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RAPTORS


 緑葉は駆け付けたくとも、出来なかった。
 今、ここで隼の方へ向かえば、確実に斬られる。
「ちくしょぉぁぁ!!」
 ありったけの声で叫んで、敵に斬りかかる。
 こんな所で。
 こんな所で、終わらせてたまるか。
 気持ちだけが先走る。
 もどかしい。
 もっと強ければ…
 失いたくは、ないのに。
「隼ぁっ――!!」
 異変が起こったのは、その時だった。
 隼に迫っていた刃が、消えた。
 周囲の人間も次々と倒れていく。
「……!?」
 緑葉は戦いながらもその様子を横目で見、驚愕していた。
 辺りは騒然とする。
 何が起こっているのか、さっぱり掴めない。
 すると、すぐ近くで蹄音が響いた。
 馬は敵を蹴散らし、隼の方へ向かっていく。
「――!!待てっ!?」
 得体の知れない存在を、緑葉は呼び止めようとしたが。
 馬上の人は、見事に敵に囲まれた中にあった、倒れた身体を掬い上げた。
 あっと言う間にそこから体勢を整え、再び敵を蹴散らす。
 そうしながら、高く口笛を吹いた。
 もう一頭の馬が駆け寄る。
「それに乗って!!」
 言われるがまま、駆け付けた馬に飛び乗った。
 指示した人物は、既に丘を下ろうとしている。
 慌てて後を追う。
 敵が迫ってくるが、徒歩と馬だ。たちまち引き離した。
 闇の中を二頭の馬は駆けた。
「あなたは!?」
 緑葉は訊いた。どうやら相手は女性らしい。
「この子達の保護者の、茘枝と言います。どうぞよろしく」
 余裕たっぷりに返される。
「保護者…?」
「別に親とかじゃないわよ?そんな歳でもないし。まぁ、謂わば監視者ってトコかしらね。誰かが見張ってないと、どこまで暴走するか判ったモンじゃないわ、この子達」
 全くだ、と緑葉は笑う。
「君は?見たところ地や根の子じゃなさそうだけど」
 問われて、彼は素直に答える事にした。
「緑葉と申します。お見かけの通り、天の人間です。縷紅将軍の下で働いていました」
「へーぇ?縷紅の元部下さんが、何で隼を助けていたのかな?」
「姶良という人をご存知で?」
「ええ」
「俺は姶良の弟です。その縁で、縷紅様や隼に助けて貰い、今は地に味方しています」
「そう…弟さんかぁ…」
 茘枝は少し複雑な気分になる。
 彼女にとって姶良は仕事敵である。直接、面識があった訳ではないが。
 そして、縷紅が姶良を慕っていた事も知っている。
 つまり、茘枝にとって姶良とは。
 恋敵。
 …これは茘枝の一方的な思いなので、念のため。
 だが、弟ならばそこまで関係無いだろう。
「あの…隼は大丈夫ですか?」
 考えを巡らせていた茘枝は、問われたその一言に、はっと我に返った。
 自分の前に乗せた少年を見やると、苦しそうにはしているが、何とか眠りについている様だ。
 だが、早くきちんと休ませてやらねば危険だ。
「もう少し行けば小川が流れてる…そこで休みましょう」
「はい」
 彼らが寄った場所は、縷紅が傷を負った時に宿営地とした小川の、少し上流だった。
 林の中、人の手が入らない様な場所だ。
 この自然の中ならば、敵に見付かる事はまず無いし、何より少しでも空気の良い場所で隼を休ませたいと、茘枝は考えている。
 手頃な場所を見つけ二人は下馬し、隼を降ろして草の上に横たえさせる。
「――茘枝」
 目覚めさせてしまった。微かな声に二人は気付く。
「もう大丈夫よ」
 茘枝が隼の頬を優しく撫でて言った。
 口元が笑う。
「また助けられちまったな…」
 茘枝も微笑する。
「貸しにしておいてあげる。だから今はちゃんと休みなさい、ね?」
「ガキみてぇに言うんじゃねぇよ」
「全く、黒鷹と言いアンタと言い、どうして子供扱いさせてくれないかなぁ」
 隼の口元から笑みが消える。
 目には真剣な光が宿る。
「クロは…無事か?」
 茘枝は間髪入れず頷く。
「一緒に下山したわ。今頃本陣に着いてる筈」
「本陣だと…!?」
 途端に叫ぼうとした為、噎せた果てに血を吐いている。
「あぁ…大丈夫!?黒鷹の事になるとムキになって〜!!そんっなに好き?」
「〜っ!!」
 全否定しようとするが、咳が止まらず言葉が出ない。
 ただし、顔は思い切り嫌がっている。
「冗談よ、冗談。ほら、深呼吸〜」
「てめぇが…悪化させる様な事…言うから…」
 息も絶え絶えな中で怒る。
「ごめんごめん。タイミングが悪かったわね」
 反省の色は無い。
 漸く落ち着いてきて、隼は話を戻した。
「本陣は今危ない…。戦の…負け戦に限りなく近い戦いの最中だ。…そんな所に…アイツを…」
「…そうね。それは知ってた」
「何だと…!?」
「それを私が忠告した上で、行くと言ったのはあの子よ」
「…そう…なのか…」
 解る気がした。自分と同じだから。
 苦しい戦場こそ、居場所だと感じる。必要とされる事を求めて。
「黒鷹は大丈夫。アンタが一番それをよく知ってるでしょ?」
「…そうだな」
「アンタがあの子の強さを信じる様に、あの子もアンタの強さを信じて陣に向かったの。生きて、黒鷹にもう一度会いなさい?絶対に」
「…ああ」
 症状はまだ予断を許さない。
 本陣まで身体が持つとも限らない。
 それでも、ここまで来たのだから、絶対に。
「生きて…帰ってやる…」
 混濁してきた意識の中で、譫言の様に呟いた。
「自分の闘いに専念しなさい。私達が守ってあげるから」
 瞼を閉じた隼に、茘枝は静かに言った。





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