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RAPTORS
10

 “お前が成すべき事、成さなければならない事は、有るんじゃないのか?”
 黒鷹は旅路を急いでいた。
 一週間という、隼の冗談混じりの期限。それ以上に、黒鷹自身の意思が足を急がせる。
 焦る気持ちで、休むどころではない。
 三界山からの道で、三日目の朝には根の国土に居た。
 隼と歩いた道。
 思い出と共に、数日前に彼から言われた言葉が脳裏を巡る。
 “お前は地を見捨てられるのか?”
――否。
 それは出来ない。絶対に出来ない。
 それでも、一人、ふっと息をついた時、思う。
 何故また離れてしまったのだろう、と。
 もう絶対に隼から離れたくないと思っていた。
 守りたい。永久に離れる事の無いように。
 それなのに。
 何かが飲み込めないまま、止めていた足を動かす。動かさずには居られなくなる。
 不眠不休のまま根に着いた。
 人々が暮らす、根の街。
 ここの様子は平和そのもので。
 それが崩れる事など有り得ないと、皆信じている。
 これが――正常なのだ。
 地では皆、明日をも危ぶむ日々を送っているのに。
 羨望が無いと言えば嘘になる。
 何度も思った――戦さえ無ければ、と。
 もっと違う時代に、国に、立場に生まれていれば。
 何度も自分を叱咤して、現実を見て。
 だからこその、最後の戦。
 勝たなければ。
 それでも、今は。
 代わりに失うものの大きさに、愕然としている。理解していても、尚。
 “俺が地の為に出来る、最後の事だ”
 衣服の上から、懐にある書を、押さえる。
「最後…」
 胸に手を当てたまま、小さく呟く。
 今まで――沢山、たくさん尽くしてくれた。
 だからこそ、言わないで欲しかった。
 最後、などと。
 足が止まる。
 茫然と見つめる、根の街。
 帰りたい。
 会いたい。一緒に居たい。
――解っている。許されない。
 己の成すべき事があるから。
 “お前が地の王子だったから、俺は”
 視界が明滅する。
 これは街の灯りのせい?
“お前と、この国の元に居られたんだ”
 力が脱ける。
 さっと、目の前が白くなって。
――地に、帰りたい。
 このまま。
“地に連れて来られた過去を変えたいとは思わない”
 隼、俺は。
 違ってて欲しかったと。
 まだどこかで思っている――




 ――鶫。
 懐かしい名で呼ぶ声。
 いつだったろう?
 この名前を忘れたのは。
 呼び返そうとして、声は出なかった。
 誰を呼べば良いのか分からなくて。
 生きていて、と願った。
 それは、誰に対して?
 追い掛けていた足が止まる。
 走っていた自覚すら無かった。後を追うしか術が無くて。
 それでも、皆。
 目の前から消えてゆく。
――鶫。
 兄上、と呼んだ。
 この名で呼ぶのは、兄だと思い出した。
 前方にあった光の塊は、そっと振り向いて。
 ゆっくり、首を横に振った。
 全てを否定された気がして、胸に大きな穴が空いた様な、絶望が。
 否。
 自分は希望を持っていた筈だ。
 かつて見出だした筈だ。
 今も、待ってくれている、筈――
 勢い良く後ろを振り返る。
「   」
 呼べなかった。
 後ろは、全てを飲み込む暗闇で。
 居るべき筈の人が、居ない。
 前を向いても既に光は無く、四方を闇に囲まれ、絶望に似た焦燥感に満たされる。
 呼ぶ声が出ない。
 懸命に叫んでいるのに、声が出ない。
 そこに居るのかも分からない。
 もう居なかったら?
 底無しの恐怖と共に、声は、絞られた。
「――ッはやぶさあっ!!」
 上がった息。
 自分の息だと認識するのに、暫くかかった。
 世界は闇ばかりではない。
 細いが、ランプの光がある。
 ――夢?
 漸く気付いて、黒鷹は顔を横に向けた。
 確かに眠っていたらしく、寝台の布団の中に我が身がある。
「黒鷹!!良かった気が付いて!!」
 見知った声と顔。
 横から聞こえたそれと、自分を見つめる目。
「…栄魅?」
「こんなところで再会出来るとはね、黒鷹…」
 栄魅の顔には苦いものが混じる。
「こんな所って…ここ、どこ…?」
 当然とも言える黒鷹の問いに、栄魅は本格的に顔を曇らせた。
「光爛を陥れようとしている反乱軍に捕われているの。ここから出られない」
「何…!?じゃあここは敵の――!?」
 勢いに任せて起き上がった体が、ふらついた。
 栄魅の手に支えられる。
「……!!大丈夫!?」
 自分の血の気が引いていくのを感じながら、黒鷹は頷いた。
「ただの貧血…。何も食ってねぇから…。大丈夫」
「でも顔色が悪いわ!何か食べる物…」
「これを」
 栄魅とは反対側から、ふわっとした女性の声がした。
 首だけで振り向く。
 長い銀髪。隼と同じ色。
 彼女は果実を差し出している。
「朝食のものを取っておいたんです。食べて下さい」
「…ありがとう」
 赤く、甘い香りのする実を受け取る。
 上体を起こして、程よい固さのそれを噛んだ。
 食べながら、彼女をそれとなく観察する。
 白い肌と髪。緑の瞳。よく整った顔立ち。
「彼女は隼のお姉さんよ」
「え!?」
 素っ頓狂な声が出て、思わず果実を取り落としそうになった。
「そんな、唐突に、冗談だろ!?」
「あら元気になった。でも本当よ。お名前は鈴寧(りんねい)。隼の実のお姉さん」
「な…」
 口をあんぐり開けて二の句が接げないまま、鈴寧を見る。
 その様に彼女はくすりと笑った。





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