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RAPTORS


 東軍の幹部と地の民の代表者が続々と集まる。
 縷紅と鶸もその流れに乗って議場へと入った。
「旦毘…お早うございます」
 人の流れの中で擦れ違った、その瞬間を逃さず声をかける。
 しかし旦毘は少し視線をくれただけで、さっさと中に入ってしまった。
「――」
 昨晩の事を引きずっているのだろう。
 簡単には修復できない溝を作ったと、縷紅は知った。
「気にするな」
 旦毘の後に続いていた董凱が、足を止めて縷紅に言った。
「しかし…」
「意地になってるアイツも悪い。…何より、お前は今、地の国の縷紅だろう?」
「そう…変わりきれていないから怒っているんです、旦毘は」
 未だ自分の中に残る冷酷さ。
 捨て切れない。まだ。
「気にするこっちゃ無ぇよ。いずれ変わっていけばいい。それもお前だ」
「…ありがとうございます」
 今、捨てたら――現実が、重い。
「縷紅!!俺の席ここで良いの!?」
 天幕を入ると同時に降り懸かってきた叫び声。
 コの字形に並ぶ座席の一番奥の真ん中で、鶸が声を張り上げている。それは、王の席。
 縷紅は苦笑しながら頷いた。
 「おおスゲェー。王様って感じ」とか何とか感嘆の声を上げながら、唯一豪勢な玉座に座る。足をわざとブラブラさせて。
「…はしゃぐガキだな」
 董凱も苦笑い。
「まぁ…最初ですから」
 フォローらしきものを入れるが、大勢に目撃された王のガキんちょぶりは既に挽回しようが無い。
――まあ、事実ガキだから仕方ないと言えばそれまでだが。
 鶸の隣に軍師である縷紅が着き、一つ空けて東軍の長である董凱が座る。
 その間の空席は、隼の為に用意されたもの。
 縷紅が空席を横目に見ていると、鶸が声を掛けた。
「アイツ、来るかな」
「期待せずに待ちましょう。どうも、あれでは…」
 日に日に悪化する症状を見ている。
 特に、緑葉を失って、気落ちは大きいだろう。
 塞ぎ込む気を紛らす為にも、縷紅は彼をこの場に誘ったのだが。
「――始めよう」
 議長である朋蔓が宣言した。
 ざわついていた場内が静まる。
 その時だった。
「隼!!」
 鶸が真っ先に気付いて駆け寄る。
 天幕の入口に寄り掛かる様にして、隼は立っていた。
 縷紅も鶸の後に続く。
「隼――大丈夫なんですか?」
 頷く顔色は良いとは言えない。
 肩を貸し、鶸の隣の席まで二人がかりで歩いた。
「王の隣席か…。特別扱いも良い所だな」
 皮肉の混じった笑いを浮かべ、隼は呟いた。
「それなりの働きをしているからですよ」
「そうそう!それにやっぱ、俺の隣にはお前が居なきゃな」
「お前がたまたま黒鷹の隣に居るからそうなるんだ。たまたまだ、たまたま」
「そ、そんなに強調しなくても良いだろーがっ!?」
「そうですよ隼。鶸と仲直りして嬉しいなら素直にそう言えば良いじゃないですか。それとも、鶸の隣が嫌ですか?それも素直に言った方が良いですよ」
「え、そうなの…!?」
「…いやそんな…!?ってお前…!!」
 縷紅の発言を真に受けてショックを受けている鶸と、否定したかったが何から否定すれば良いのか判らなくなっている隼。
 縷紅が冗談で言っていないから余計に混乱する二人。
 そして当の天然発言者は爽やかに笑っている。
「とにかく、王の隣が空席にならなくて良かった。サマになりませんからね」
「…座っとくだけだからな」
「十分です」
 何とか席に辿り着いた。
 肉体的にはこの場に居るだけでも辛い。
 だが、黒鷹にも言った事――己の成さなければならぬ事を果たす為、隼はここに来る事を決めた。
 黒鷹や、皆に押し付けて、逃げる訳にはいかなかった。
「では改めて、始めよう」
 隼が席に着いた事を受けて、もう一度朋蔓が開始の宣言をした。
 それが終わるか終わらぬかの瞬間、鶸が音を発てて椅子を立った。
「俺、天に進軍したいんだ!ついて来てくれるよな!!」
 言い放った瞬間、場に流れる異様な空気。
「あれ…?」
 無数の目に唖然と見つめられては、流石の鶸も何かおかしいと気付かざるを得ない。
 何でと言わんばかりに両隣を見れば、いつもより苦みの度合いが濃い苦笑を浮かべる縷紅と、頭を抱える隼。
「…俺、なんか変な事言った?」
 隼がチラッと視線を上げ、大仰な溜息と共に頭を落とす。
「な、何で!?お前も賛成しただろ!?」
「仮にも王なら言い方ってモンがあるだろ…!」
「じゃあ教えといてくれよ!」
「ガキかてめーは…って悪い、本物のガキだったな」
「な…っ!!お前もガ…」
 縷紅の咳ばらい。
 筒抜けのヒソヒソ話を慌てて打ち切る二人。
「…皆さん、くれぐれも王は冗談で言っているのではありません」
 鶸の心外だと言わんばかりの視線が向けられるが、縷紅は敢えて無視した。
「…さて、何から言えば良いかな…」
 意地の悪い笑みを浮かべる董凱。
「先ず勝てるか否かで言えば、可能性は低いだろうな。そうだろう?縷紅」
「…ご尤もです」
 内心で鶸の視線を気にしつつ、頷く。
「そうなると天にまで攻め込む必要があるか、という問題になる。現状でその必要は無い。地から奴らを追い払った以上はな」
「しかし」
「聞け。東軍はあくまで地への援軍であり友軍だ。地が勝手におっ始める戦は認知できない。増して勝ち目の薄い戦だ。無駄な犠牲は払えんからな」
「――」
 反論しようと勢い付いて立ち上がった鶸は、言葉を発する事すら出来ず立ち尽くす。
「ま、そういう事だ。勢いだけじゃ無理な事もあるんだよ、新米の王さん」
「軽口は慎んで下さい。こう見えても彼は王です」
「こう見えてもって…」
 董凱を諌める縷紅の言葉の方が鶸には刺さる。
 済まん済まんと軽く謝って、董凱は続けた。
「前の戦でも危なかったんだろ?そんな兵力で天に行こうものなら、あっという間に潰されるのがオチだ。それに攻め込む間にこっちを突かれたら?女子供はどう守る?天と地に兵を分散させる余裕は無いぞ?」
 鶸はむっと口を紡ぐ。
 しかし何も言い返せないのが現実だった。




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