RAPTORS
1
薄暗い、見慣れた狭いハコ。ここで目覚めるのも、もう何度目だろうとぼんやり考える。
あの戦いから、五年が経った。
地の国は滅び、城は落とされ、数多の家臣が殺された。
だが、黒鷹は生きている。
捕らえられてからの五年間を牢で過ごしている。人質という事らしい。
状況は変わらない。変わる気配すら無い。
小さな天窓から光が差し、朝である事を告げる。
黒鷹は起き上がった。
番をしている者と目が合う。
番人は下劣な笑いを浮かべた。
黒鷹は番人を睨めつける。
「相変わらず生意気なガキだな」
番人は笑みを深くし、座っていた椅子から立ち上がった。
「貴様に来客だそうだ。物好きな奴もいるもんだな」
鍵を手に取り、鉄格子の戸を開ける。
と、牢の中に風が起こった。
黒鷹が戸口、そして番人を狙って走り寄ったのだ。だが戸口は小さく、番人に止められる。
警棒で殴られ、床に倒れた。
「ちっとも学習しねぇな、テメェは」
番人は警棒を振り上げたが、何者かにその腕を掴まれた。
「邪魔するな!!」
番人が怒鳴る。
「何者だ、テメェ!?」
「面会を申し込んだ者だが」
その人物が答えると、番人は血相を変えた。
「し…将軍!?」
「出て行け。今後この者に危害を加えれば、この国から追放する」
「し、しかし…!?」
「行け」
“将軍”に言われ、番人は転がるように走って逃げた。
「…またお前か」
黒鷹は立ち上がりながら言った。
「部下の非礼をお詫びします」
「別に…。こっちが暴れただけだし」
言いながら黒鷹は寝台に座った。男は立ったままだ。
「何しに来た?」
改めて黒鷹は男を見る。将軍―そんな肩書に似つかわしくない男だ。
身なりは、天の国によくある凝った服装だ。動きやすいのか、実はそうでもないのか、着方すらよく分からない。
袖口から鎖帷子がちらちらと覗き、細長い剣を腰に差している。“将軍”らしいのはそれだけだ。
赤茶けた長い髪を、頭の上で束ねている。真面目そうな顔立ちは綺麗に整っていた。
将軍と言うには若すぎる。
「…地の上に帰りたくはないですか?」
「はっ?」
その彼の口から出た意外な言葉。
黒鷹は耳を疑う。
「貴方を地にお返しする為、参りました」
こいつ正気か!?と思わずにはいられない。将軍ともあろう者が、敵国の王子を国に返すとは。
「…何を狙っている!?地の残党でも片付ける気か!?」
「いいえ。貴方達に害はありません。これは私と貴方だけが知る事ですから」
「敵の将軍を信じろって方が無茶だろ?」
「そうですね…」
廊下から人の足音が近付いて来た。
男は黒鷹から二、三歩離れる。
「将軍、こんな所で何を?」
足音の主の声らしい。黒鷹の居る位置からはその人物は見えなかった。
「王がお呼びです」
「分かった。すぐに行くから先に出ていてくれ」
「はい…」
訝しそうな返事をして、その人物は去った。
「…あと三日しかないんです」
人影が消えるのを待って、男が言った。
「三日?何が?」
「地の王子が処刑されるまで――三日…」
「処刑!?」
思わず黒鷹は声を荒げたが、次には何かを納得した表情に変わる。
「逃げ道さえあれば、鳥はすぐにカゴから飛び立ってしまうでしょう?」
「…罠があってもな」
「貴方なら潜り抜けると信じています」
言いながら、戸口へと向かう。
「これは親切心や国の思惑ではありません。私個人の計画の…あなたは駒のひとつ。詳しい事は言えませんが――」
小さな格子戸を潜る背に黒鷹は言った。
「そっちの思惑通りには踊ってやらねぇよ」
格子の外で、彼は微笑んだ。
「明日の朝、また来ます。貴方の信用に足る物を持って」
そして足早に、薄暗い地下道から去っていった。
朝――日が昇ってすぐ、将軍は来た。
番人も居らず、彼は唐突にやって来たのだ。
手へ布に巻かれた長い物を持っている。
その時、黒鷹はまだ夢中にいた。
鍵の開く音で、夢から覚める。
「お早うございます」
爽やかな笑顔で将軍は言った。
「…早過ぎる…」
起き上がろうともしないで黒鷹は悪態をつく。
「誰もいない方が好都合なので…。すみません、起こしてしまいましたね」
「起きなきゃ話にならねぇだろ」
言いながら、やっと起き上がる。
「悪いな、ここ入ってから早起きとかした事ねぇから」
「若い人は皆そうですよ。いくらでも眠れる」
「…ジジくせー…」
意外な発言に黒鷹はぼそりと言い、訊く。
「お前、何歳だ?」
見た目と肩書、口調や物腰にギャップがありすぎて解らない。
「十九になります」
平然と彼――将軍は言ってのけた。
黒鷹がツッコミすら忘れて呆けてしまったのは言うまでもない。
「…早熟だな、お前」
やっと絞り出した言葉。
「不思議に思われるでしょうね」
どこか物憂い表情で彼は言った。
「こんな若輩者が将軍など…」
「でも就任したばかりだろ?」
「…この時の為に将軍まで上り詰めたんです」
「計画ってヤツか」
彼は小さく頷くと、顔から笑みを消した。
「これをお返しする為に参りました」
手にしていた長い物を差し出した。
「…これは…」
巻かれている布をめくると、黒鷹の表情が変わる。
「俺の刀…」
「地の王家の宝刀とお見受けします」
「…らしいな…」
布を取り払うと、黒い光沢のある鞘が現れる。
「どうやって…」
「顔パスで盗んできました」
「いや、そんな真面目な顔で言う台詞じゃないから…」
ゆっくりと、刀を抜く。
刀身まで黒い刀だ。
「行きましょう」
将軍は背を向けた。
「もう行くのか!?」
「今日…地への門が開きます」
黒鷹は問いを口にする間も与えられず、五年過ごした牢を出た。
五年ぶりに外の世界に立った黒鷹だが、気分は良くない。
服のせいだ。
途中地下道で出くわした悪運の男を二人して追いはぎにし、その服を羽織っているのだが。
むさっくるしい事この上ない。
その男は地下道でぶっ倒れているが、目覚めて騒ぎになるのも時間の問題だ。
それも、自分はともかく、前を歩くこの赤毛の男は…。
だがそれ以前に、周りが騒がしかった。
宝刀が紛失した事が知れ渡ってしまったらしい。
兵のなりをした男達が、あちこちでウロウロしている。
探しているらしい。将軍にも何度か兵が話しかけていた。
当の刀はぶかぶかの服の下、黒鷹に抱かれていた。
「少しくらい見えても大丈夫ですよ、ほぼ全員宝刀なんて見た事ないですから」
将軍は小声で言った。
「私だって実際に見たのは、今日が初めてなんです」
騒ぎをくぐり抜けて、目的の建物に着いた頃には、太陽は高く昇っていた。
「あれが地への門がある建物です」
白い、彫刻のなされた建物だった。
「私が行くと怪しまれます。お送りできるのはここまでです」
「地の国か…」
建物を見る。
あの中に、五年間待ち焦がれた地への門がある…。
「お前、名前は?」
黒鷹は赤毛の将軍に訊いた。
「縷紅(るこう)と申します」
「縷紅…ありがとう」
縷紅は答える代わりに、にっこりと笑った。
「さ、早く行かねば門が閉じますよ」
「いつか必ず借りは返す」
お互い微笑を合わすと、黒鷹は建物に向かって走り出した。
縷紅は微笑んだまま、姿が見えなくなるまで見送っていた。
黒鷹の姿が消え、今辿った道を歩きだす。
遠く、「人質が逃げた」という声が聞こえる。
やがて、一人の兵士が走り寄ってきた。
「将軍――人質の件で、王がお呼びです」
私が逃がした事、すぐに知れ渡るだろう。
そう思い、王宮へ向きを変えた。
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