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RAPTORS

 縷紅の軍勢は、小高い木々に囲まれた、林の中の一本道に差し掛かっていた。
 木々の中に馬と歩兵の足音だけがこだまする。
 縷紅はそれに嫌な予感を覚えた。
「旦毘…少し休みましょう」
「おう、そうだな」
 旦毘も同じ事を思ったのか、何の疑問も抱かず縷紅の言葉に従った。
 大軍が止まる。
「少し…静か過ぎますね」
 縷紅が耳打ちして旦毘に言う。
「ああ」
「後方に付いて頂けますか?」
「分かった」
 旦毘は馬を返して後方集団に向かった。
 それを見届けて、全軍に叫ぶ。
「敵は林の中だ!かかれ!」
 どっと木々の中に塊が押し入った。
 同時に叫び声と矢が空を切る音が響き渡る。
 奇襲を見破られた敵軍は混乱していた。
 縷紅は頭上にある木の枝に向かって短刀を投げた。
 どさり、と音をたてて弓矢を持った男が落ちる。
 上から矢で攻撃し、混乱させた上で攻める。それが敵の狙いだったようだ。
 先に林の中に入り、敵味方入り雑じらせ狙いを付けにくくした。そうする事で弓矢隊を封じたのだ。
 縷紅の機転は功を奏した。だが、彼自身何かが飲み込めない。
 天の軍が奇襲を仕掛けた事に。
 奇襲など天に居た頃には聞いた事すら無い。自分達が見下す相手にはわざわざそんな事をする必要が無いからだ。
 それを今、天が何故?
 天にも地にある基地にも、まだ大勢兵が居る筈なのだ。
 まさか黒鷹達の存在が知られたのだろうか。
 最悪の事態が頭を過った時。
 鋭い痛みが右の肩を貫いた。
「ッ――!?」
「縷紅!!」
 すぐさま朋蔓が駆け寄り、尚も狙ってくる矢を数本叩き落とした。
「大丈夫か?」
「ええ…」
 縷紅を狙っていた者は、いつの間にか姿を消した。
 それに合わせる様にかなり減った敵の軍勢も引いていった。
「かなり腕の立つ者だな。あの混戦で狙いを誤たず射かけるとは…」
 朋蔓は敵が居たであろう場所を見上げている。
「良かった…」
 不意に漏れた意外な一言。
「縷紅?」
 当然、訝しげに朋蔓は彼を見る。
「敵の狙いは私だったという事です。もう少し行けば小川がありますから、そこで夜営を張りましょう」
 言って、ふらつきながら立ち上がる。
 敵の目はまだこちらに向いている。だが、油断は出来ない。
 数十分歩を進めると、透明な水の流れる小川があり、即座に簡単な夜営が張られた。
「そりゃあ手の内を全て知ってる人間が敵軍を指揮してりゃ、天も焦るわなぁ」
 煮炊きされた食料を頬張りながら、旦毘が言う。
「俺、お前から離れるのヤメるわ。いつ奴らが襲ってくるか知れねぇ」
「用心棒か。それがいいだろう」
「そんな…いいですよ。そんな事に貴方を使うなんて…」
「そういう事はケガ治してから言うんだな。何なら、陣に戻るか?」
「…それは出来ません」
「よし、決まり。四六時中側に居てやる」
 縷紅は苦々しく笑いながらも、一応旦毘に礼を言った。
「それで、戦には出れそうなのか?」
「ええ、思いの外傷は浅いですし、剣も持てます。問題無いですよ」
「なら、いいけど。無理すんなよ。戦で大ケガしたら元も子も無ぇ」
「大丈夫ですよ。旦毘が守ってくれるんでしょう?」
「…おう」
 面と向かって言われると、照れて応える旦毘。
「さて、と。明日に備えて今日は早めに休もう。最近お前寝てない様だしな」
「…え?」
 隠していたつもりだったが、二人には見透かされていたようだ。
「旦毘、気を抜くなよ」
「分ぁってるよ叔父さん。今夜にでもシッポ出すかも、だろ?」
 朋蔓は頷いて、二人の天幕から出ていった。
「心強い味方ですね」
 改めて思った事をそのまま口にして、縷紅は微笑む。
「天に残んなくて良かっただろ?俺ら敵に回さなくて」
「全くです」
 微笑がふと固いものになる。
「どした?」
「いえ…あのまま天に居たら、皆と戦っていたんですよね…」
 想像しただけでも怖い。
 旦毘、董凱達を敵に回し、黒鷹達と出会う事も無く、ただ将軍として戦をしていたら。
「そうだなぁ。運命ってよく出来てるよなぁ」
「運命ですか…」
「考えてみりゃ、俺もお前相手にすんの嫌だわ。やりにくい事この上ない」
「私も董凱や朋蔓や貴方と戦う事を思うと本当に怖いです。ただ…」
 少し言葉を切って、否応なく瞼に浮かぶ面々を思い返す。
「天の人達に対しても同じ事が言えるんです。姶良や緇宗、他にも親しくしていた人達が、今は敵…」
「…そうか、そうだよなぁ。辛いなぁ…」
「ホント、何で天の軍なんか行っちゃったんでしょうね」
 おどけて笑おうとしたが、上手くいかない。
 姶良の事が胸で疼く。
 これを今からあと何度、何人分背負う事になるだろう。
 それとも忘れてしまうのだろうか。非情に。
「…旦毘」
「ん?」
「今日私を射掛けてきた人物に、心当たりがあります」
「本当か!?」
「名は瑚梛(コナギ)、天でも随一の弓の名手…」
「マジかよ。でもその割には軽傷で済んだよな」
「ええ、彼でも手元が狂う事があるでしょう」
 言って、ふぅと息をつき、続ける。
「私にとって弓の師であり、友人でした」
「…そんな」
「わざと外した…そう思えてならないんです。彼も情を捨てきれない人でしたから」
「…そうなのか…」
 旦毘は言葉を失って、縷紅の複雑な横顔を見る。
「まぁ、貴方達を相手にするよりか幾分もマシですけどね」
 深刻な旦毘の表情を見て、縷紅はにっこりと笑って見せた。
「さて、休みましょうか。朝も早いですし」
 言って、寝床を整えようとする縷紅。
 その前に旦毘が立った。
「いーよ、俺やるよ。片手じゃ不便だろ」
「旦毘…」
「たまには甘えろ、兄貴なんだから」
 働く旦毘をきょとんと見ていた縷紅だったが、ややあってふっと笑った。
「何だよ?」
 照れ隠しにムッとした表情を作る旦毘。
「いえ、何でも…。ただ、家族なんだなって思って」
「それ以上の何でも無いだろ。昔っから」
 寝床が出来上がって、旦毘は縷紅を促した。
 大人しく布団に潜る。
 すぐに眠気が襲った。ここ数日寝てない事もあるが、何より大きな安心感があった。
「今では…私を東軍の門前に捨てた人に感謝しなければ」
「そうだな。捨てられたのがお前で良かった。実の親に感謝、だな」
「戦が終わったら、董凱と黒鷹と…また元の様に家族として暮らせたら…これ以上の幸せは無いですね」
「ま、黒鷹は王サマ業があるけどな」
 縷紅は夢心地で頷いた。
 旦毘は自分の寝床を作りにかかる。
 それが終わった頃には、穏やかに眠っている弟がいた。


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