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RAPTORS
11

 地の軍は既に後退を始めていた。
 未知の敵を避け、少なくとも正体は判りきった敵である天の陣に突っ込むのだ。
 付き従い走る殆どの者が、果たしてこれが良い策なのか、自分達は生き残る事が出来るのか疑っているが、それでも隊列は乱れる事は無い。
 一つに董凱を信じているから、また元より黒鷹救出の為に命を懸ける覚悟だからだろう。
 そもそも今は敵を避ける為ではなく、天に攻め行って黒鷹達を助けるつもりで動いている、そう考えている者も少なくない。
 実は鶸もその一人で、気分は『待ってろよ、クロ、隼!!』といった所だ。
 先頭に立って親友に向けて突っ走っていてもおかしくないのだが、鶸は今列の最後尾、つまり殿軍にいる。
 時に追い掛けるように飛んでくる矢で、流石の鶸も敵の存在に気付いていた。
 …因みに董凱達が敵に気付いた時の会話は、飯を食っていたので聞いていない。
 しかし陣中の空気で察するのは難しい事では無かったと思われるが、そんな空気は読めないのが鶸である。
 殿軍に居る事は鶸の独断であり、董凱達は気付いていない。
 気付かれれば当然、比較的安全な場所へ移されるだろうが、幸いにもと言うべきかまだ気付かれていない。
 何故わざわざ鶸は危険な殿軍を務めようと思ったのか。
 カッコイイから。
 に他ならないだろう。たぶん。
 先の撤退戦で旦毘と共に殿に行きたかったのが即刻却下されて、それでますます『殿軍やってみてえ』欲求が溜まっており、たまたま今回逃げる展開になったのをこれ幸いとばかりに最後尾に踊り出た…という訳だ。
 誰か止めて欲しいものである。
 しかし殿としての務めは割と真面目にこなしている。
 襲って来る者があれば迎撃し、逃げ送れる者があれば援護し、飛んでくる矢は叩き落とし、一人で十二分の活躍をしながらそれでも余裕の笑みを浮かべている。
 実際、鶸にとってこれが楽しいらしい。
「お?」
 また逃げ遅れた味方兵を発見した。
 それも少し離されており、負傷したか何かでうずくまっている。
 鶸は隊列から離れて彼を救いに行った。
「おい!大丈夫か!?」
 走り寄って見れば、かなり小柄な兵だ。鶸もかなりコンパクトにまとまっているが、まだ小さい。
 その彼が、鶸の姿を見て、明らかにびくりと身体を震わせた。
 それもその筈で。
「…あれ?…お前、もしかして…慂兎?」
 懸命に兜で顔を隠そうとしているが、鶸に気付かれるようではバレバレも良いところだ。
 当然、こんなところに居て良い筈は無い人物その二。
「うぅ…鶸様、ご無事で何よりですっ…!」
 いい加減、素性を隠すのを諦めたようで、慂兎は兜を上げて鶸に再会の感激溢れる顔を見せた。
「え?あ、うん。俺は無事だけど何でお前ここに…」
 それ以上は訊かないで!なうるうる顔を向ける慂兎。
 ちょっと鈍感なところのある鶸も、何となくその辺察しが付いて、追及は止めた。
 無理矢理訊けば『鶸様達を助けたくて』と言われるのは予測出来たし、自分が慂兎の立場ならもっととんでもない事をやらかしているだろう。
 いけない事をしていると分かってびくびくしながら、それでも三人を助けたくて軍に紛れてここまで来るくらい、可愛い事にも思える。
 尤も、危険この上ないのだが。
「どうした?怪我してんのか?」
 うずくまって動かない慂兎に訊いた。
「足をくじいて…」
 細い事の返答を聞くと、鶸は彼をひょいと背負った。
 慂兎はおっかなびっくり、大丈夫です自分で歩きますと声も出ない。
 鶸は意気揚々と元の隊列に戻ろうと歩き出している。
 この場合、慂兎を背負ったまま殿軍の仕事をするのか、尤も鶸はそこまで考えていない。
 その前に、それより困った問題に出くわした。
 本当に出くわしたのだ。目前に立ちはだかる壁に。
「…あー、邪魔くせー…」
 流石の鶸もうんざりしている。
 敵という名の壁が五つ六つ。
「ひ、鶸様、わわ私の事は構わずに…」
 背中の慂兎は、言いたい事とは裏腹に歯の根が合っていない。
 鶸は皆まで言わせてやる程、気は長くなかった。
「任せろ慂兎!!このくらい、俺様なら何とでもなる!!」
 下ろされる気配も無い慂兎は、ひぃーっと悲鳴を上げて目を暝った。
 鶸はもう突撃を開始している。危うい乗り物状態だ。
 見えなくとも背中の上で刃物が振り回されているのが分かる。
 もう生きた心地もしない。いっそ何処かに投げて欲しいが、腕は本能的に振り落とされないようにがっちり鶸を掴んでいる。
「うりゃあぁ!!俺様の邪魔をしたのが不運と思えぃっ!!でやあぁ!!」
 鶸の威勢の良い言葉だけはバッチリ特等席で聞ける。それで優勢は判るが、怖いのと掴まるのに必死なのとで安心するどころではない。
 そろそろ振り回されるのにも少しは慣れてきて、目を開けてみようかと思った時、ぱんぱんと鶸が手をはたく音がした。
 頭がくらくらして気付かなかったが、動きも止まっていた。
「終わったぜ、慂兎」
 恐る恐る目を開ければ、目下に伸びた男が五人ほど。
「…うわぁ!!ごごごごめんなさい!!その、つ、捕まったまま、こんな事して貰って、うわわわ」
 慌てて手を離したものだから、当然落ちる。
 強烈な尻餅をついて目尻に涙を浮かべる事になる。
「おいおい、大丈夫かよ?ちったぁ落ち着けって」
 鶸が珍しく兄貴っぽい。
 慂兎は半泣きでまた鶸に背負われる事になる。
「うぅ、こんな事、初めてで、うぅ、ごめんなさいぃ…」
 要は実戦というものを生まれて初めてこんなに間近、と言うか背中のすぐ上で体験して、あまりの恐怖に度肝を抜かれた訳だ。
 更には、助ける筈の鶸に助けられたどころか足を引っ張る、もとい背中の重しになってしまった事が、情けなく申し訳ない気分でいっぱいな慂兎だった。
「気にすんなよぉ。そんなに謝られたら俺が居心地悪くてたまんねぇっての。…それよりさ」
 鶸はきょろきょろと辺りを見回して。
「みんな、どこ行ったんだ…?」
 辺りは真っ暗。灯も見えない。
 二人が置いて行かれたという事は勿論だが、鶸が闘いながら暴走する余り、双方の距離は相当離れてしまった。
「やっべ。戻れねぇかも」
 流石の鶸も焦りだす。
 慂兎はもう顔面蒼白で言葉も出ない。
 とりあえず地面の傾斜はある。登っている途中だったから登れば良いのだ。
 多分、それでいつかは合流できる…と良いのだが。
「ま、行くか。心配すんな、慂兎。何とかなるっ!!」
 鶸は無責任に太鼓判を押して、慂兎を負うたまま歩きだした。
 そうやってしばらく歩いた時。
 行く先の闇の中から、馬が駆ける音がする。
「ひ、鶸様、あれは…」
 すっかり怯えきった声で慂兎が言う。
「敵かもな。だったら良いんだけど」
「ええっ」
 鶸の喧嘩上等思想に付いて行けない小市民慂兎。
 まあ、付いて行ったらある意味終わりとも言えなくもない。
「馬があれば何かと便利だろ?」
 小さな大荷物を背負わなくとも良くなる。
「まさか、奪う気で…」
「心配すんな。ちょっと拝借するんだよ」
 絶対に返さない。
「ひ、鶸様、出来れば戦う前に下ろして…っぅあああ!!」
 前回の教訓を元にした懇願も、語尾は悲鳴となった。
 天才的に学習能力の無い鶸が、特攻を開始した為だ。
「かぁくごー!!」
 耳元の悲鳴すら耳に入っているか怪しいまま、鶸はどんどん二騎に近付き、そのままの勢いで飛び掛かった。
 がちん、と刀は弾き返される。
「む!?出来るな!?」
 構え直してもう一度。
 そしてまた弾き返される。
 …最早お約束だが、馬上の人物が誰なのかは気付いていない。
 因みにその人物は馬の足を止め、完全に鶸に付き合って遊んでいるが、勿論そんな事も気付いていない。
「うぉっし!!もういっかーい!!」
 何度鶸が気合いを入れ直して飛び掛かっても同じである。
 ところで完全に目を暝ってぶるぶる震えながら背中にしがみ付いている慂兎の事は記憶の片隅にも残っているだろうか。甚だ怪しい。
「お前、キリが無ぇからいい加減にしろよ」
 流石に馬上の黒鷹が鶸を止めに入った。
 これでも一応先を急いでいるのだ。
 だが止めの言葉も耳に入る気配が無いので、仕方なく強攻策。
 飛び掛かった鶸の顔面を、足の裏で止めた。つまり黒鷹は足を突き出しただけ。
 相手の勢いを利用して、結果的に鶸がぶっ飛んで呻く事態となっている。
 背中の慂兎はたまったものではない。
 鶸の下で呻き声をあげている。
「あっ!!悪ぃ!!」
 慌てて飛び起きながら謝ると、介抱するなり何なりすれば良いものを、
「てんめぇ、ずぇーったい許さねぇかんな!」
 身軽になったのを良い事にまた飛んで行く鶸だった。
「だから鶸!!俺!俺だってば!!」
 本気の怒りモードに突入してしまったのを見て、黒鷹もやや慌てだす。
「黒鷹様!この者討ち取ってやりましょうか!?」
 呈乾が(この様子では普通の判断だが)大勘違い発言をするものだから、黒鷹はそれを止めつつ鶸に応戦しつつ、尚且つ説得と言うか自分だと気付かせようとしつつ、頭はパニック寸前である。
 そしてついにキレた。
「ふっざけんな鶸ぁぁ!!俺は隼助ける為に急いでんだよボケぇ!!」
「えっ、隼!?」
 隼の名前には敏感だった。あとは耳に入ったか怪しい。
「あっ、クロ!よぉ!」
 普通に挨拶してくる脳天気野郎に黒鷹でなくとも閉口するだろう。
「慂兎を連れて来い。お前は呈乾の馬に乗せて貰え」
 これ以上無い低い声で鶸に指示し、慂兎を自身の馬に乗せる。
 ドス黒いオーラ満開の黒鷹に密着して、慂兎は生きた心地もしなかっただろう。
 とにかく怒りが飛び火しないように、一寸も動かない。
「鶸、皆の所まで案内しろ」
 相変わらずのドス黒い声音で命令する。
 が、鶸はケロッとして言った。
「俺も知らねぇんだよなぁ。皆どこ行っちまったのかなぁ」
 黒鷹の怒りが倍増されたのが、慂兎には嫌という程分かった。
「お前、良い度胸だな」
 なんだか黒鷹の周囲が蜃気楼のようにゆらめいて見える…ような。
「隠し立てしとらんと口を割らんかいボケ!!膾にして八つ裂きに切り刻んで煮て食われたいんかワレぁ!!!」
 ヤクザ言葉はお手の物である。何故に。
 流石の鶸も血の気が引いた。
「げっ…あ、いや、みんな天の陣に向かってたけど、俺はぐれちまってさ…その、ワザトじゃないんだよ…えーと…ごめんなさいぃ!!」
 蹴っ飛ばされた犬の悲鳴の如き声である。
「黒鷹様、天の陣とは…」
 冷静な呈乾が訝しむ。
 普通に考えれば地の行動は、天へ捨て身の攻撃を与えようとしていると取れる。
「戻るぞ、呈乾」
 こちらも一気に熱が冷めて冷静になった黒鷹が、馬首を返し、腹を蹴った。
 もしこのまま天と地が戦となれば、緇宗との停戦条約が水泡に帰すどころか、反体制派に双方とも潰されてしまうだろう。
 最悪の事態は避けねばならない。
「あっ!あれ!!」
 鶸が一方を指差して叫んだ。
 赤い灯の群れが見える。
 黒鷹はすぐさま方向を変えてそちらに向かった。
 灯は松明の明かりであり、山頂に向けて動いている。
 近付くにつれ、松明の元に無数の人々が居ると判り、更に近付くとその人々は地の兵であると確認出来た。
 一先ずほっと胸を撫で下ろしながら、黒鷹は彼らに呼ばわった。
「待ってくれ!!俺は王の黒鷹だ!!少し止まってくれないか!?」
 軍団はかなりの速さで動いている。追い付いても油断すれば離されそうになる。
 人々が騒然となって、徐々に動きが鈍った。
「董凱と…父上と話がしたい。案内を頼む!」
 突如現れた黒鷹の姿に我が目を疑っている兵士達。それでも言う事を聞いてくれ、難無く董凱の元へ通された。
 途中、黒鷹に気付いた兵達が歓喜の声をあげたり労りの言葉をかけたりと、殺伐とした空気が一転した。
 黒鷹はそれらに応えながら、本当に彼らが自分を助けたいと願っていた事を知り、嬉しくもあり申し訳なくもあり、しかし地の民への想いは倍増した。
 必ず、彼らが笑って暮らせる世に変えなければ、と。
「黒鷹!!」
 呼ぶ声。旦毘だ。
 馬上から彼は声をかけた。
「よく戻ったな!俺が格好良く助けてやろうと思ってたのに」
 黒鷹は笑いながら手を振り、
「白馬の王子様気取りかよ?言っとくけど王子様は俺の方だぜ?」
「は、そうだったな。頼もしいね。…お父上なら向こうに居るぜ」
 指差しながら言い、余計な一言も忘れない。
「小さ過ぎて埋もれてみっかんねぇかも知れねぇけど」
「あは、そうかも…」
 黒鷹も気分良くノりかけた時。
「き、さ、ま、らぁぁー!!」
 世にも恐ろしい怨嗟の声が。
「げっ。どんだけ地獄耳!?」
「見つからないなんて事無い!!十分な存在感です父上ぇ!!」
 ひぃっと怯えだす二人の子供に突進しかけた董凱だが、次の瞬間には馬上の二人に向けて足は浮いていた。
 怒りの余り神通力を手に入れた…なんて事は無い。
「茶番などやっている場合か」
 朋蔓に首根っこを捕まれただけ、だったりする。
「叔父さん!流石だな!凶暴董凱も猫扱い!!」
「誰が猫だ誰が!!」
「ふん、貴様も獣になりたくなければ頭を使って行動する事だ」
「むきぃーっ!!」
 怒り心頭の董凱。
 しかしこの場を救う愛娘の天使の一言が!
「父上…でもちょっと可愛い…」
「……」
「……可愛い?」
「……かわいい…」
 上から、硬直した朋蔓、眉根を寄せる旦毘、ぽっとなっているオヤジ董凱。
 結果、どさっと音がしてオヤジ顔の猫は解放された。
 それでも場が混乱しないのは、可愛いという魔性の言葉に董凱が酔っているからだ。
 そこへ馬から降りた天使…正確にはじゃじゃ馬黒鷹が手を差し出す。
「父上、再びお目にかかれて黒は嬉しゅうございます」
 後ろの方で鶸が何キャラ?とかぼやいていたが周囲に黙殺された。
「黒鷹…おお、我が娘よ…!!」
 あとはひしと抱き合って今生無いと思っていた親子の再会においおいと泣く…筈が。
「父上、ちょっと良い?」
「へっ?」
 言うが早いか、可哀相な董凱は再び首根っこを掴まれてぶらーんな態勢。
「見て見てー!!俺にも猫抱っこが出来るよ!!」
 猫抱っこと可愛らしく名付けられたが、間違ってもこれは抱っこなんてモノではない。
 そして可愛いと言われた以上怒るに怒れない親バカ董凱。
 それを見る顔を引き攣らせながら、
「…なんか、良かったな、師匠」
「ああ、元気な娘に再会出来て嬉しかろう」
 ある程度は同情するけど自業自得と割り切る朋輩達だった。





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