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RAPTORS

 深夜。
 木々の中の、あまりに静かな夜だった。
 兵達は一人残らず眠り、旦毘も仮眠のつもりで寝入っていた。
 小川の流れる音だけが響いている。
 ふと、旦毘は目覚めた。
 人の気配を感じた――気がした。
 今はそれが無い。
 気のせいかと思い直して、隣を見る。
 縷紅が静かな寝息をたてて眠っていた。
 安心してもう一度眠ろうとした時。
 目の前に人影があった。
 天幕に入る気配すら無かったのに。
「…幽霊か?」
 困惑して突拍子も無い、しかし一番可能性のある事を口にした。
「そういう事にしといてくれ」
 “幽霊”は微苦笑を浮かべて答えた。
 暗くて相手がよく見えないが、一応実体のある男らしい。
「俺にたたっ斬られる前に消えるんだな。本当に幽霊でもコイツに近付く事は許さん」
「幽霊なら斬れんだろう。それに…俺が縷紅に今近付く事を許してくれないと、後々縷紅にも地の軍にとっても困った事になるぞ」
「…どういう事だ」
 “幽霊”は未だにその場をピクリとも動かないまま、答えた。
「肩にまだ矢尻が残っている。放っておけば二度と腕が動かなくなるどころか、そこから身が腐っていくぞ」
「何だと…!?」
「この強がりめ、カスリ傷に見せる為に咄嗟に矢尻だけ残して引き抜いたんだ。この矢尻は特製でな、一度刺さると引き抜けない。引き抜く時には周囲の肉がごっそり付いてくる」
「テメェ、昼に射掛けた張本人だな!?」
「張本人じゃないとこの矢尻は取り除けないのさ」
「……取りに来たってのか?」
「そうだ。別に君らの大将を殺しに来たんじゃない」
 旦毘はどれほどこの相手に剣を向け、叫んで周囲の味方を呼ぼうかと思ったか。
 だがその途端、この気配も無くやって来た男は逃げるだろう。
 その自慢の矢尻を取り除かないと、縷紅の命取りになるとも言われた。
「あんた、縷紅の話じゃコイツと仲良かったんだってな?」
 剣に手をかけながら問う。
「ああ。俺は実際の師以上に縷紅の事を知っているつもりだ」
「何の為に今日射掛けた?」
「敵だからに決まっているだろう」
 旦毘は剣を抜こうとした。慌てて瑚梛が付け足す。
「――だが殺したくはない。そのつもりなら頭でも心臓でも射っていた。肩を狙ったのはこの子が戦場に出れなくする為だ」
 一息に喋って、そこで深々と息を吐き、言った。
「戦場で殺し合いたくもないし、殺されて欲しくもないからな」
「……本当に?」
「だからだ。矢尻を取り除いて助けてやる」
 カシャッと音をたて、旦毘の剣は元に戻った。
「ちょっとでも妙な真似したら、命は無いと思え」
「安心しろ。そんな事はせん」
「どーだか」
 疑わしそうにジロジロ見る。
「俺としても疲れた弟に、かつての友人の死体は見せなくないんだがな」
「ま、怪しいと思えば斬りかかって貰っても構わん。その前に逃げればいいだけの話だ。敵に信用されるとは思わんからな」
「逃げられるもんか」
 瑚梛は肩を竦めて笑い、縷紅に近寄った。
「薬か何か使ったのか?」
 この騒ぎでも縷紅が目覚めないのを不審に思い、旦毘は尋ねた。
「矢尻にな、時間差で効く睡眠薬を塗った」
「…天には便利な薬があるんだな…。分けて欲しいくらいだ」
「何に使うんだ?」
 かなり特殊な薬だ。実戦には使えない。
「コイツの食事に混ぜるんだよ。このままじゃ過労死しそうだからな」
「…意外だ。正しい使い方で使うんだな」
「正しかねぇだろ。睡眠薬ってのは自分で飲むモンだ」
「それもそうだ」
 そんな事を話している間、瑚梛は道具を懐から出していた。
 手術道具だ。
「おいおい、本当に大丈夫なのか?」
 瑚梛がメス状の刃物を取り出したので、旦毘は剣を抜いた。
「そんな長い刃物は不要だ。それに俺はこんな事をしょっちゅうやっている。腕なら心配しなくていい」
「そうじゃなくてな…」
 メスは静かに縷紅の傷辺りに下ろされた。
 旦毘が剣を向ける。
 構わずメスを置いた瑚梛は作業を続ける。
 矢尻が姿を現す。
「…ひどく悪趣味な形の矢尻だな」
 そう旦毘が唸る、そんな代物だった。
 一本の軸から、針が無数に生えている。
「そんなモノが何故体に食い込むんだ…?」
「特別仕掛けでな。体に刺さってからこの針が出てくるようになっている。射られた者は二重に痛みを味わう」
「よくもそんなモンを俺の弟に…。代わりに俺がそのくらいの痛みを味あわせてやろうか?」
「遠慮しておく。いや、こうすれば縷紅も懲りるかと思って…」
 旦毘の殺気が本物になってきたので、瑚梛は残りの言葉を呑んだ。
 「ったく」と殺気を悪態に変える旦毘。
「こんな事で懲りてくれたら俺達も苦労しねぇよ。本当なら基地に引っ張って連れ戻すところだ。そうでなくても最近寝ずに仕事してやがる」
「全く、変わらんな」
「あ?」
「天での修行も同じ調子だ。一時も休まずに剣を握っていた。俺の弓矢の訓練の時間に無理矢理眠らせていたくらいだ」
 師である緇宗が無理を知っていて休ませないので、代わりに瑚梛がこっそりと休ませていたのだ。
 だが当の本人が休みたくないと言う。
 それでは体が持たないと無理に弓矢を取り上げる。
 それはちょっとした、だが毎日熾烈に繰り返される喧嘩だった。
「…不本意だがアンタに礼を言うぞ」
 旦毘が苦い顔で言った。
「アンタが居なけりゃ、こんな事になる前にコイツは過労死してただろうな」
「苦労した結果が見事寝返られたワケだがな。ま、これも何かの定めってヤツだ」
 軽く笑って、瑚梛は傷を縫い合わせていた糸を切った。
「しばらく痛みで腕は動かせないだろうから、世話してやってくれな。あと、一応ちゃんとした軍医にも診せろよ」
「言われなくとも」
「じゃあな。実の兄貴に言う事じゃないが、縷紅を頼む」
 一歩引いたかと思うと、たちまち姿は闇に溶けて消えた。
「本当に幽霊じゃないのか?」
 その去り方を見て頭を振る旦毘。
「ってか、実の兄じゃねぇっつの…」
 思い込みなのか言い回しなのか、本心は知れなかった。



 翌朝、久々の深い眠りから覚めた縷紅は、まず肩に違和感を覚えた。
 はっとして服を半分脱ぎ、傷を確かめる。
 その時、横から声が掛かった。
「自分で付けた傷の手当てをする奴なんざ、初めて見たぞ」
 振り返ると、旦毘が朝食を食べていた。
「ほら、お前の分」
 椀の一つを差し出し、縷紅が受け取る。
「…瑚梛が来たんですね?」
 何食わぬ顔で食事を続ける旦毘に、固い顔で縷紅が訊いた。
「お前、軍じゃ良い保護者を持ってたみたいだな」
「冗談じゃないですよ。貴方は私の護衛をするのではなかったんですか?」
「の、つもりが言いくるめられてお前に刃物を付けさせてしまった。全くナメられたモンだな」
「全くですよ」
 旦毘が意外に思ったねは、この事を縷紅が感傷に思うでもなく、喜ぶでもなく、純粋に怒っている事だ。
 かつての友人が自分に接触してきたなら、感謝するぐらいの性格だと思っていたのに、現状は彼の柄にも無い事になっている。
「でも、まぁ、お前の右腕が使い物にならなくなるよりはいいんじゃないのか?親切なのか馬鹿なのか、どの道損なのは向こうだろ?」
「敵になった今でもこう露骨に子供扱いされると、腹が立たない方がおかしいですよ」
「…そんな事怒ってんのか?」
「貴方が私の立場なら、怒り狂う筈ですけどね」
「いや、お前が怒ってんのが珍しいだけ」
 ある種の疲れと諦めを込めて、縷紅は盛大な溜め息を漏らした。
「…他に彼はどんな悪戯を?」
「いいや?幽霊の様に現れて消えただけだ
「軍の中でも一番気配を消す事が上手い彼ですからね…」
「おお。あれにはたまげた。…で、縷紅?」
「はい?」
「今日中にも蜂の巣をつつくが、まさか一緒になって蜂退治なんかしないよな?」
「戦うな、と?」
「当然だ。って言うより剣持てねぇだろお前。目覚めた時、隣が隼じゃなかっただけでも有難いと思え」
「本陣に帰されたなら、またここまで来るまでです」
「お前な…」
「でも、今の自分の状態を把握できない程愚かではありませんよ。皆の士気を下げない程度に、私は後ろに引っ込んでいればいい。そうでしょう?」
「…お前、傷が無かったらそんな大人しくしてないだろ?」
「当然です」
 今度は旦毘が額を押さえて溜め息を吐く。
「全く、あの保護者ホントによく解ってるな…」
「だって、今までもそうだったじゃないですか」
「止めても聞かないって分かってるからだ」
 何の悪気もなく、きょとんと自分を見ている弟に、旦毘はもう一度溜め息を吐いた。



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