RAPTORS
9
向かった先なら判っていた。
天幕に入れば、予想通り隼の眠る横で、寝台に顔を持たせかけた鶸が居る。
「今回こそはもう駄目だ…そんな事、考えねぇからな。俺は、絶対に」
隼を見詰める視線も上げずに鶸が言った。
「分かってる。それで良い」
短く応えて、そこにあった椅子に座る。
緑葉が使う椅子だ。彼は今居ない。
「…でも俺も謝らないからな。間違ってるとは思わない。俺も…お前も」
「……」
「俺だって隼と、この戦の終わりを…その先を見たい。…でも、今は、それ以上に勝つ事を考えなきゃ。そうでないと、終わりすら来ない」
鶸は黙っている。
背中が不機嫌を語っている。
「…勝つ為に始めた戦なんだ、隼自身が。…それは今も変わらない」
「…だからこそ、だろ…?生きてなきゃ、意味が無い…」
流れそうなものを、必死で抑えこむ。
眉間が痛い。
「意味なら…有るよ。俺達の国の民の為に始めた戦なんだから。…俺達の為じゃない」
僅かに振り返る視線。
「最悪…俺達みんな死んだって、民さえ生き残ってくれれば、俺はそれで良い」
悲しみで視界は曇る。先は見えない。
混乱した感情を閉じ込めて、理性という覆いを被せて。
「…でも全てを諦めた訳じゃない。まだ希望はある」
言って、懐に手をやる。
隼から預かった、書簡。
「…これが希望なのか?」
鶸に頷いて、微笑した。
「隼の書いた書状だ。俺は今からこれを根に届けてくる」
「お前が…今から!?」
驚く鶸にもう一度頷く。
「この戦に勝つ為に、今、行かなきゃならない」
「お前…こんな時に…!?隼放っておいて行けるのかよ!?コイツより戦に勝つ事のが大事なのか!?」
「俺だって行きたかねぇよ!!でも…行かなきゃ」
叫んだ瞬間、溜めてきたものが溢れた。
渦巻く感情と、言動は、裏腹で。
「俺が…ワガママ言ってる場合じゃねぇんだ。みんなと…誰よりも、隼の為に」
「……」
「お前に王権やっちまったのは俺だけど…。でも、まだ俺には民の為に動かなきゃいけない。戦を始めた責任があるから」
「…俺は王様失格か」
頬杖をついて呟く現王。
元の王は慌てて首を振った。
「誰もそんな事言ってねぇよ!大体、そんな事言ってる場合じゃねぇっての」
「…押し付けたクセに」
唇を尖らせている様は、どう見てもふて腐れた子供。
「だからそんな事でいつまでもウジウジ言うなって」
「お前は良いよなぁ。いつも好き勝手できて。…だから今更だよな、止めても」
「……え?」
「根でもどこでも行っちまえ。好きなようにしろよ。俺がこの国と隼を守ってやってるから」
態度は投げやり。しかし本当は照れ隠し。
「…王様、やってやる。お前の為に」
「鶸…!」
思わず黒鷹は立ち上がった。目を心なしかウルウルさせて。
そして抱き付きながら言った。
「お前少しは物分かり良くなったんだなぁ!!俺感激した!!」
「おまっ…それ思いっきり馬鹿にしてるだろー!!」
「そんな事ねぇよ、馬鹿から少しは偉くなったんだな、って」
「だからそれは馬鹿にしてるって言うんだよ!!」
その時、コツーンと二人の頭に何か直撃したような。
「いでっ」
振り返れば。
「てめぇら人が寝てる横でうるせーんだよ…」
「あ、ゴメン隼」
「ゴメンで済むかっての」
気まずそうな二人に溜息を吐いて、緩慢な動きで起き上がった。
「…それで?根に行く支度は出来たのか?」
「ぁあ…?うん…」
唐突に訊かれ、黒鷹は曖昧に答える。
「ならさっさと発て。お前の持ち帰る結果次第で戦が動くんだ」
「…うん…」
それでも動き兼ねる黒鷹に、隼は舌打ちした。
「何だよ?行くと決めたんだろ?」
「隼」
先程とは違う、芯のある声音。
まっすぐに、黒鷹は言った。
「ちゃんと、待っててくれよ?」
何度、同じ事を言われただろう。
その内何度、守れただろう。
過去を反芻し、現状を省みて。
「……」
何も答えられずに。
いつだって、裏切るのは自分の方だ。
「…早く行け」
黒鷹は素直に頷いて、背を見せた。
見ていられなくて、顔を背けたまま、胸中で詫びた。
「安心してろよ。絶対上手く行かせるから」
出口で振り向き微笑む。
「…道中、気を付けろよ」
黒鷹は手を振り、出ていった。
去ってゆく足音。
また何か、大事なものを無くしたような。
心に開きそうな穴を必死に押さえて。
「…隼」
「悪ぃな。話の邪魔しちまって」
「いや…邪魔したの俺達だし…」
隼の視線は遠くに投げられている。
「…不毛な言い合いするなよ」
鶸が言葉に迷っていると、不意に隼から言葉を投げ掛けられた。
「不毛?どの辺が」
「俺の事で頭使うくらいなら、民の一人でも助けろ。それが王たるお前の責任だ」
「…そりゃそうかも知れないけど」
「好きで受けたんじゃねぇ事は分かっている。でもそんな言い訳してる場合じゃねぇだろ」
「…民の事はちゃんと考えてるよ…だけど!俺はお前やクロも大事だから…」
「だからそれが余計だって言ってんだ」
「……」
鶸は憮然としている。
隼はまた溜息を漏らし、起こしていた上体を伏せた。
「出てけ。俺は寝る」
鶸は眉根を歪ませたまま立ち上がる。
「クロの事だって…お前、時々冷た過ぎる」
捨て台詞を吐いて、足音も荒く去った。
分かっている、そんな事、と。
小さく返した声を、鶸は知らない。
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