RAPTORS
6
「少し――いいか?」
「座っとくだけじゃなかったのか?隼」
旦毘が揶揄する。
「来た意味ぐらい作っておこうと思ってな」
視線もくれず言ってのけて、続けた。
「兵の頭数の心配なら、根を呼んだ。地の守りなら必要無い」
「――何だって?」
「黒鷹が昨夜、根に発った」
「だから居なかったのか…」
いくら王の座を譲ったとは言え、この場に不在なのは不自然だ。
それを気にしていた旦毘達、事情を知らなかった東軍の面々が頷く。
「黒鷹が光爛を説得しに行った、って事か?」
「いや?アイツはただの使者だ」
“ただの”かどうかはともかく。
「俺が書状を書いた。援軍の要請の為に」
「――光爛へ!?」
「他に誰が居る」
二人の関係を見てきた旦毘は、言葉を詰まらせた。
「しかし、根が応じるだろうか?」
朋蔓が問う。
「再び空気の汚れを利用されれば――」
「今の根の民はそこまで弱かない。多少被害は出るかも知れないが、体質によっては戦える者も少なくない筈だ」
言い切った隼を、縷紅が驚きの目で見やっている。
「…何だよ?」
鋭い目で返す。
「それは…隼、貴方自身は自ら毒を招く様な物ですよ…!?」
「そうかもな」
隼の態度は他人事の様に素っ気ない。
「これ以上空気が悪化すれば、持つ筈が…!それとも根に退くのですか!?」
「冗談じゃねぇ。根の道中で息絶えるのがオチだろ。それに」
見上げる眼の力が一段と強くなる。
「あんたが言ったじゃねぇか。俺の居場所は、戦場だ、って」
「――」
「俺はここを離れたくない。もし天が空気を利用するなら、俺は甘んじてそれを受ける。他にも苦しむ奴が居るんだ、呼んだ張本人が逃げる訳にはいかないだろ?――俺が死ねば、万事上手く行くんだ…」
「――鶸」
縷紅の制止の声。だが既に遅い。
隼の胸倉を掴む、鶸の手。
「そんな事言うな馬鹿!!自分で自分の命捨てる様な事――」
鶸の言葉は不意に途切れた。
同時に隼も、椅子に崩れ落ちる。
隼から手を離した鶸は、自分の頬を押さえた。
じんじんと、痛い。
一方――殴る事さえ体力的に辛かった隼は、机に突っ伏して肩で息をしている。
「――なんで」
喋れば、口の中に血の味が広がる。
「分かれ、馬鹿」
苦しい息で言って、しばらく呼吸を落ち着かせようと努める。
呆然と、立ち尽くす鶸。
その肩に、縷紅が手を置いた。
「隼、――戻って休みますか?」
振り向いた鶸にひとまず微笑んで、まず隼に問う。
緩く、首が振られた。
「まだ、だ…。まだ、俺には…やるべき事がある…」
途切れ途切れに紡がれた言葉に、縷紅は頷いた。
「そのまま、少し休んで下さい。貴方に無理はさせたくない。…で、鶸?」
何?と首を竦める。
先に手を出した罪悪感がある。
「貴方の気持ちは分かります、痛い程――。でも…それでも、隼の気持ち、覚悟を、理解してあげて下さい」
「でも…嫌だ!!コイツ救えないなら、天に行く意味が――!!」
「無いとは言わせません」
静かだが、底冷えのする声。
微かに感じたのは、確かに“恐怖”。
「縷紅…」
「何の為に王になったのですか?何を成す為に?それを、よくお考えなさい」
「何の――」
――戦の終わった世界で皆を幸せにするのが俺の役目だな。
弾かれた様に、伏している隼を見る。
「…俺、皆を幸せにしたい。お前も含めて」
不意に耳に入った、低い笑い声。
「隼…」
上下していた肩が、震えている。
「おま…笑ってんのかよ!?笑わせてねぇぞ、俺は!!」
「十分だろ」
「…何がだよっ!?」
鶸が食ってかかれば、返ってきたのは予想外の答え。
「お前の言う幸せが、俺に当て嵌まるとは限らねぇだろ」
…食ってかかったは良いが、言われた意味が分からず、固まった。
「…凍結しちゃいましたねぇ」
「放っておけ。好都合だ」
「――って、放っとくな!!俺が王様なのに!!」
「悪ィ、忘れてた」
痛烈な一言に、再び固まりかける鶸。
「とにかく、だ」
隼は顔を上げ、ここに集まった面々に言う。
「兵の数なら俺が何としても集める。根の民だから天への進軍は無理だが、地の守りは十分だろう。今残っている兵を全て天に向かわせる事が出来る」
「だが…根が寝返ったら?」
「そんな事させない。俺が見張る…一命に代えてでも」
据わった眼。淡々と押し出される言葉。
一同は押し黙る。
「戦えない俺が言う事じゃないが…元を正せば俺が始めた戦だ。その責任があるから…聞いて欲しい。これは世界を変える為の戦だ。敵無き世を作り、もうこんな馬鹿馬鹿しい戦をしなくても良い様に…。確かに地は守られた。それには礼を言い尽くしても足りないくらいだ。元々は地の民を守る為の戦だったしな。…でも」
しばらく喘いで、もう一度、声を振り絞る。
「ここで終わればまた必ず天が攻めて来る…。また、多くの悲しみを作り出す訳にはいかない。だから、どうしても…何としても、天の王を倒さなければいけない。戦を、これで終わりにする為に」
ふらつきながら立ち上がり、深く、深く頭を垂れた。
「頼む…この戦で散った命を無駄にはしたくないんだ…!追撃を…お願いします…!!」
あまりにも、重いから。
己の責任で散った命を、全て背負うのは。
そして、そのまま――何も果たせないまま、散る訳にはいかない。
「隼っ…!」
崩れ落ちる隼を、鶸が抱き留める。
「…勘違いすんなよ」
腕の中の、小さな声。
「俺は、お前の作る未来を――見たい」
「――…分かってる」
隼を抱えたまま、鶸は顔を上げた。
「俺は、戦の後、世界の皆を幸せにする。絶対に。…だから、今回だけ…力を貸して下さい!!お願いします!!」
鶸に続き、縷紅も、無言のまま頭を下げた。
鶸は更に言葉を続ける。
「でも、それでも駄目だって言うなら…俺は、コイツの意志を無視出来ない…。地の民だけでも進軍する!!」
言い切った鶸。
それは、皆を死に導く――それを分かった上で。
「…よく、分かったよ」
一言、董凱が薄い笑いを浮かべて言い、席を立った。
鶸達の前まで進むと、その場に、跪く。
「我々東軍は、今日より再び地の民です。王である貴方に、従いましょう」
「――!!」
「これで良いんだろ?」
前方の三人を見、そして仲間達を振り返る。
「異存は無い」
朋蔓が言い、自らも跪いた。
他の東軍の者達も、同様に。
「…マジ?」
この光景に、当の鶸が信じられない顔で呟いた。
「世界は…変えられるんだ、鶸」
視線を落とせば、隼が笑みを向けている。
それに大きく頷き、満面の笑みで言った。
「ありがとう、みんな」
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