RAPTORS
3
隼と緑葉は天幕に戻った。
天幕に入った途端に。
もう、立っていられなくなった。
「隼っ!!」
全身から力が抜けて、その場に倒れ込む。
「無茶し過ぎだ!!」
緑葉が半身を支える。
喘ぐ息。
人前では、強がりと並みならぬ集中力で、何とか隠し通したが。
あれだけ長時間続けて動いて、澄ました顔をし続けられる方が尋常ではない。
「…本当に…大丈夫なのか…?こんな身体で…」
敵の陣に入り、大砲を破壊するなど。
隼は体を這わせて寝台の元まで行き、凭れ掛かる。
「…ここまで我慢出来たんだ…何とかなるだろ」
「本当かよ…!?」
そんな大役が。
この身体で。
「…何とか、する…しかない…」
「――俺は」
言葉にして良い物か、一瞬迷い。
「不安だ…」
「安心しろ。お前はどう転んでも生きる」
「何…!?」
寝台に背を預け、頭は上を向く格好。
上から覗き込まないと、その表情は見えない。
「だから…最後まで、付き合え」
「それはそうするつもりだけど…」
言いかけて、言葉を飲む。
微かな寝息が耳に入った。
近寄ると、確かに眠っている。
不安そうな顔で。
「…何、考えてるんだよ…全く…」
――看取れとでも言うのか。
そんな事してやるもんか。絶対に。
「それなら…俺がお前を生かすまでだ」
どんなに表面上で強がっていても。
この顔を見れば、本当は恐い事も、自信の無さも、痛い程分かる。
体を寝台に移すべく、そっと持上げる。
人としての重さはある。だが、何と心許ない重さだろう。
寝台に寝かせるのは、いとも簡単だった。
だから、ますますその想いを強くさせられる。
自分が、彼を、支えなければ――と。
被害状況の調書を朋蔓から受け取り、確認すべく自分の天幕に戻る。
ただ、気になるのは。
さっきからぴったり…どころかびたーと、後ろに旦毘がくっついている。
「…何なんですか」
流石にちょっと煙たくなる。
「邪魔?」
「自覚無いんですか」
さらっと刺々しい事を言う。
漸くそれで、旦毘は三歩下がった。
それでも、何か言いたげにじーっと見てくる。
お陰で縷紅も気になって視線を外せない。
「あの、仕事したいんですけど?」
「しろよ。別に気にするなって」
「気にするなって方が無理です」
そして埒が空かないと思い、溜息混じりに付け足す。
「言いたい事があるなら言って下さい…」
「…じゃあ、失敬して」
そう前置いて、一歩踏み出し、手を伸ばす。
縷紅の喉元の衣を、ぐいと引く。
「何なんだよ、コレは」
「……」
皮と、肉が薄く抉れた傷。
これ以上深く入っていたら、取り返しのつかない事になっていただろう。
言葉に詰まる縷紅。
手を放す旦毘。
「こんな事するくらいなら、絶対に離れてやらねぇからな」
怒っている。
押さえていても、伝わる。
「…ごめんなさい」
ぽつりと。
謝るしか無かった。
「謝って済む事か!?こっちの気も知らねぇで…!!一人でそんな逃げ方したって、何にも変わねぇだろうが!?そのくらい分かってると…」
怒鳴ってしまってから、はっとする。
「…悪い、つい…」
自分の怒りをぶつけたって、どうしようも無い。
「…いえ…旦毘が怒るのは尤もですから」
沈んだ声、俯いた顔。
どんな表情かは、長い髪に隠されて見えない。
どう声を掛けたものか迷っていると、背を向けられた。
夜の静けさ。
立ち尽くす二人。
「…理由、訊いても…いいか?」
漸く、核心に迫るべく声を振り絞る。
辛い――だが、それ以上に目の前の弟分の方が苦しい筈だ。
訊くのは酷かも知れない。でも知りたかった。
もう、独りにはしたくないから。
再び、沈黙が訪れる。
旦毘も半ば予想していた事で、無理に訊く気は無いと告げようとした。
だが、それは声にならず。
息を飲んだ。
落ちる雫を見て。
「…怖かった…」
囁いた“理由”。
それ以上は言葉にならなかった。
己の失策で、多くの命を失った事。
どうして良いのか分からず、闇に突き落とされた事。
初めて、自身の死と相対した事――
その、全てが。
味わった事の無い恐怖として。
今、流れてゆく。
「…悪かった。独りにして」
縷紅は首を振る。
「私が勝手に貴方達から離れていったんです。それが愚かである事に、気付かずに…」
旦毘は頷く。
それに気付いたのなら、もう十分だ。
正面に回り、細かく震える両肩に手を置く。
「これからは、ちゃんと頼れよ?な?」
濡れた瞳が上げられる。
「…じゃないと、俺の立場がホンットに無いから。ただでさえお前に軍師の座を取られてるんだ。そのお前に頼って貰わなきゃ、俺が居心地悪ぃんだよな」
「そう…ですね」
微笑む。
「分かりました。兄弟子の立場は、ちゃんと尊重します」
「ったく…生意気な弟弟子だ」
自らも笑って、前髪をくしゃりと掻き上げてやる。
縷紅はくすぐったそうに為されるがまま。
そして言った。
「仕事するんで出て行って貰えます?」
「……」
こっ、コイツ…!!と思いながら。
旦毘はしょんぼりと去っていった。
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