RAPTORS
9
緑葉は駆け付けたくとも、出来なかった。
今、ここで隼の方へ向かえば、確実に斬られる。
「ちくしょぉぁぁ!!」
ありったけの声で叫んで、敵に斬りかかる。
こんな所で。
こんな所で、終わらせてたまるか。
気持ちだけが先走る。
もどかしい。
もっと強ければ…
失いたくは、ないのに。
「隼ぁっ――!!」
異変が起こったのは、その時だった。
隼に迫っていた刃が、消えた。
周囲の人間も次々と倒れていく。
「……!?」
緑葉は戦いながらもその様子を横目で見、驚愕していた。
辺りは騒然とする。
何が起こっているのか、さっぱり掴めない。
すると、すぐ近くで蹄音が響いた。
馬は敵を蹴散らし、隼の方へ向かっていく。
「――!!待てっ!?」
得体の知れない存在を、緑葉は呼び止めようとしたが。
馬上の人は、見事に敵に囲まれた中にあった、倒れた身体を掬い上げた。
あっと言う間にそこから体勢を整え、再び敵を蹴散らす。
そうしながら、高く口笛を吹いた。
もう一頭の馬が駆け寄る。
「それに乗って!!」
言われるがまま、駆け付けた馬に飛び乗った。
指示した人物は、既に丘を下ろうとしている。
慌てて後を追う。
敵が迫ってくるが、徒歩と馬だ。たちまち引き離した。
闇の中を二頭の馬は駆けた。
「あなたは!?」
緑葉は訊いた。どうやら相手は女性らしい。
「この子達の保護者の、茘枝と言います。どうぞよろしく」
余裕たっぷりに返される。
「保護者…?」
「別に親とかじゃないわよ?そんな歳でもないし。まぁ、謂わば監視者ってトコかしらね。誰かが見張ってないと、どこまで暴走するか判ったモンじゃないわ、この子達」
全くだ、と緑葉は笑う。
「君は?見たところ地や根の子じゃなさそうだけど」
問われて、彼は素直に答える事にした。
「緑葉と申します。お見かけの通り、天の人間です。縷紅将軍の下で働いていました」
「へーぇ?縷紅の元部下さんが、何で隼を助けていたのかな?」
「姶良という人をご存知で?」
「ええ」
「俺は姶良の弟です。その縁で、縷紅様や隼に助けて貰い、今は地に味方しています」
「そう…弟さんかぁ…」
茘枝は少し複雑な気分になる。
彼女にとって姶良は仕事敵である。直接、面識があった訳ではないが。
そして、縷紅が姶良を慕っていた事も知っている。
つまり、茘枝にとって姶良とは。
恋敵。
…これは茘枝の一方的な思いなので、念のため。
だが、弟ならばそこまで関係無いだろう。
「あの…隼は大丈夫ですか?」
考えを巡らせていた茘枝は、問われたその一言に、はっと我に返った。
自分の前に乗せた少年を見やると、苦しそうにはしているが、何とか眠りについている様だ。
だが、早くきちんと休ませてやらねば危険だ。
「もう少し行けば小川が流れてる…そこで休みましょう」
「はい」
彼らが寄った場所は、縷紅が傷を負った時に宿営地とした小川の、少し上流だった。
林の中、人の手が入らない様な場所だ。
この自然の中ならば、敵に見付かる事はまず無いし、何より少しでも空気の良い場所で隼を休ませたいと、茘枝は考えている。
手頃な場所を見つけ二人は下馬し、隼を降ろして草の上に横たえさせる。
「――茘枝」
目覚めさせてしまった。微かな声に二人は気付く。
「もう大丈夫よ」
茘枝が隼の頬を優しく撫でて言った。
口元が笑う。
「また助けられちまったな…」
茘枝も微笑する。
「貸しにしておいてあげる。だから今はちゃんと休みなさい、ね?」
「ガキみてぇに言うんじゃねぇよ」
「全く、黒鷹と言いアンタと言い、どうして子供扱いさせてくれないかなぁ」
隼の口元から笑みが消える。
目には真剣な光が宿る。
「クロは…無事か?」
茘枝は間髪入れず頷く。
「一緒に下山したわ。今頃本陣に着いてる筈」
「本陣だと…!?」
途端に叫ぼうとした為、噎せた果てに血を吐いている。
「あぁ…大丈夫!?黒鷹の事になるとムキになって〜!!そんっなに好き?」
「〜っ!!」
全否定しようとするが、咳が止まらず言葉が出ない。
ただし、顔は思い切り嫌がっている。
「冗談よ、冗談。ほら、深呼吸〜」
「てめぇが…悪化させる様な事…言うから…」
息も絶え絶えな中で怒る。
「ごめんごめん。タイミングが悪かったわね」
反省の色は無い。
漸く落ち着いてきて、隼は話を戻した。
「本陣は今危ない…。戦の…負け戦に限りなく近い戦いの最中だ。…そんな所に…アイツを…」
「…そうね。それは知ってた」
「何だと…!?」
「それを私が忠告した上で、行くと言ったのはあの子よ」
「…そう…なのか…」
解る気がした。自分と同じだから。
苦しい戦場こそ、居場所だと感じる。必要とされる事を求めて。
「黒鷹は大丈夫。アンタが一番それをよく知ってるでしょ?」
「…そうだな」
「アンタがあの子の強さを信じる様に、あの子もアンタの強さを信じて陣に向かったの。生きて、黒鷹にもう一度会いなさい?絶対に」
「…ああ」
症状はまだ予断を許さない。
本陣まで身体が持つとも限らない。
それでも、ここまで来たのだから、絶対に。
「生きて…帰ってやる…」
混濁してきた意識の中で、譫言の様に呟いた。
「自分の闘いに専念しなさい。私達が守ってあげるから」
瞼を閉じた隼に、茘枝は静かに言った。
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