RAPTORS
8
基地では、隼、緑葉、栄魅が、戦の結果を待っていた。
栄魅は隼が残っているのを見て驚いたが、傷を見てからはいつ彼が刀を持って飛び出すか気が気ではない。
よって、隼は緑葉の見張り、その隼は栄魅に見張られるという妙な構図が出来上がっている。
それでも表面上は仲良く茶を飲んでいる。
緑葉は緑葉で、この状況が気まずい事この上ない。自分は本来こんな事をしてはならない立場だし、目の前の女性は自分の正体を何も知らない。
彼の事はただ「縷紅の友人」で通してある。
一方隼は落ち着いている様に見えるが、内面は煮えている。今にも戦場まで走って行ってしまいたい自分を、ようやく押さえていた。
戦場で戦いたいのは勿論だが、この状況の原因である縷紅を一発殴りたい衝動に駆られていた。
三者三様の思いが、静けさとなって表れている。
そんな中、外からぱたぱたと人の走る気配がした。
やがて、一人の兵が三人の居る天幕の出口に現れた。
「どうした?」
隼が問い掛ける。
見ない顔だが、今彼らの味方は万に近い数だ。気にかける事も無い。
この兵は根の軍の一人だろうと判断した。
「軍師殿が貴方様に手を借りたいと仰せです。馬を用意致しましたので我らに御同行願います」
「縷紅が?俺に?」
ここに残れと言った張本人が今頃何を、そう思ったが、思い直して問い返した。
「俺の手が必要な程、あっちは切迫してるって事か?」
「はい、天の奇襲に合った模様です」
「奇襲…!?被害は!?」
「最小限に留まった様ですが、軍師殿が負傷され、代わりを貴方様に務めて頂きたい、と」
「…ったく、そんなに殴られたいのか…」
“代わり”という言葉に多少カチンと来たが、口の端を吊り上げて自らの刀を取った。
理由はともかく、戦場に行けるのが嬉しかった。
「大丈夫なの?怪我は」
栄魅が隼の身支度を手伝いながら問い掛ける。
「そんな大した怪我じゃねぇって。こんな事頼んで来るって事は縷紅の方が深手なんだろ。見舞ってやらねぇとな」
この“見舞い”のなんと物騒な事か。
「…私も行こうか?」
心配になって思わず口走ってしまったが。
「何の役に立つんだよ?それよりこの客人の相手してろよ。…目ぇ離すなよ」
「…?分かった…けど、一体…」
彼女が疑問を呈するより先に、隼は兵と外に出た。
明るい日差しに目を細める。
そこまで強い日差しではないが、天幕の中が薄暗かったせいだ。
ふと、縷紅と初めて会った日を思い出す。
城跡地の地下で出会い、互いに疑いながら黒鷹を追って地上に出た。
その時も、今みたいに日の光が眩しく感じられたものだ。
長い、地下での暮らしのせいでもあったろう。
お陰で鬱屈した思いが溜まっていたのも確かだ。
縷紅と互いに間者である事を疑っていた。今思うと無駄な心配だったなと、ふっと笑う。
光に目が慣れたのだろうか。
黒鷹が捕われて五年、文字通り水面下の活動をしてきた。
天の者に気取られぬ様、地下に基地を張り巡らせ、夜間に動く。
黒鷹の為に、また地の国の為に動いていたが、その黒鷹が生きて帰ってくるという保証はどこにも無かった。
何も信じられる物が無く、闇の中に息する日々。
黒鷹の生還は、徐々にその闇を溶かしていった。
今、光の中で縷紅と共に戦っている。
黒鷹を信じて。
「怪我をなされているのですか?」
歩みながら兵が訊いてきた。
「余計な事に気を使うなよ。大した傷じゃないし」
言いながら、無意識に腕を撫でた。
「腕…ですか」
言われて、はっとして隼は撫でていた腕を引っ込めた。
「目敏いな、お前。…だが本当に心配は無用だ。刀も持てるし」
「ええ、利き手とは逆の様ですしね。しかしまだ痛むのでしょう」
「このくらい何ともない」
隼は憮然として言った。他人に見透かされた様な口を利かれるのが面白くない。
そんな彼の内心を知ってから知らずか、兵はにこりと笑った。
「着きましたよ」
「…着いた?」
しかし、そこには馬など無い。ただ木々と野草があるだけの、林。
「何のつもりだ」
隼は刀の柄を握った。
「アンタ、何者だ」
兵の格好をした男は、再び微笑した。
微笑して語らない。
苛立ちながら隼が言う。
「とりあえず、その辺に隠れている奴らを出せ。不公平だろ」
言うなり、かさりと音がして、木立に人影が現れた。
人影はぐるりと隼を囲んでいる。
「で?俺に用だろ?さっさと言え」
「ならば――」
隼の背後の人物が口を開いた。
さっ、と向き直る。
五十過ぎの、武装していない男だった。
「我々と共に来て頂きたい」
「どこへ…?」
「根の国」
「嫌なこった」
あっさりと拒否。
「わざわざ体壊しに行くかバーカ」
根の汚れた空気に触れる事で、今は潜んでいる病が表面化するのは必至だ。
「しかし死に至る事は無いでしょう」
「病気で大人しくなってくれた方が都合いいって?まるで人拐いだな」
すっと刀を抜く。
「アンタら…根の王政派の連中か」
「いかにも。尤も今は反総帥派と言った所だが」
「今更、光爛の邪魔しようって算段か?前に一度使った手で?」
「否、今度は客人として扱う。貴殿自らの足で来て欲しい」
別の、やや若い男が言った。
「何の為に?バッカじゃねぇの?」
隼は嘲笑するが、相手は真剣だった。
「このまま全て光爛の思い通りになってもいいのか?」
「…何?」
「あの女が地を裏切らないとでも?」
「……」
反論しようとした口を、閉じる。
かつて、あれほど地を潰そうとした総帥。
今、掌を返した様に同盟関係を結び、共に戦っているが。
本心は――…
「…アホらし」
くるりと来た方向に向き。
「疑いだしたらキリ無ぇじゃんかよ。裏切ったらその時どうにかすればいい。少なくとも、アンタらよりかはマシ」
つかつかと去っていく。
「愚かだな…肉親への買いかぶりか」
つ、と足を止めた瞬間。
ターンという高い音が林の中にこだました。
手刀が男の横にあった木の幹に、深々と刺さっている。
投げた本人はしばらく感情の無い目でそれを見やって、
やがて木々の中に消えた。
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