RAPTORS
6
勢いに乗る地の軍によって、その夜、天の基地は陥ちた。
早朝、本陣に軍が凱旋した。
「早かったな」
本陣で待機していた黒鷹が、縷紅達を小走りで出迎える。
息を弾ませながら、嬉しそうに言った。
「ええ。あっさり陥ちてくれました」
「あちらさんもこんなに早く追撃されるとは思わなかったんだろうな。助かったよ」
縷紅と旦毘がまんざらでもなさそうに返す。
「じゃあ、いよいよ天に進軍だな!?正々堂々と、みんなで!」
今にも出発しそうな黒鷹。
対する縷紅は笑いながら首を振る。
「そう次々と進めませんよ。少し休まないと」
「なんだよ、らしくねぇなぁ」
旦毘までもが焦れている。
「貴方達はそれで良いでしょうけど、普通の人はそうはいきませんよ。兵の身にもなって下さい」
「まぁ、そうだよなぁ」
渋々納得の二人。
「…それに、隼の事もあるでしょう?黒鷹」
「ん…」
言われて、様々な想いが胸を過る。
「なるべく、側に居てあげて下さい」
「…ああ。分かってる」
昨日、縷紅は黒鷹に告げた。
隼の余命が少ない事を。
覚悟していた顔は、それでも落胆していた。
仕方がない。まだ十六の少女には違い無いのだから。
何より、二人の共有してきた時間は、何物にも変えがたい。
それが永遠では無いと理解していても、期限を示されればそれは、痛みとなる。
逃れられない、心の、痛み。
「縷紅、お前の言う事はよく解る。でもやっぱり、なるべく早く進軍しよう」
「何故です?」
真っ直ぐな瞳が、見つめ返す。
「隼の生きていける世界を、早く作らなきゃいけない…だろ?」
「……」
まだ、諦めてはいないのだ。
否、諦めてはいけないのかも知れない。
縷紅は心の中で詫びた。
「そう…ですね。なるべく急ぎましょう」
言った言葉は、どこか上の空だった。
それでも黒鷹は笑んで頷き、「じゃあな」と走って行った。
隼の天幕に向かうのだろう。
「…このままでは、居られないんですよね」
背を見送りながら、縷紅は呟く。
「敵は今からどう動くだろう?」
後ろから旦毘が訊く。
「天は自分の領土を戦場にするか?」
「…それは何が何でも避けるでしょうね。あの国は」
かつて、身を捧げていた国を思い出す。
「まだ戦力は残っている筈…。ならば向こうは必ず再びこの地に来る」
「また迎え撃つのか?」
「その方が私達にとっても好都合です。地を守りながら天へ駒を進めるだけの兵力は、もう無い…」
「まぁ、確かにな。根の兵が撤退した上に、これまでの苦戦で兵は最初の半分以下…。この勝利が奇跡だよな」
旦毘の言葉に頷いて、「それに」と縷紅は続ける。
「やはり私は緇宗が気に掛かります。何を考えているのかは分かりませんが、不穏な動きがあるのは確かです」
「不穏な動き?」
「塩を送られたんですよ」
「……?」
訳が分からず眉を潜める旦毘。
縷紅は微笑でかわす。
――娃冴の言葉。その裏の、緇宗。
「彼は…私達に天を攻めさせようとしているのかも知れない…」
「はぁ?自分の国を、かぁ?」
「はい――いえ、緇宗は今の天を自分の国とは思っていない」
「…どういう事だ?」
「乗っ取る気です。天を…この世界を」
「何…!?」
「緇宗が待ち受けている内の進軍は避けたい…」
どんな企てがあるにせよ、相手の思うつぼだ。
「出方を待つ気か?でもそれじゃ…」
「分かっています。黒鷹の想いは無視できない」
言って、ふうと長く息を吐いた。
「痛い程…気持ちは分かります。しかし、このまま進軍した所で勝てないのは明白」
「どうする?」
「…緇宗を…乗り越えねば、勝利は無い…」
それは戦を始めた時からずっと念頭にあった。
しかし、戦うどころか戦場にすら出ない。
「――これは、最後の手段、ですが…」
考え考え縷紅は口を開く。
「私が天に行き、彼と闘ってきます」
「…なっ…!?」
「これは私にしか出来ない」
「お前、でも、それは…」
「ええ。私が天の…それも軍のある中心部に乗り込めば、たちまち捕えられるでしょうね。――しかし、それが狙いです」
「な…?何か策でもあるのか?」
縷紅は静かに笑って首を振る。
「ありませんよ。しかし、捕えられた私が“緇宗と手合わせしたい”と言えば、彼は黙ってはないでしょう。…酔狂な人です」
「お前、それは…」
「囚われの身で勝負をする。そして、何が何でも…勝つ」
「無茶だ…。第一、そんな勝負に応じるか…?」
「応じるのが緇宗という人です。それも、真剣かつ公平な闘いで」
「だとしてもだ!その後お前はどうなる!?」
「処刑されるでしょうね」
あっけらかんと言い放つ。他人事の様に。
「そんなの絶対に許さねぇ!!」
怒鳴る旦毘を「まぁまぁ」と宥める。
「だから、最後の手段って言ったじゃないですか」
「でも今かなり本気だっただろ、お前」
「それ以上の案が浮かばないんですよ」
「……」
苦い顔で縷紅を睨む。
「そんな怖い顔しないで下さいって」
言いながら、不謹慎にも可笑しくなってくる。
「だぁ〜もう!!俺が頭良ければいいのにっ!!」
「十分ですって」
「馬鹿にしてるだろ、それ」
ひとしきり笑って、ふっと哀しいような真顔に戻る。
「でも、結論は急がねばならないんです」
「…隼も黒鷹も、喜ばねぇぞ、それは」
隼の命懸けの行動を、必死になって止めようとしたのは、自分だ。
「いいんです」
どんなに責められても。
その情に甘えてはいけない。
彼らには返さねばならぬ物がある。
今が、返す時だ。
「俺が良くねぇよ…」
ぽつりと旦毘が言って、言葉は途切れた。
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