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RAPTORS


 その日の夜、陣中が寝静まろうとする時間。
 二騎の馬に乗った三人が帰還した。
 報せを受けて、黒鷹は寝ようとしていた天幕を飛び出す。縷紅達も後に続いた。
「隼っ!!茘枝っ!!」
 茘枝と緑葉が、隼を馬から降ろしている。
 馬から降りた隼は、緑葉に支えられながら漸く立っていた。
「黒ちゃん、無事だった?」
 茘枝に問われて、黒鷹は頷く。そしてすぐに隼へ向いた。
「隼、お前――」
 伸ばした黒鷹の腕を、茘枝が横から取った。
 何事かと振り向けば、横に首を振られる。
 話し掛けるなと言いたいらしい。
 その時ふと隼の足が崩れた。
 緑葉が予測していた事の様に、倒れる前に手を伸ばす。
「…まだ意識がはっきりしてないの」
 茘枝が黒鷹に言った。
「言いたい事はたくさん有るでしょうけど…ちょっと休ませてあげて。ね?」
「ああ…」
 上の空で黒鷹は返事をした。
 話に聞いていたとは言え、実際その姿を見るのは、辛い。
 ぐっと、首に掛けた髪の束を掴む。
 何故だか、その光景は、ぼんやりとした悪い夢のようで。
 得体の知れぬ不安が、胸に残った。


 日が登り、目覚めた黒鷹は、何よりもまず隼の元へ向かう。
 天幕を潜ると、緑葉が居た。
 だが、昨日の今日できちんとした面識は互いに無い。
「おはよう」
 とりあえず仲間だという事は察して、黒鷹は挨拶した。
 緑葉は不思議そうな顔をして頭を下げた。
 昨夜は暗かった事もあったが、帰ってすぐに休んだので黒鷹の顔を見なかったのだ。
 自分が何者なのか測られていると気付き、黒鷹も怪訝な顔をする。
 地の民ならば顔は知られている。かと言って根の民にも見えない。
 はたまた自分の顔が民の全てに知れ渡っているとは限らないのか、登山をしている間に顔が見違える程変わってしまったのか。
 前者はともかく、いくら成長期とは言え後者は有り得ないなと思い直して黒鷹は訊いた。
「俺、隼の友達なんだけど…お前は?」
 立場上、名前を明かすとややこしい事になる経験が多いので、つい自分の名前は伏せてしまう。
 緑葉は何の疑問も持たず答えた。…とは言え、こちらも喋れる限度が有るのだが。
「俺は縷紅様より隼の看病を任された者だ」
「そっか、お前が看ててくれたんだ。コイツに代わって礼を言うよ。ありがとう」
「いや、俺は何も…。しかし意外だな。こんなに親しい友達が居たなんて」
「意外?」
「婚約者とかじゃないんだろ?」
 不覚にも吹いた黒鷹。
「ばっ…!!な訳ねぇだろ!!って言うか、そうであってたまるか…」
 素性と名前と暴れている場面さえ知らなければ、黒鷹も女として見られるらしい。
「そんなに嫌がる事か?それにしても、隼に女友達が居るって事が意外だ」
 何食わぬ顔でさらりと言う。
「俺は……。いや、何でもない」
 もう『女じゃねぇ!』は通じない。
 緑葉はしばらく怪訝な顔をしていたが、ふっと笑った。
「流石、隼の友達だ」
「…?」
 今度は黒鷹が訝しげな顔をする番だ。
 すると緑葉は笑みを意味深長なものにする。
「何だよ?」
「いや?別に」
 黒鷹は小首を傾げながら、隼の枕元に向かった。
「変わってる」
 本人に聞かれない程度の声で緑葉が呟く。
「何か言った?」
「何も」
 耳ざとく振り返ったが、肩を上げてかわされた。
 首を傾げつつも気にしない事にする。今はそれどころではない。
「隼は…助かる?」
 宙を漂わせていた視線を、黒鷹の背中に留める。
「助かるよな」
 自分に言い聞かせるような口振り。
 緑葉は、見つめるだけ。
 ――治る病に見えるか?
 隼の声が脳裏に過る。
 答えは、客観的に見れば明白だろう。
 本人は既に覚悟している。
 それでも助かって欲しいと願うのは、エゴだろうか。
「何か言えよ」
 黒鷹が振り返る。
 すがる目。
「…助かるさ」
 その目に、言わされた。
「こんな事で死ぬような奴じゃないだろ」
 黒鷹は笑みを見せて、頷く。
 ちくり、と。
 どこかが痛む。
――嘘、だ。
 心にも無い事を言って、悪戯に希望を持たせて。
 ただ、それでも。
 願う所は同じだ。
「黒鷹は居ますか?」
 天幕の扉が開いて、縷紅が顔を覗かせた。
「おう、ここだ」
 黒鷹が応じる。
「やはりここでしたか。――いえ、居るなら良いんです」
「何だよ?用があるんじゃないのか?」
「…では、少し宜しいですか?」
 縷紅は扉を広げる。外に誘い出しているのだ。
「折角の時間にお邪魔しては悪いかと思いまして」
「遠慮するなよ。どうせ隼は寝てるんだしさ」
 黒鷹は扉に向かうが、ふと足を止めた。
「名前、聞いてなかったな」
 緑葉に向けて問う。
「俺は黒鷹」
「緑葉だ」
「緑葉…よろしくな」
 「ああ」と頷いたが、頭では別の事を考えている。
 “黒鷹”――どこかで聞いた名だ。
 緑葉が考えている事など露知らず、黒鷹は縷紅と共に天幕を後にしようとした。
「じゃあな、また後で」
「…ああ」
 止める理由など無い。素直に応じて見送ろうとした。だが。
「黒…鷹」
 覚えたての名を呼ぶ。
 閉まろうとした扉が止まる。
「何だ?」
「ちょっと待て…!隼がっ!!」
 緑の瞳が、天井を見つめていた。
「隼っ!!起きたのか!?」
 すぐさま身を翻して走り寄る。
「隼!大丈夫か!?俺が分かるか!?」
 枕元で捲し立てる黒鷹。
 返ってきたのは、何故か深い溜息。
「…隼?」
 視線を合わせようともしない。ただ、無表情。
 呟いた言葉は。
「まだ、生きてんだな…」
 嬉しそうに言っている訳ではない。
 煩わしい、といった感じで。
「何でお前がここに居る…」
「え…何で、って…」
「本隊はどうした?退却して来たのか?」
「ううん…俺、一人で帰ってきた」
「何だと?」
「鶸に…王位、譲ってきた」
 怒鳴られる事が容易に想像できて、首を竦める。
 だが、意外な反応が返ってきた。
「…あっそ」
 それだけ言って、くるりと寝返る。
「それだけ!?」
 反対側を向かれて、何も窺えない。
「もっと何か無いのかよ!?」
「無い」
 きっぱりと言い切られる。
「何で!?“何やってんだよバカ”とか…言わねぇの?」
 ついに自らバカ呼ばわりだが、それなりの事をした自覚はある。
 だが、こうもあっさりした反応だと、拍子抜けどころか気味悪い。
「黒鷹」
「何」
 鋭い声音に思わず背が伸びる。
 隼は背を向けたまま、告げた。
「俺は王の側近だ。王位を無くしたお前に用は無い」
「……は?」
「もう何の関係も無い。…消えろよ、ここから」
「何だよ、それ…」
 一歩、後ずさる。
「何、言ってんだよ…!?」
「もう俺の眼中に現れるなと言っている」
「本気…?」
「当然だ」
 黒鷹は固まる。
 ただ、その背を見つめる。
 しばらくして、一言も発する事なく、天幕を後にした。




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あきゅろす。
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