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RAPTORS
12

 数百人ほどの地の兵に囲まれ、黒鷹は彼らを見渡しながら口火を切った。
「俺達の為にここまで来てくれて、本当にありがとう」
 ここに来るまでの詳しい経緯は、董凱から改めて聞いた。
 三人を助ける為、多くの人が結集した事も。
 自分達を助けるという理由で軍が動く事はあってはならないと考えていたが、それも人々の想いであって、無下には出来ないと考え直した。
 ただただ、謝辞しか無い。
「俺達はもう大丈夫だ。緇宗は処刑を止めてくれたし、縷紅が逃がしてくれた。それで、皆にお願いする。天とは停戦条約を結んだ。もう互いに刃を向け合う事はしないって約束だ。だから天との争いは、もう止めて欲しい」
 そこまで言うと、兵達は騒然となった。
「あんな国と慣れ合えって…!?」
「天は滅ぼすべきだ!」
 憎しみが膨張してゆく。
 そんな歴史を辿って来た。仕方のない事なのかも知れない。
 戦で家族や友を失った人々が、怒りをぶつける、その対象だった。
 大切な人を奪った国に、報復がしたくて戦ってきた――それが正直な所だろう。
 でも、それは。
 変えねばならない。時代と共に。
「恨んでも憎んでも、どうしようも無いよ!」
 黒鷹は叫んだが、多数の声に掻き消される。
 それでも叫び続けた。
「これ以上いがみ合って、失うものはあっても得るものは無いんだから!また誰かを犠牲にしてまで闘う意味なんて有るか!?もう止めようよ!!」
 徐々に、辺りが静まる。
「もう、止めよう」
 もう一度繰り返して、黒鷹は言った。
「俺は世界を変えたくて戦を始めた。皆がまた普通に暮らしていけるように。もう天からの侵攻に怯えなくて良いように。この戦で全ての戦を終わりに出来るように…。だから、停戦の意味は大きいんだ。それが俺達の願いだったから。もう、憎しみに任せて武器を取っちゃいけないよ。それじゃあ、この戦で犠牲にした全ての人が悲しむだけだ」
 今や全ての兵が静まり、黒鷹の言葉を聞いていた。
「天だろうが根だろうが、どの国の人も感じる事は俺達と同じだ。みんな犠牲になった人の事を悼み、敵となった国を憎んでる。だけど国なんて無ければ、みんな同じ人間だ。憎しみ合っても仕方ないんだよ。だから、俺達から武器を置こう?俺達から変わろう。そして世界を変えよう。もう、国や種族が違うからって、傷付け合う事の無い世界にしようよ」
 ぱん、と音を発てて手を合わせる。
「お願いしますっ!もう天を恨むのはやめて!!代わりに俺が恨まれたって良いから!!」
 ぽん、と頭に手が置かれた。
 包み込む様な、優しい手。
「誰もお前を恨もうなんて思っちゃいねぇよ」
 董凱の声。
 黒鷹は力を込めて暝っていた瞼を開けた。
 囲む人々の間に、先刻の殺伐とした空気は無くなり、この人が言うなら仕方ないなと言うような、穏やかな笑顔がそれぞれ浮かんでいた。
「お前の民は、お前のやらんとしている事、ちゃんと解ってるぜ?」
「…父上」
「お前は王だ。お前の夢を、この国の皆で追い掛けても良いだろう。お前が本当に世界中の人々の事を考えているのは、皆よく知ってんだ」
 黒鷹は、笑んで頷き、改めてそこに居る全員に礼を言った。
「ありがとう。俺、みんなの王になれて、本当に良かった。でも、今日限りなんだ」
 え?という声がまばらに上がる。
 黒鷹はバツの悪そうな顔をして説明した。
「緇宗と誓った。もうこの世界から王は無くそうって。これからは、皆がこの世界を変えていく、そんな仕組みを作るんだ。あ、縷紅が作るつもりだから、きっと皆公平になる筈だよ。安心して」
 また反対の声が上がる前に、黒鷹は言った。
「所詮、俺なんて暴れん坊のガキでしか無いからさ!そういう事は自信無いんだよ…。それより王制を続けてまた天の前の王様みたいな人が出たら困るだろ?だから、ま、分かってくれ!な?」
 何とも言えぬ空気が流れる。
 せっかく王の元、団結しかけたというのに、言ったそばから本人によってぶっ壊されたのだから無理は無い。
 それでも暴動にならないのは、この国の美点…と言うより。
 ただ単に言ってる本人が本当にガキだから怒る気にもなれないのが正直な所…かも知れない。
「それより、もう少し皆の力を借りたいんだけど…」
 呆れの混じる空気に肩を竦めつつ、黒鷹は上目遣いに続けた。
「どうやら根と天の反体制派が、砲撃をしているらしい。俺は今からそれを止めに行く。危険だから付いて来てくれとは言わないけど…」
「行かざるを得ないだろ。付いて来るなと言われても」
 董凱に言われ、黒鷹は唸った。
 本当はこれ以上巻き込みたくない。だが、一人ではいくら何でも無理だ。
「俺は行く。娘を一人危険に曝す訳にはいかない…これ以上、な」
「私もだ。砲撃は止めねばならん」
 董凱と朋蔓に言われ、ほんと?と振り向く。
 二人は大きく頷いた。
「俺も俺も!!トーゼンだよな!?」
 鶸が手を挙げる。遊びに行く子供のような顔をしている。
 続いて兵達が次々名乗り出る。
 その場に居る殆どが黒鷹と同道する事となった。
 ただ、行けないのは。
「お前は慂兎君を連れて帰る事だ」
「えっ!!叔父さん、そりゃ無いよ!!」
 負傷している旦毘は、馬に乗って移動するのが精一杯だ。当然、朋蔓が釘を刺しておく。
 だが本人は不満たらたら。
「何の為にここまで来たと思ってんだよぉ。そりゃ、実戦じゃ役に立たないかも知れねぇけど、使者なり何なり、この一大事に何かさせてくれよぉ。頼む、叔父さん!」
「何もただ帰れと言っているんじゃない。慂兎君を無事送り届けるのがお前の役目だ。何を不満がる」
「いや、そうだけどさ…」
 こんな時に俺だけ子守?という文句が思い切り顔に出ている。
「旦毘、俺からも頼む。慂兎は俺の大事な大事な友達だから、国賓を護衛するようなモンだ」
 黒鷹も何だか冗談混じりな説得をする。
 ちょっと薄笑いが出ている。
「いやお前調子良過ぎ」
「勅命です!」
「……」
 それを言われては閉口せざるを得ない。
 そこまで聞いていた呈乾が馬を進め、前に出て言った。
「しかし、今反体制派の包囲を突破するのは危険でしょう。宜しければ天の陣へご案内しましょう。事態が鎮静化するまで、この呈乾がお守り致します」
「ほんとっ!?」
 彼は大国の臣らしく重々しく頷いた。
「おおっ!!流石だな!呈乾サイコー!!」
 対照的に一国の王があまりに軽い。
「で旦毘、まだ文句あるか?」
 白旗が無いので手を挙げてひらひらと降る降伏兵、旦毘。
「もう何も申しませーん」
 険しい顔は不満だらけだが、もう何も言える筈も無いし言う気力も無い。
「まぁ、縷紅と連絡出来るかも知れないし、隼の事も気に掛けてやって欲しい。置いて来ちまったから、今どうなってるか分からないけど…」
 黒鷹が言うと、彼も気を取り直して頷いた。
「俺も隼の事は気になる。縷紅と組んで暴れてやるのも悪くは無い」
「お前な…」
 言外に、暴れられる身か?という朋蔓の呆れた溜息。
 旦毘は振り向いてにっと笑う。
「心配すんな叔父さん。俺は戦が終わるまで縷紅の悪ガキの首根っこを抑えておくさ」
 そんな役割なら甘んじても良いらしい。
 いささか危ぶむ目で朋蔓は見ているが。
「じゃあ呈乾、旦毘と慂兎の事は頼む」
 とりあえず決まったので、黒鷹は慂兎を馬から降ろし、呈乾に預けた。
「承知しました」
 鶸に代わって慂兎が呈乾の前に乗り、旦毘が後ろに続く。
「じゃあな」
「うん、気をつけて」
「お前らも。無事の成功を祈ってる」
 黒鷹が旦毘の言葉に頷くと、二騎は駆け出した。
 それを見送り、自分にじっと視線を注ぐ面々に
「行こう」
 そう声を掛けた。

 先刻から砲音は蘇っている。それも、最初より近い位置で聞こえるようだ。
 恐らく敵が持っているのは、車輪の付いた可動式の砲だろう。
 以前、天が使い隼が破壊した大砲は拠点に設置する型で、それに比べれば威力も射程範囲も劣るが、厄介な兵器である事に違いない。
 黒鷹は止めると一言で言ったが、以前の様に破壊する術は無いし、その方法も考えねばならない。
 何よりまず、可動式である為にその場所を突き止める必要がある。
 その点、砲音を頼りに進むしか無い。細かい場所は軌跡を見て探るか、事情を知る敵を捕えるか。
 もう一つ、厄介な点がある。
 可動式で小回りが利きやすいと言う事は、止めようと踊り出れば自分達が標的にされるという事だ。
 つまり、砲撃を止める為には、敵に察知されぬ様に場所を突き止め、密かに射程に入らない位置まで近付き、一気に敵を叩く。
 それが成功せねば犠牲を増やす事になるだろう。
 馬を駆けさせながらそれらの事を董凱、朋蔓と話し合っていた黒鷹は徐々に砲撃が近く、また増えている事を感じていた。
 だんだんと周りの声が聞き取り辛くなってくる。
 こちらが近付いているのも当然だが、砲撃も近付いている気がしてならない。
 しかしそうかと思うと遠くなる。
「複数台をそれぞれ発射させている様だな」
 砲音の合間に聞こえた董凱の言葉に黒鷹は頷く。
 また新たな砲撃があり、その震動が収まるのを待って、朋蔓が言った。
「明らかに砲撃地点が増えている。敵は持ち込んだ砲を順次使っている様だ。まだ増えるかも分からん」
 砲撃。今度は遠い。
「一つ一つ潰してちゃキリが無ぇかも知れねぇぞ」
「でも父上、止めないと…」
 隼が、と言いかけて言葉を濁した。
 私情を口に出している場合ではない。今は付いて来てくれる沢山の民が居るのだ。
 今から彼らが砲の犠牲となる可能性も有る。
 危ないのは隼だけではない。この戦場に居る、三国全ての兵が危険に曝されているのだ。
「止めねぇと、戦にならねぇな。それはその通りだ」
 黒鷹の言いたかった事を汲んでいるのか、董凱は優しく笑って言葉を接いだ。
 そして、近い砲撃で声が掻き消される時を狙ったのか、口の動きで黒鷹に大丈夫だと伝えた。
 黒鷹は頷く。
 耳をつんざく爆音の響き渡る中、父親の笑顔を頼もしく思った。
「待て。燃えている」
 朋蔓が黒鷹達、そして兵達一団を制止した。
 砲撃の為だろう、闇に包まれた林の向こうに赤いものが確認出来る。
 それは同時に砲撃地点に近付いた事を示していた。
 地響きが止めば、辺りは不気味な程に静かだ。
「ここから丘を下りながら進む。敵の間者が居るかも知れない。音を発てずに進め」
 朋蔓の命令が下り、黒鷹達も下馬して進む事にした。
 声を殺し、黒い影となって、一団は滑らかに動く。
 時折ひゅう、と高い音がして、上空を砲弾が飛んでいくのが確認出来た。
 続いてどん、と地響きが来る。耳がびりびりと痺れる。近い。
 幸い今風は無い。
 砲が丘を囲んで撃たれているのなら、周りは火に包まれているだろう。
 風が吹けば木々が火を運び、天の陣は焼かれ、兵達は燻し出される。そこを襲われたら如何に天の兵とて潰滅の恐れがある。
 凪いでいるのは天の恵みだが、最悪の事態となるのは時間の問題だ。
 黒鷹は先を急ぐ。それに兵が続く。
 朋蔓は途中で兵を率いて別れた。また別の東軍幹部も同じ様に別れた。
 それぞれ百人ずつの部隊で砲を探し、止める。
 黒鷹と董凱の率いる部隊は真っ直ぐ丘を下り、最寄で発射されている砲を狙う。
 逸る気持ちから足早になる黒鷹を、時々董凱が止めた。
「大丈夫だ。落ち着け」
 低い声を黒鷹の耳に落とす。
 黒鷹は詫びる代わりに頷いて、足並みを揃えた。
 ちょいちょいと肩をつつかれて振り向くと、鶸が笑いかけた。
 その人懐っこい笑顔が嬉しくて、同様に笑い、また前を見る。
 丘を下り切った。
 斜面に沿う形で尚も進むと、火がちらちらと見える。
 火災ではない。人工的な火だ。
 董凱は兵に身振りで指令を下した。
 兵達は身を屈め音を殺しながら、火の見える場所を囲むように広がりながら進む。
 敵陣を包囲し、一斉に襲い掛かるのだ。
 草むらに潜んで黒鷹は敵の様子を見た。隣には鶸、董凱が居る。
 草木の刈られた数メートル程の広場に、敵兵が十人余り。中心に小型の砲。
 こちらの気配に気付いた様子は無く、耳を塞いで砲撃を行おうとしている。
 董凱は兵に、砲撃を合図に襲撃する旨を手振りで伝えた。
 この場所を囲む兵に素早く密かにその旨が伝えられてゆく。
 広場に居る男の一人が松明の火を取り、導火線に引火した。
 数秒後、爆音が響き渡る――同時に包囲していた兵がわっと踊り出た。
 いち早く鶸は飛び出て、今まで溜め込んだエネルギーを発散している様だ。一人で二人は片付けた。
 鶸の活躍が無くとも、元々数が全く違う。瞬く間にその場は征圧された。
「敵の人員はそう多くは無いようだな」
 混乱の収まりつつある中で董凱は言った。
「このくらいの部隊を各地に散らしているんだろう。だとしたら鎮圧は早い」
「しかし父上、敵はどうやら天の兵や民を騙して戦力を増やしている様です。それがどのくらいかの規模かは分かりませんが…」
「なるべく傷付けたくないか。だとすれば厄介だな」
 天の陣から出たとき襲ってきたあの三人が、風評を封じてくれれば良いのだが。
 罪無き人々と戦いたくはない。
「実際扇動しているのはごく少数だろう。まぁ、コイツらに詳しく訊いてみようじゃねぇか」
 董凱の前には縛られた敵兵達が並べられている。
 黒鷹は丘を望む。
 黒く蟠るなだらかな丘陵の影。その中腹が赤く染まり、黒煙を吐き出している。
 その、煙の向こうに。
――隼…
 無事で居てくれ――
「クロ」
 鶸が肩に手をかける。
 黒鷹はうん、と応える。
 近く、そして遠くで、また。砲撃は続いていた。




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