RAPTORS 6 その日は朝から慌ただしかった。 よく晴れた、青い空の広がる日だった。 旦毘はいつもの様に、くっついて回る二人の兄貴分――内一人は実の叔父なのだが――を訪ねると、不在だった二人の代わりに、その師匠が居た。 門に行ってみろ、と彼は言う。二人はそこにいる、と。 その二人は東軍を指揮している『一番えらい人』の弟子で、いつか師匠の代わりにその『一番えらい人』になる人達だ。 そのくせエバった所が無く、子供相手にはしゃいで遊ぶ『お兄さん』なのだ。 旦毘にとって父親の弟にあたるのだが、『おじさん』と呼ぶには若すぎるので、名前通り『ほうまん』と呼び、彼の親友を『とうがい』と読んでいる。 武術や色んな事を教えてくれる友達のような存在だ。 その二人は確かに門前に居た。 沢山の野次馬を伴って。 「おお、旦毘。見ろ、赤ちゃんだぞ」 四歳の旦毘がやっとこさ人だかりを抜けて、輪の中心にいる二人に気付かれた。 朋蔓に抱き抱えられて、董凱の抱く赤ん坊を覗く。 「ちっちゃい!」 肩越しに振り返って、自身を抱き上げる朋蔓に感想を述べた。 「お前もついこの間まではこんなだったぞ」 「嘘だい。おれはずっとこのままだもん」 「やれやれ分かった分かった。下ろすぞ、本当に重くなった」 「む。この前は“お前なんか軽い”って言ってたくせに」 朋蔓への反論を、董凱が笑いながら応える。 「日に日に重くなってんだよ。今はもっと軽いモン抱いた後だし」 「ねぇ、董凱。その赤ちゃん、何でここに居るの?」 「…コウノトリが手ェ滑らせて落としたんだ」 「何それ」 「その、コウノトリっていう赤ちゃんを運ぶ鳥が居てだな、この子を母親の所に持って行こうとしたけど、つい油断してここに落としたってワケ」 「…ふーん。その鳥、後で怒られるね」 まさか四歳児に“この子は捨てられていました”とは言えない董凱。 「で?代わりに運んであげるの?」 「いや、どこに運べばいいか分からんからな。親が来るのを待つよ」 「じゃあ、それまではここに居るんだね!?」 「面倒見ろよ、旦毘。お前、お兄さんだからな」 小さな『お兄さん』は、嬉しそうに頷く。 それに満足して彼らは門の中に入ろうとした。だが。 「それをこの中に入れる気か?」 野次馬の一人が剣呑な表情でこう言ってきた。 「中に入らなきゃどうにもならねぇだろ」 董凱は相手にしない。 「天の人間をこの基地に入れるとは…許されないぞ!」 別の野次馬からも怒鳴り声が上がり、また別の声が続く。 「天の人間を助けるとは、それでも東軍の者か!?」 堪らず董凱は罵声に声を上げる。 「うっせぇな、見て分からんか?ただの赤ん坊だ」 「子供の前でそんな事を言い合うのはどうかと思いますが?」 董凱、朋蔓の目もだんだんと険しい物になる。 この時の二人は十八・九の若者だ。 周りの大人を従わせる権力こそ無いが、剣の腕と覇気は大人を凌ぐ物を持っていた。 「とにかく、話にならんな。こう変な意地を張った奴らばかりじゃ」 董凱が呆れ混じりの息を吐いて言う。 「総長の意見を仰いできたらどうです?彼の意志が東軍の意志だ」 朋蔓が異を唱える連中に意見した。 「フン、総長の弟子だからって思い通りになると思うなよ!!」 「そうだ!いい気になるな!若造のくせに!」 火に油を注いでしまったらしい。 「やれやれ。おい旦毘、じーちゃん呼んで来い」 “じーちゃん”とは彼らの師、東軍総長の事だ。 もう七十に近い老人なので、旦毘は『じーちゃん』と呼んでいる。 だが、かなりまだ元気な老人だ。 「え?董凱、じーちゃん来たよ」 旦毘は走り出す前に、門の内を指差した。 そこには、確かにこちらに向かう総長の姿が見えた。 「やはり、騒ぎになっとるの」 “じーちゃん”は一人納得げに言って、董凱と向き合った。 「それがお前さんの拾った天の子か」 「ああ」 「じーちゃん、この赤ちゃん、何とかって鳥の落とし物なんだよ」 旦毘なりの説明に、老人は微笑んだ。 「授かり物じゃの」 「総長!!」 老人の一言に反応して、野次馬から荒い声が上がる。 その声を受け流して、老人はしゃがんで旦毘と目線を並べた。 「旦毘は弟を欲しがっとったの」 小さな少年は、こくりと頷く。 この少年、生まれる前の戦で父親を亡くしている。 「決まりじゃ。あの子は旦毘の弟じゃな」 「妹かも知れねぇよ、じーちゃん」 董凱が笑いながら言った。 「どっちか区別の付かねぇ顔してやがる」 彼らの中ではそう決まったのだが。 「総長…東軍にそう容易く天の血を引く者を入れて宜しいのですか!?」 「それも見た所、その子供は赤毛の子…不吉な子供ですぞ!!」 異を唱える者は後を絶たない。 総長はそんな彼らに悠長に説いた。 「そもそも東軍は天の国、天の政府の非道を正す為の軍。何も我らが戦うのは祖国の為だけでは無い。その我らが赤子を見捨てるのは、非道な行いでは無いかの?それで天に向かって行けるのかや?」 「しかし…」 「オジサン達が何と言おうと、コイツはおれの弟だからね!!」 今まで黙っていた旦毘が、大声で大人達を怒鳴り付けた。 その凄みに、一瞬、大人達が口をつぐむ。 「ま、決まりだな」 董凱は不敵に笑って、さっさと門の中に入った。 「妹だったらどうする?旦毘」 朋蔓は甥っ子と歩きながら問う。 「いーや、絶っ対、弟!」 言い切った彼の言葉は、見事に当たっていた。 そして、その四年後も彼は同じ事を願っていたが、そうそうは当たらなかった。 董凱に女の子が産まれたのだ。 家族ぐるみ、それ以上の付き合いの董凱と朋蔓は、ほとんど同じ屋根の下で暮らしているようなものだ。 その理由に、捨て子であった縷紅がある。 董凱が育てると宣言したが、殆んど朋蔓と董凱の妻が面倒を見ている。 それ程に今の董凱は忙しい。若き東軍総長として。 そんな彼の楽しみは、夜遅く家に帰った時、小さな川の字を作って眠る子供達を眺める事だ。 産まれたばかりの娘を間に挟んで見ているうちに、『兄貴分』の二人は眠りに落ちてしまうらしい。 全く血の繋がりの無い三人が兄妹として育っている事が、董凱には嬉しかった。 だが、それも長くは続かなかった。 その日は深い溜め息と共に子供達の寝顔を見たものだ。 その気配に気付いた四歳の縷紅が目を開く。 「董凱?」 紅い瞳は不思議そうに彼を見上げた。 董凱は微笑んで、人差し指を立てて口に当てる。 縷紅はそっと布団から抜け出して、義父の膝にちょこんと座った。 「どうした?眠れないのか?」 腕の中の子供は小さく首を横に振った。 「怖い夢…」 「見たのか?」 今度は小さく縦に頷く。 「悪い人に捕まって、みんながバラバラになっちゃう夢…」 董凱は少し目を見開いて、しかし悟られぬ様に紅い髪をくしゃりと撫でた。 「…董凱?」 それでも何か感付いて心配そうに見上げる。 彼は何とかその顔に笑顔を浮かべた。 「大丈夫だ。大丈夫…」 腕の中で安心したのか、縷紅はそのまま眠ってしまった。 一方、抱いている董凱はひどく難しい顔をしている。 す、と襖が開いて朋蔓が顔を出した。 抱かれたままの縷紅の様子を窺う。 「眠っているか」 「ああ」と頷いて、また溜め息をつく。 「子供ってのはカンが鋭いもんだな。コイツ、皆が離ればなれになるって…まぁ夢だけどよ。やっぱり何か感付いてるんだ」 「お前の悩みが伝染しているんだ。可哀想に」 「…もう悩んではいない。否、悩んでも決まっている事だ」 「まぁ、な。辛抱しろ。娘の為だし、東軍と国の為だ。お前にはこの子もいる」 「ああ。だから決心出来るんだが…」 この日の朝、突然師から頼まれた事。 娘を地の王家へ養子として出して欲しい、と。 常に戦の前線にある東軍より、よほど安全に暮らせる。それは董凱も願う所だ。 更に、東軍と地の国が改めて同盟関係を確認する、その印として総長の子が選ばれた。 更に言えば、地の王子は心の臟の病を持っており、そう長くは生きられないのだと言う。 后も体が弱く、養子を取ろうと考えていたのだ、と。 こうも並び立てられては、董凱は否を言える筈も無い。 だが、我が子と別れるのも辛い。 三人の仲の良い様を見ると、尚更。 「旦毘は怒るだろうな」 「何、私が言って聞かせる」 そうして董凱の娘は地に行く事になった。 見送る大人達の複雑な表情の横に、朋蔓に説得されても尚むっつりとした顔の旦毘と、まだ何が起こっているのかよく飲み込めない縷紅が居た。 意外な形で再会する事も、その時彼女が旦毘の望んだ通り弟になっている事も、誰も予想していない。 [*前へ][次へ#] [戻る] |