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RAPTORS

 翌日、日が暮れる頃に縷紅率いる軍が帰ってきた。
「縷紅!」
 隼は紅い髪を見つけるなり駆け寄った。
 だらりと下げられた右腕を見て、額を手で押さえる。
「…やっぱりか…」
「隼?」
「奴らの言ってた事はあながち嘘じゃなかったんだな。奇襲に合ったんだろ」
「ええ…そうですけど」
「ったく、ザマぁねぇな。人を怪我人扱いしといて」
「怪我人ですから」
 あっさりと現実を突き刺す一言に、一瞬口元が引き攣る…が、何とか流した。
「…で?大丈夫なのか?引いて来たのはソレのせいか?」
「冗談じゃないです。私の怪我なんかで引いたりしますか。…いえ、天の動きが怪しいので。下手に動けないんですよ」
「まぁな。こんな程度で終わるとは思えない。…緑葉のお守りは交代だな」
「ええ…不本意ながら」
「自分が嫌な事を人にやらすんじゃねぇよ」
 ひとまず兵達が生還できた事で、基地の中は歓喜に満ちていた。
 隼もそれに混じって明るく振る舞っていた。
 しばらくしてそれも静まり、縷紅と隼は二人で天幕に戻る。
「…隼」
 先に行く隼を縷紅が呼び止めた。
「少し、いいですか?」
 振り向いた顔は、全く表情が無い。
「ああ」
 気まぐれな雨が再び降り始めた。
 縷紅の天幕に二人は入る。
「怪我は初めてじゃないんですけどね、今回ばかりは自分の不用意さが身に染みましたよ。腕も動かせなくて困ってるんです」
 隼が鼻で笑う。
「油断したもんだな」
「ええ全く。ですから、やり残しの無い様に死にたいと思いまして」
「そんな怪我で?大袈裟な奴」
「これではいつ死ぬか分かったものじゃないと思ったんですよ」
 成る程な、と隼は低く笑った。
 縷紅もにこりと笑う。
「ですから、やり残した事をやっておきます。貴方への伝言を頼まれていたんです」
「…伝言?」
「姶良からの」
 隼は黙っている。
 縷紅はそれを、先を促す沈黙と捉えた。
「事切れる間際に…“剣の稽古は楽しかった”と」
 尚も隼はしばらく黙っていた。そして。
「何で今頃、それを話す?」
「忘れてたんです」
 あまりにもあっけらかんと言われてしまい、怒る気もしない。
「いやぁ、あの後はバタバタしてましたからねぇ。隼は昏倒してしまうし…」
「……」
 突っ込みを入れる気すらしない。
 頭を抱える隼を見て、縷紅は微笑む。
「怒ってました?姶良の事」
「いや…全然。ただ、どこまでが本心か知れなかったから…」
 分かっているつもりだった。ただ証拠が無かった。
 自分はただ利用されただけなのか、それとも――
 それを今、漸く言葉にされて。
 ふつふつと沸き上がるもの。
「…殺す事、無かったんじゃねぇのか?」
 紅い髪を垂らした肩が揺れる。
「助けてくれたのは有難いと思ってる。…でも、他に方法があったんじゃ…」
「無いです」
 きっぱりと言い切る。
「あの時は、ああするしか…。殺し合うべきだったんです、私達は」
「…そんな事無ぇだろ…」
「私がこの国を…地を選んでしまった以上、仕方無かったんです。もし天を選んだなら、貴方や旦毘…黒鷹に、同じ事をしなければならなかった」
 分かっている。半端な甘いやり方では、生き残る事は出来ない。
 ただ、それでも。
「…許せねぇモンは、許せねぇ…」
 一つの事実だけが怒りを支配する。
 冷ややかな空気が天幕の中を満たした。
 外はすっかり闇に包まれている。
「…仇を」
 重い口を開く。
「討ちたいと、思っているのですか?」
 言われた隼の目に、剣呑さが増す。
「俺だって馬鹿じゃねぇんだ。そんな事しても無益だって解ってる。…黒鷹を裏切る事にもなる」
「ええ…そうでしょうね…」
 その向こうの、本音が汲める。
 身を切る様な冷たさを持った、感情が。
「…餓鬼の時の一件から、ずっと姶良を殺した奴が許せなかった。騙されてるとも知らずにな」
 自嘲混じりに隼は言う。
「でも…あの時のアイツが全て演技じゃなかったって言うなら」
 幼い頃、心に刻まれた笑顔が頭を過る。
 それに当時、どれだけ救われてきたか。
 隼の呟きをじっと聞く縷紅にも、それは明確に残像が浮かぶ。
 そう、自分が殺めたのでなければ――彼と同じ感情を抱いていただろう。
「今も、姶良を殺した奴を許す事は出来ねぇ」
 味方ゆえに、復讐は成されないのだ。
 縷紅には、痛い程、解っている。
 敵か、味方か。その一線で決まる運命。
 燭台の灯が風に揺れた。
「穏やかじゃねぇなぁ、オイ」
 旦毘の声。
 二人は顔を上げる。
 出入り口に、緑葉が居た。
 後ろに旦毘が顔を出し、緑葉を中に促す。
「…いつから…!?」
 縷紅が心底驚いて、今入ってきた二人を見る。
「姶良の事だからだろ、コイツがそこで熱心に聞いてたぜ?」
 緑葉の肩に手を置き、もう片方の手で外を指す。
 緑葉はバツの悪そうな顔をして、小さく詫びた。
 いくら身内の姶良の話題とは言え、立ち聞きの後ろめたさからだ。
「全部聞いた。コイツ弟だってな?」
 彼らしくニヤリと笑いながら、事情を知る二人に確認する。
 自分の素性を打ち明けてしまった緑葉は、更に肩を竦めて言い訳する。
「特に隠す事でも無いかと思ったので…。それに…」
「絶対、訳アリだろうと思ってさ」
 勝ち誇った様に、旦毘が緑葉の言葉を継いだ。
 半分は既に悟られていたから、緑葉とて話さざるを得なかったのだ。
「まぁ…いつかは旦毘に話そうと思ってましたから…」
 縷紅もあやふやな口調で言い訳する。
「取って付けて言ってないか?それ」
「隠し事は苦手なんですよ」
「知ってる」
 旦毘に笑われて、縷紅は顔を赤くする。
 笑ったついでに、旦毘は右手を翳した。
 その手には、酒瓶。
「ところで本当の目的は、立ち聞きじゃなくてコレなんだよな」
 帰還した祝いをやろうと言うのだ。
「でも聞いてたんじゃねぇかよ」
 隼が毒づく。
「聞こえたんだよ。聞くつもり無かったし」
「まぁいいですよ。朋蔓は呼ばないんですか?」
「オジサンこういうの乗らねぇからなぁ。年寄りの夜は早いしよ」
「後で言っておきます」
「…ってオイ、チクリかい!」
 さらっと無視して。
「しかし折角の宴なのにこのメンバーというのも、こじんまりし過ぎやしませんか?」
「おお、宴は人数の多いのに限るよなぁ。東軍の面子も呼ぶか。だがそれもむさ苦しいよな、隼?」
「…栄魅でも呼んで来るか」
 振られた隼は口調は渋々と、しかし顔はまんざらでも無い様子。
「おや、隼が女性を誘いますか」
 珍事に揶揄する縷紅。
「ばっか、ムサイからだろうが?後で誘わなかったって拗ねられても面倒だし」
「お仲がよろしい様で?」
 旦毘も黙っては居られない。
「一応、同郷だからだろ!?仲がどうのって訳じゃ…」
「あらら照れちゃって」
 そんなやり取りをしながら二人は天幕を出て行った。
「行ってらっしゃい」
 にこやかに縷紅は二人を送り出した。無論、言い合う二人は聞いてないが。
 二人の声が遠ざかって、緑葉が口を開く。
「姉貴の事は、忘れて下さい」
「…緑葉…?」
 心外とばかりに縷紅は緑葉を見返す。
「隼と貴方を苦しめる事なんか、姉貴は望んでないだろうから」
「…苦しんでなんか…」
 緑葉は首を横に振る。
「殺したくて殺したんじゃないって事は、よく分かりました。姉貴も同じ気持ちだったという事も。なら、貴方に罪は無い」
「そう…でしょうか」
 先刻の隼の視線が痛かった。
 目を背けたい事実を突き付けられて。
 忘れる事もできない、目を背ける事もできない、罪の意識。
「忘れて下さい」
 もう一度、緑葉が言う。
 “何故殺したのか”――問いたいのは、自分自身かも知れない。


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あきゅろす。
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