[携帯モード] [URL送信]

RAPTORS


 嵐の去った戦場に、朝日は温かに降り注ぐ。
 兵達が帰還した後に基地に入った二騎。
 馬上には予想通りの顔。
「お帰りなさい」
 聞きたい事は山程あるが後回し。とりあえず笑顔で迎え入れた。
「おう」
 旦毘が軽く手を上げて応え、そのまま厩へと向かった。その後に続いたのは。
「縷紅!!元気か!?久しぶりだな〜!」
 期待を裏切らぬ明るい声。
「お久し振りです。国王陛下」
 ちょっとした皮肉を込めてそう呼べば。
「それは違うよ縷紅。…先に謝っておく!ゴメン…なさい!!」
 慌てて下馬し、頭を下げる“国王”。
 謝られる方は当然、訳が分からない。
「なんですか…?帰って来て早々」
 まさか今しがたの行為の事ではないだろう。
 そもそも“国王”が“違う”とは…
「王位、鶸にあげてきた」
「…え」
 一瞬、何の事だろうと考え、そして。
「何の…冗談ですか?」
 言葉の後半は、引き吊った笑いと共に。
「冗談じゃなくて!俺すげぇ本気!!て言うかもう済んだ事だから変えようが無いし変えたくないし」
「再び王位を手にしたくはない、と?」
 黒鷹は真顔で深々と頷く。
「また、どうしてそんな事を…」
「どうしてって…どうしてだろうなぁ…」
 何とも曖昧な答え。
 自分でも理由が分からない。
 ただ、直感的な行動として。
「ここに駆け付けなきゃいけない気がした」
「それは、あなたの考えで?」
「多分」
「私も本隊の下山を要請する書簡を出したのですが…入れ違った、という事ですかね…」
 書簡を見ての行動なら、こんな事態はまず有り得ない。
「俺、早まったって事?」
「いえ…あなたが今帰ってきてくれた事で、我々が救われたのは事実です。本当に、奇跡のようだ。でも…」
「でも?」
「いえ…済んだ事は仕方ありませんね」
 言いたい事を飲み込んで、縷紅は微笑んだ。
 問題を数えればキリが無い。だが終わった事を言っていても始まらない。
 とにかく今は良い結果となっているのだ。
「俺、嘘付いちゃった」
 唐突に黒鷹が言う。少し首を傾けて先を促せば。
「王じゃなくなったのに王って言い触らした」
 そう言えば、と縷紅は納得する。
 カタリはカタリだったのだ。
「そうですねぇ…どうやって民に、実はあなたは王ではないと説明しましょうか…」
 深刻な顔を作ってぼやいてみる。
「あっ…そうだよな。ヤバいよなそれって…」
 狼狽えている。
 縷紅は可笑しくなると共に、少し可哀想にも思えて、少年ならぬ少女に笑いかけた。
「まぁ、今は王でも良いでしょう?この戦では王も民も一緒だ」
「そうだよな。戦の後も、な?」
 ころりと表情を変えて問いかける。
「それは本物の王が決める事です」
「あ、そか…」
「ま、鶸なら同じ思いでしょうけど」
 幼い頃から共に過ごした二人の事だ。確かめずとも、きっと同じ理想を抱いているだろう。
「少し、お休みになりますか?下山も大変だったでしょう?」
「うん、でもその前に…」
 辺りをきょろきょろと見ながら、黒鷹は訊いた。
「隼は?」
 言葉に詰まる。
――どこまで伝えれば良いのだろう。
「やっぱり…何かあったんだな?」
 黒鷹の顔つきが鋭いものとなる。
「変だと思った…。根の兵も一人も居ないし…。教えてくれ、何があった?」
「空気の汚れを利用されたんです」
「何…!?」
「光爛はこれ以上地に協力すると、多大な犠牲を払うと判断し、撤退しました。…しかし、隼は残っています」
「残った…?それじゃあ、地の汚された空気に今も…!」
 縷紅は頷く。
 黒鷹の顔色が変わる。
「今、どこだ!?教えてくれ…早く!!」
 掴みかかる勢いで縷紅に迫る。
「落ち着いて下さい。隼は今、我々とは別行動をしています。居場所は分かりませんが…もうすぐ帰る筈です」
「無事なのか…?」
 すがる目に、縷紅は首を横に振った。
「彼自身が遠からぬ死を覚悟して志願した作戦です。危険な策です…。況してや、病に冒された身では…」
「なんで行かせた!?いや、悪い、止めたんだろうな、お前達は」
 激昂したが、すぐに思い直し、謝った。
 自分にも覚えがある。隼の決意は、止められない。
「反対する私に…これを」
 縷紅は隼に預けられていたものを、黒鷹の首に掛けた。
「これは…」
 白い、髪の束。
「もしもの事があれば、黒鷹に渡して欲しい、と。私はその覚悟に負けました」
 白糸を指でなぞる。
 摘み上げれば、ぱらぱらと指から溢れ落ちる。
――何故。
「そこまでして…残った…?」
 俯いた顔から表情は読めない。だが声は十分な程沈痛なものだ。
「本当の気持ちは本人しか知り得ません。しかし…」
 黒鷹は顔を上げる。無表情に近い。
「この国と、あなたを想う気持ちが一因である事に、間違いは無いでしょう」
「そんな…身ィ削って…命懸けてまで…」
「隼は根の軍と共に帰国したら、二度とこの国に入れない事を知っていた。空気の問題もありますが…彼は身を持って根の動きを制した」
「…根を、制した」
「隼が手元に居れば、光爛は地を庇う理由が無くなる。彼女の気持ちはともかく、地を見限り天に味方せねば自国が危ういですからね。しかし、隼は地に残った。これでは簡単に裏切りや攻撃は出来ない」
 それは、人質だ。
「…どこまで有効かは別問題ですがね」
 隼への感情は、光爛一個人のものにしか過ぎない。
 それで家臣や民はどこまで納得するか。
「それって…隼が根に行っていたら、俺達は敵になっていた…って事…?」
「その可能性はありました」
 黒鷹は難しい顔で考え込む。
「それは…耐えらんねぇよ…」
 実際、戦い合うかはともかく。
 どちらかがどちらかの国を滅ぼす――。
 見ているだけでも辛いだろう。
 その代償が、この運命なのだ。
「もっと…俺達が違う人間だったら良かったのにな…」
 呟かずには居られなかった。何の意味も無いと分かっていても。
 そんな黒鷹の肩に、縷紅は手を置く。
「託された物は渡しましたが――隼はまだ生きています。待ちましょう、帰りを」
 今は、そうするより他は無い。
 こくりと、黒鷹は頷く。
 白の束が、揺れた。





[*前へ][次へ#]

3/11ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!