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RAPTORS


 隼と緑葉は天幕に戻った。
 天幕に入った途端に。
 もう、立っていられなくなった。
「隼っ!!」
 全身から力が抜けて、その場に倒れ込む。
「無茶し過ぎだ!!」
 緑葉が半身を支える。
 喘ぐ息。
 人前では、強がりと並みならぬ集中力で、何とか隠し通したが。
 あれだけ長時間続けて動いて、澄ました顔をし続けられる方が尋常ではない。
「…本当に…大丈夫なのか…?こんな身体で…」
 敵の陣に入り、大砲を破壊するなど。
 隼は体を這わせて寝台の元まで行き、凭れ掛かる。
「…ここまで我慢出来たんだ…何とかなるだろ」
「本当かよ…!?」
 そんな大役が。
 この身体で。
「…何とか、する…しかない…」
「――俺は」
 言葉にして良い物か、一瞬迷い。
「不安だ…」
「安心しろ。お前はどう転んでも生きる」
「何…!?」
 寝台に背を預け、頭は上を向く格好。
 上から覗き込まないと、その表情は見えない。
「だから…最後まで、付き合え」
「それはそうするつもりだけど…」
 言いかけて、言葉を飲む。
 微かな寝息が耳に入った。
 近寄ると、確かに眠っている。
 不安そうな顔で。
「…何、考えてるんだよ…全く…」
 ――看取れとでも言うのか。
 そんな事してやるもんか。絶対に。
「それなら…俺がお前を生かすまでだ」
 どんなに表面上で強がっていても。
 この顔を見れば、本当は恐い事も、自信の無さも、痛い程分かる。
 体を寝台に移すべく、そっと持上げる。
 人としての重さはある。だが、何と心許ない重さだろう。
 寝台に寝かせるのは、いとも簡単だった。
 だから、ますますその想いを強くさせられる。
 自分が、彼を、支えなければ――と。




 被害状況の調書を朋蔓から受け取り、確認すべく自分の天幕に戻る。
 ただ、気になるのは。
 さっきからぴったり…どころかびたーと、後ろに旦毘がくっついている。
「…何なんですか」
 流石にちょっと煙たくなる。
「邪魔?」
「自覚無いんですか」
 さらっと刺々しい事を言う。
 漸くそれで、旦毘は三歩下がった。
 それでも、何か言いたげにじーっと見てくる。
 お陰で縷紅も気になって視線を外せない。
「あの、仕事したいんですけど?」
「しろよ。別に気にするなって」
「気にするなって方が無理です」
 そして埒が空かないと思い、溜息混じりに付け足す。
「言いたい事があるなら言って下さい…」
「…じゃあ、失敬して」
 そう前置いて、一歩踏み出し、手を伸ばす。
 縷紅の喉元の衣を、ぐいと引く。
「何なんだよ、コレは」
「……」
 皮と、肉が薄く抉れた傷。
 これ以上深く入っていたら、取り返しのつかない事になっていただろう。
 言葉に詰まる縷紅。
 手を放す旦毘。
「こんな事するくらいなら、絶対に離れてやらねぇからな」
 怒っている。
 押さえていても、伝わる。
「…ごめんなさい」
 ぽつりと。
 謝るしか無かった。
「謝って済む事か!?こっちの気も知らねぇで…!!一人でそんな逃げ方したって、何にも変わねぇだろうが!?そのくらい分かってると…」
 怒鳴ってしまってから、はっとする。
「…悪い、つい…」
 自分の怒りをぶつけたって、どうしようも無い。
「…いえ…旦毘が怒るのは尤もですから」
 沈んだ声、俯いた顔。
 どんな表情かは、長い髪に隠されて見えない。
 どう声を掛けたものか迷っていると、背を向けられた。
 夜の静けさ。
 立ち尽くす二人。
「…理由、訊いても…いいか?」
 漸く、核心に迫るべく声を振り絞る。
 辛い――だが、それ以上に目の前の弟分の方が苦しい筈だ。
 訊くのは酷かも知れない。でも知りたかった。
 もう、独りにはしたくないから。
 再び、沈黙が訪れる。
 旦毘も半ば予想していた事で、無理に訊く気は無いと告げようとした。
 だが、それは声にならず。
 息を飲んだ。
 落ちる雫を見て。
「…怖かった…」
 囁いた“理由”。
 それ以上は言葉にならなかった。
 己の失策で、多くの命を失った事。
 どうして良いのか分からず、闇に突き落とされた事。
 初めて、自身の死と相対した事――
 その、全てが。
 味わった事の無い恐怖として。
 今、流れてゆく。
「…悪かった。独りにして」
 縷紅は首を振る。
「私が勝手に貴方達から離れていったんです。それが愚かである事に、気付かずに…」
 旦毘は頷く。
 それに気付いたのなら、もう十分だ。
 正面に回り、細かく震える両肩に手を置く。
「これからは、ちゃんと頼れよ?な?」
 濡れた瞳が上げられる。
「…じゃないと、俺の立場がホンットに無いから。ただでさえお前に軍師の座を取られてるんだ。そのお前に頼って貰わなきゃ、俺が居心地悪ぃんだよな」
「そう…ですね」
 微笑む。
「分かりました。兄弟子の立場は、ちゃんと尊重します」
「ったく…生意気な弟弟子だ」
 自らも笑って、前髪をくしゃりと掻き上げてやる。
 縷紅はくすぐったそうに為されるがまま。
 そして言った。
「仕事するんで出て行って貰えます?」
「……」
 こっ、コイツ…!!と思いながら。
 旦毘はしょんぼりと去っていった。




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