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RAPTORS
13



根の国総帥 光爛殿

 まずは先の非礼を詫びます。しかしこれは私の態度のみを詫びるのであり、考え方自体は間違ってないと思っております。変えるつもりもありません。私はこの国で果つるべき地の民です。そして今は地の臣下として、この国の為に貴方に伏して頼まねばなりません。もう一度、この国に援軍を送って頂く事を。
 先の戦いで我々が勝利を収めた事は、恐らく既にご存知でしょう。この奇跡的勝利のお陰で、敵軍はこの地から去りました。しかし我々はこれで終わったとは考えていません。否、終わらせてはならないのです。天の戦力はまだ半減すらしていません。恐らく近いうちに再び攻め来るでしょう。我々にはこの国を、民を、守る力はもうありません。そうなる前に先手を打つべきだと考えています。つまり、天への進軍を。
 恐らく貴方は無茶だとお笑いになっているのでしょう。自国をも守れぬ兵力で、他国を攻めようなどと愚かであると。しかしこれが地に残された唯一の手段なのです。再び戦が起こり、滅ぶくらいなら、自ら打って出るしかないのです。どの道滅ぶのなら、やれる事はやっておきたい。私がこの戦を始めた時も同じ事を考えていました。だからこそ、この戦はまだ何も終わっていない。天を倒し、世界を変えない限りは。地を守る事は則ち、この世界を変える事です。敵無き世にする為に。
 貴方が民を守る為に軍を引いた事は間違ってはいない。しかし私はもう一度、根の軍がこの地に来る事を切望します。これは地を守るだけの戦ではなく、この世界全体に係わる戦なのだから。敵無き世を作りたいのです。天と地の戦は勿論、地と根のいがみ合いもここで打ち切りたい。これは、この国で虐げられてきた私だけの願いでは無い筈。遠い過去の様に、根と地の民がこの地上で暮らして行ける事を、皆願っている筈です。勿論この戦に協力する事は、それが実現する事を意味しています。根の民が自由に地へ暮らす事が出来るのです。そこに居る黒鷹も同じ事を言うでしょう。現王もそれを約束しています。
 貴方は一度、根と地を統合すると言った。この言葉を信じて、地の進軍の際はこの国を完全に明け渡します。勿論、こちらには兵を二分するだけの力が無い事も有りますが。しかし何よりも、一度は貴方という人を信じたいのです。死ぬ前に、一度くらいは。
 貴方は根の兵の被害を想定しているでしょう。恐らく空気の汚れだけで破滅的被害は出ない筈です。地を守れる程の人員は残る筈。兵を守りたい貴方の気持ちは解りますが、これは戦です。多少の被害は仕方ないでしょう。身勝手と言われるのなら、私自身が責任を取ります。元よりそのつもりです。
 貴方がもし、親として私の事を考えてくれるのなら、これは息子からの後生の願いとお考え下さい。私の命はもう長くはない。もう一度、この地で貴方と会える事を祈っています。


      隼そして崔爛より母上へ







 光爛は先刻からずっと遠い目をして、虚空を見つめている。
 黒鷹は隼の書状を読み終え、そんな光爛に声をかけられずに居た。
 根の城。光爛の自室。
 人払いがしてあり、二人以外誰も居ない。
 やっと視線に気付いたのか、光爛は黒鷹に向いた。
「…嫌、とは言えないだろう?」
 唇に浮かんでいるのは、自嘲かそれとも諦観だろうか。
「喀血しながら…命を削りながら書いた嘆願書だ…。親として、嫌と言える筈が無い…」
 書状の隅々に、血飛沫が付着している。
 どんな状態で隼が書いたか――嫌でも目に浮かぶ。
「アイツ、本当は…待ってるんだな…本当の家族に会う事を…。親子としてアンタに会える事を」
 光爛は静かに頷いた。
「…どうする?」
 じっと、迷う顔に視線を注ぐ。
 眉間に皺を寄せて、じっと隼の書いた文字を見詰めている。
 その向こうの、息子の姿を追うように。
「根の兵が心配なのか?隼は壊滅しないって書いてるけど…やっぱり皆無事って事にはならないもんな」
 黒鷹が声を掛けると、光爛は緩く首を振った。
「心配は…兵だけではない。…あの子の責任の取り方だ」
「…え?」
「根が出れば必ず、天は同じ手段を使うだろう。そうすれば一層、空気の汚れは酷くなる。それは…あの子には、耐えられまい」
「……!」
「自ら犠牲になる事で…根の民を説得する気だ」
「…そんな…そんなのって…!」
「お前ならどうする、黒鷹」
 否定しようとした叫びを遮って、光爛は問う。
「あの子の命と願い…どちらを取る?」
「……」
 黒鷹は絶句した。
 選べない。そんな物。選べる筈が無い。
「…そういう事だ」
 溜息混じりに光爛は言った。
「悪いが…私には…」
「隼は待ってる」
 選べないと言おうとした口元は、閉ざされた。
「信じて…待ってんだよ。先の事は分からない。何とか隼を助ける方法もあるかも知れない。だから…頼むから…会ってやってよ…!でないと、アイツずっと捨て子のままだろ!?そんなの、寂しいだろ…」
 捨てた訳ではない。
 ただ、見放していたのは事実で。
 長い間、生死すら知らなかった。生きていると分かった時、目の前に居ても、本人だと実感出来なかった。
 それが、軋轢を生んでしまった。
 それでも、そんな母を信じると、信じたいと言っている。
 援軍を呼ぶ為の建前とは思えない。不思議と、それが本心だと思える。
 そう、信じたい自分が居る。
「隼はな、この戦に勝って世界を変える為に今まで頑張ってきたんだ。俺は…その夢、無駄には出来ない」
「夢…か」
「…頼むよ、光爛。アイツの全て、無駄にしないで」
「……」
 光爛は沈黙したまま、天を仰ぐ。
 宿命だろうか。
 権力を選んだ、その瞬間から。
 しかし己の夢を譲れなかった、その結果だ。
 夢――根の民を、闇から解き放つ事。皆で、地上に暮らす事。
 夢を譲れないのは、お互い同じなのだろう。
 血の繋がった親子なのだから。
 ならば互いの譲れないものの為に、他の何を犠牲にしても、実現させるのが筋なのかも知れない。
 否――ずっとそうして来た。今更変える事など出来ない。
「良いだろう」
 光爛が呟いた。
「地に、行こう」
「本当!?」
 黒鷹に向かって微笑み、頷く。
「五日の内には出立しよう。だから安心するが良い。今宵は休んで行け、黒鷹」
 満面の笑みで黒鷹は頷き返し、踵を返した。
「ありがとな、光爛」
「礼は、これを届けてくれたお前にせねばなるまい」
 黒鷹は照れ笑いを浮かべながら、扉を開けた。
 そこに控えていた従者に目を止める。
「あ、悪い。待たせちまったな」
 自分の用件で光爛を独占していた事を詫びると、彼は首を横に振り、抑えた声で言った。
「光爛様と貴方様に、お耳に入れて頂きたい事が」
「…俺も?」
 きょとんと問い返すと、部屋の中から呼ばれた。
「良い。二人とも入れ」
 再び室内に戻り、従者が扉を閉めると、書状を差し出した。
「これを」
 光爛が受け取り、目を通す。
 その目が、険しい。
 すぐに書状は黒鷹に回された。
「…隼が…地の兵に…暗殺された!?」
 驚きの声に光爛は首を振った。
「書き途中だ。恐らく連中が偽造していたのだろう」
 光爛の言葉に従者は畏まる。
「隠れ家を探索しておりました者が発見しました。捕えた者に問い質した所、黒鷹様を殺害した後この書状を懐に忍ばせ、民に発見させる算段だった様でございます」
「…成る程な。それで私に復讐を兼ねて地を攻めさせようと…」
 地の民の裏切りに合った隼の死を知らせる為、黒鷹は根に来たが、追手に捕まった――それが反総帥派の描いた筋書きだ。
 しかし、それが演じられる事は無かった。
「…でも本当に隼が死んだかどうかなんて、いくら根に居る光爛でも調べればすぐ分かるよな…?」
 黒鷹は言いながら怪訝な表情をする。
 二人の視線が刺さるくらいに注がれている。
「…光爛…?」
「悪いが急ぎ帰ってくれるか、黒鷹」
「え…?」
「早馬と使いの者を用意する。秘密裏に用意していた近道を案内させよう」
 言いながら従者に頷くと、彼はぱっと部屋から出て行った。
「…まさか…」
 やっと黒鷹も感付き、顔を強張らせた。
「奴らは本当に隼を…!?」
 光爛は黒鷹の肩に手を置き、言った。
「あの子を…崔爛を、守ってやってくれ」
「…分かった。必ず」
 光爛の手を取り、ぐっと握ると、さっと踵を返し、回廊を駆けて行った。





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