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RAPTORS


 器の中に波打つ赤い液体。
 それを焦点の定まらぬ目で見ながら、隼は荒い息と咳を繰り返していた。
 日に日に、刻々と、空気は悪くなっている。
 特に昨日辺りから、鉄と火薬の匂いが鼻をついて離れない。
「苦しそうだな」
 緑葉が天幕に入ってきた。手には新しい器。
 縷紅に頼まれて、隼の様子を見ている。
 これで緑葉に見張りを付ける必要も無くなるし、何より隼一人では気も滅入るだろうという考えだ。
「…緑葉」
 何とか落ち着かせた息で、言葉を発する。
「天は何をしようとしている…?」
 いくら何でも、この急激な空気の悪化は異常だ。
 そして、隼だけが気付いた火薬の匂い。
「俺にはよく分からない。見習いでしかなかったし」
 血の入った器を受け取りながら、緑葉は応えた。
「ただ、新兵器の開発をしているとは聞いた事がある」
「新兵器って…一体…」
「判らない。かなり極秘に行われていたらしいから」
「そうか…」
 溜息混じりに言って、隼は布団の掛かった膝の上に顔を埋めた。
 目眩がして、物を見ている事すら厳しい。
「根に行けば良かったのに」
 そんな様子を見ていると、あまり事情をよく知らない緑葉も、つい言ってしまう。
 白く長い髪が揺れた。
「悪い、あんまり苦しそうだから…」
 軽口を反省して詫びる。
「いや…こっちこそ済まない。付き合わせて」
 額と目を手で覆いながら、顔を上げた隼が言った。
「らしくない」
 詫び返された照れ隠しに緑葉が言い返せば。
「ああ…全くだ」
 隼も微かな苦笑いを浮かべる。
「治る…のか?」
「運が良ければ少しは体が慣れるかもしれない。…でも多分、ダメだろうな」
 ごろりと、仰向けに寝る。
「ダメって…」
「どうせなら刀握って死にてぇな…」
「死ぬ…のか…?」
「これが治る病に見えるか?」
 思わず、今受け取った器に目を落とす。
 戦場で見る流血なら多少は慣れている。だがこれは…
「怖くないのか…?」
「旦毘に言われたよ。死が目前にあるのは俺だけじゃねぇって。皆命懸けで戦ってるんだって…。お前だって一度は覚悟しただろう?」
 縷紅と対峙した時、何よりも身に迫った“死”。
「俺は…怖かったよ。覚悟なんて本当は無かった。何も見えてなかったんだ、あの時は」
 復讐だけに目を奪われていて。
「でもお前が助けてくれて…感謝、してる」
 口ごもりながら言う。
 聞いた隼は静かに笑った。
「違うな。全部姶良のお陰だ。俺はあの人に恥じる生き方はしたくない」
 緑葉も、少し寂しい笑みを浮かべる。
「戦場では皆、生きたいから刀振るうんだ。誰も本当は死を直視出来ていないと思う」
「…そうかもな」
 自分で栄魅に言った。“生きていたいから戦う”と。
 その両方を奪われた今は――
「やっぱり…怖いのかもしれない…」
「皆そうだよ。でもまだ決まった事じゃない」
「……」
「“生きるんだ”って思えよ。でないと、心から先に死んじまう」
 隼は目を開いた。
 微笑む緑葉が居る。
「姶良みたいだな、お前。やっぱ弟だ」
 一緒に居るだけで安らげる。心強くなる。
 そんな存在。
 同じものを黒鷹にも見ていた。
「少しは借りも返さなきゃな?」
「貸したつもりは無ぇよ」
 お互いに笑みを交わして、隼は目を閉じた。
 久しぶりに、安心して眠れそうな気がする。
 緑葉もそれを察して天幕を出ようとした。
――だが。
 地響き。
 爆音。
「何だ…!?」
 爆音は数度響き渡り、余韻を残しながら止んだ。
「っ……」
 隼を見れば、手で押さえた口元から血が流れている。
「大丈夫か!?」
 駆け寄って背中を擦る。このくらいしか出来ない。
「…“新兵器”か…」
「えっ?」
 荒い息の中で、隼が囁いた。
「縷紅…」
 白い布が、紅く染まってゆく。




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あきゅろす。
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