止めた。
 それはもう動物的な勘の様なもので、その場で首を巡らせる。
 上に。
「…みつけた」
 木に引っ掛かって手足をぶらぶらさせている珍獣が居る。
 枝は大きくたわみ、今にも折れそうだ。
 なので鶸は下手に動けない。高所に登って降りれなくなった猫の様である。
「く、くろぉ!!助けてくれぃ…!」
 助けを求める声もか細い。大声を出すと枝が折れそうな気がするのだ。
 黒鷹は鶸の居る高さを目測した。
 ちょっと無事では済まない高さである。が、命に係わるかと言われればそうでもない。
 多分爆撃に弾かれてこんな事態になったのだろうが…出来過ぎだ。
 黒鷹は意地悪な笑いを隠す事無く鶸に言った。
「骨くらい折れるかも知れねぇけど、お前なら大丈夫だ!!落ちろ!!」
 何が大丈夫なんだと鶸は言いたかったに違いない。
 しかし横から嫌な音がした。
「…!!」
 みしみし…と枝が更に曲線を深くして。
 それが直角になるのを目撃すると同時に、鶸は世界がひっくり返るのを体感した。
 続いて襲うであろう衝撃を覚悟したが――
 ぐぢょっ、と言えば良いのか。
 何とも言えぬ奇妙な感覚。そして不快な。
「鶸ぁっ…ああ!?」
 黒鷹の戸惑う声も聞こえた。
「姫!気をつけられよ!!そこは沼地だ!!」
 朋蔓の声がするが…何か愉快そうである。
「ぎゃああ!ちょ、パス!!鶸っ、自分で這い上がって来い!!」
「じょーだんじゃ…!!」
 口に泥が入って喋るどころではない。
 幸い底無し沼では無かったが、四苦八苦して底に足を付けると肩の下まで泥に漬かった。
「鶸…なんか、蛙みてぇ」
「うるさいっ!」
 岸辺で泥を付けてしゃがむ黒鷹も十分蛙っぽい。
 遅々とした動きで鶸は進みだした。
 泥に足を取られて大きくよろめき顔面を黒い水面に叩き付ける事数回、やっと黒鷹の元に辿り着いた時には全身濡れ鼠の泥だらけであった。
 八つ当たりに黒鷹の顔に泥を塗るのも忘れない。
「はい、鶸」
 岸辺でぎゃあぎゃあやっていると、どこから現れたのか茘枝が着替えを差し出した。
 下手をすれば楜梛などより神出鬼没な彼女である。しかもこの事態を予期していたかの様な着替え。
「うわっ!?茘枝!?」
 騒いでいた二人も度肝を抜かれた。
 何の事は無い、鶸の窮地を見て予め用意に行っていただけだ…が、どこから持って来たのかは謎だ。
 彼女は鶸に着替えを手渡すと、二人を含め董凱ら地の軍の面々に言った。
「天と根が協力する事が決まりました。光欄は既に天の陣中へ迎えられています」
「えっ…そうなの!?」
 驚きながらも喜ぶ黒鷹に頷いて、茘枝は続けた。
「砲撃が止まった事で両国は兵を進めるでしょう。我々も加わる準備を」
 董凱と朋蔓は頷いたが、黒鷹はなんだかぽかんとした顔をしている。
「おい、どうしたんだよ」
 鶸につつかれて我に返ったような顔をし、言った。
「いや…」
 説明するに相応しい言葉がみつからず、黒鷹は言葉を濁した。
 敢えて言う事でもないのかも知れない。
 今、この瞬間、世界は変わったと。


 既に陣へ帰っていた緇宗は、敵の砲撃が止まったと報告を受けた。
「やりましたね」
 縷紅が言うと、旦毘も嬉しそうに繰り返す。
「アイツら、やりやがった」
 本当に止めるとは思わなかった。信じてはいたけれど。
「反撃に出る。行くぞ」
 緇宗は言って立ち上がった。
「勿論、指揮は取って下さいますよね?」
 縷紅は念押しとばかりに訊く。
 こんな肝心な時に放っぽり出されては堪らない。
「俺の軍に関してはな」
 何やら意味深な返答が返ってきた。
「え?」
「全体の指揮はお前に任せる。お前自らやるも良いし、誰かに委ねても良い」
 縷紅は少々面食らったが、緇宗の意図は理解した。
 今からの戦は三国が連合して戦う事になる。
 その指揮を、緇宗が握っては、天にのみ権力が偏り過ぎるのだ。
 確かに兵の数でも軍の規模でも天が抜けている。これまでの戦ならば指揮を取るのが普通だろう。
 しかし、この戦の意味は、これまでと違う。
 世界を変える、一つにする為の、戦い。
 だからこそ、また天が他国を牛耳る様な指揮系統では意味が無い。
 そして、次代を担う者が、その先頭に立たねば。
「お見それしました」
 正直、縷紅は舌を巻きたい気分だった。
「何が」
「貴方様が本気で新時代を迎えようと考えていらした事に」
 建前は建前として、まだ我欲が残っているかと思っていたが。
 緇宗は本気でこれだけ大きな権力を自ら棄てる気で居る。
「信じるっつったのは何処の誰だ」
 縷紅は苦笑しか返せない。
 背を向けて、ぼそりと、緇宗は付け足した。
「あの言葉の所為だからな」
 一瞬にして苦笑は消された。
 思いもしなかった。
 『信じる』という一言が、この人を、これだけ変えていたとは――
 その責任は、果たさなければ。
 縷紅は呈乾を呼び、光欄に進軍する旨を伝えるよう言った。
 根の部隊は既に揃っている。
 別行動をしていた二隊にも砲撃の被害はあったが、総力が半減する程では無かった。
 天と合わせればかなりの大軍だ。
 その一人一人を前にして、縷紅は告げた。
「これからの戦は私が指揮を取ります」
 整然と並ぶ兵。兜の下で光る目、目、目。
 その色は違う。しかし同じ光を宿している。
「ここに居るのは天と根、丘を下れば砲を止めた地の軍が待っているでしょう。この戦いは、初めて三国が共に戦った戦として、我々の歴史に刻まれます。そして今日、この時から、我々は信じ合える仲間となるのです!」
 歓声が響き渡る。
 皆、待っていたのだ。疑い、恨み、傷付け合う暗い時代が終わる事を。
「戦いはこの夜で終わりです!皆で迎えましょう、新しい時代の夜明けを!血を流す事の無い朝を――!」
 日は必ず昇ると信じてきた。
 もうすぐ、夜明けを見る事が出来る筈だ。
 人は変われるのだから。
 信じる事で、助け合う事で、暗く長い夜を越えられると――
 縷紅だけではない。ここに居る皆が、感じていた。





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