RAPTORS 3 「なーに考えてんだぁ?」 後ろに大軍を連れたその先頭で、馬上にあって押し黙っている縷紅。 その隣で同じく馬を進める旦毘が声をかけた。 「聞かないで下さいよ。どうせロクな事じゃないですから」 「へー?ロクでもねぇ事の方が聞きたいんだけどな」 「…貴方はそういう人でしたね」 「よーく分かってんじゃん」 ニヤニヤと笑う旦毘。 「鬼の許から離れたところで、完全に人には戻れはしないのだな、と」 「オニ?」 「…かつての師、緇宗の事です。今では天の軍を率いる…我々が本当に倒さなければならない壁…」 「強そうだな。楽しみなこった」 「嘗めてかかれる相手ではありませんよ、旦毘。私は命懸けで彼に挑むつもりです」 「…“人に戻れない”ってのは?」 「それは…」 言葉に詰まる縷紅。どう説明すべきか、この人に話しても良いのだろうかと考えた。 「いいんでない?お前はお前なんだし」 困っている様子の縷紅を見て、旦毘が声をかける。 「…違うんです」 「?」 「自分が自分で居られなくなる…刃を前にすると…。それが、怖くて」 「鬼…か」 「斬りたくない人を斬るのが辛い。そんな事ありませんか?」 「そうだなぁ…まぁ、戦とは言え人殺しには違いないもんな。辛いのは良い事じゃないのか?何とも思わないなら、人として終わってる」 「…思わないんです」 「おっと」 失言だったな、とちらりと舌を出す旦毘。 「それが緇宗に叩き込まれた成果です。今では…姶良を斬った事でさえ…」 「アレは仕方ないだろ」 「旦毘…この戦が終わっても、私は人として生きていけますか…?」 乾いた風が一行の間を通ってゆく。 武力だけで生きてきた人間が、必要とされなくなったら。 「大丈夫だよ」 確信的に、旦毘が言う。 「俺達の居場所は黒鷹が…新しい世界が、作ってくれる」 北方に聳える山を見る。 そこに居るであろう黒鷹を――王を。民に居場所を齎す人物を。 「天の奴らと合間見えるのが辛いなら、隼と茶ァしとけよ。俺らが何とかするから」 「いやそれは…」 思わず苦笑する縷紅。 「それはそうと、隼は今ちゃんと陣に居るんだろうな?」 「ええ。来てはない筈ですよ。あの傷もありますし」 「あれは何の傷?」 「…秘密です」 いろんな意味で正直には言えない。 「ま、いーけど。なんかさ、総大将がアイツを戦場に出したくないみたいでさぁ。アイツ言う事聞くかなぁ?」 「光爛が?」 「やっぱ親だな。心配してるんだろ」 「…戦うなというのはまず無理でしょうね。抑えれば抑える程出て行く人ですから」 「だよなぁ。なんか、一騒動ありそうな気がするわ」 「私もです。何にせよ、親子があのままでは良くない」 「アイツ光爛に口聞かないもんなぁ。頑固者め」 「特別に照れ屋さんですしねぇ。光爛は隼に後を継がせたがってますし、何より隼自身が可哀想です」 「難しいなぁ。あれじゃ彼女も紹介できねぇし?」 「…彼女?」 「決まってんだろ、黒ちゃん」 「…有り得ませんよ、隼に限って」 「そうか?で、お前はどうなの?」 「は?」 「あの忍の子。離れて寂しいんじゃないの?」 「…そう言う自分はどうなんですか。一人身で寂しかったりするんじゃないでしょうね?」 「失礼な。俺は東軍に待たせてあるからよ。ちゃんと」 「へぇ?片思いじゃないでしょうね?」 「未来の良き妻だから」 「ほらやっぱり。貴方の事だから、出立前に振られてきたんじゃないんですか?」 「黒鷹と師匠は仲良くやってるかなー」 「…図星ですか」 「親子ゲンカしてねぇかな〜。大丈夫かな〜」 「あの人達は大丈夫ですよ。似た物親子ですから」 「分っかんねぇぞ?あのオヤジ余計な事言ってるかもしれねぇし…」 「っくしゅん!!」 山の中に二人分のくしゃみが木霊した。 「何?風邪?二人して」 鶸がきょとんとして問う。 「しかも同時にくしゃみなんて、さすが親子ってか?」 羅沙も半分笑いながら目を向けた。 「通じ合ってんだよ。仲良し親子だもん、な?」 照れもせず董凱は言ってのける。 「おっかしーなー。馬鹿は風邪引かない筈なのになぁ」 その横で鶸は深刻に考えている。 「誰がバカだ、誰が。俺が馬鹿ならお前は大馬鹿だろうが」 黒鷹は真顔の鶸に慌てて喧嘩を買うが。 「この際バカでもいいじゃないか。仲良さそうに聞こえるし?」 「…父上…」 強敵出現。 「それはそうと、今どこまで登ったんだ?結構登ってきた感じはするけど」 羅沙の言葉を受けて、一行は来た道を見やり、また行く道を見上げた。 「七分目…ってとこかな」 答えを言う声を探すと、一行の目の前にある岩の上に茘枝が居た。 「何か見える?」 見晴らしが良いであろう場所に居る彼女に、黒鷹が問いかける。 「大軍が動いているわ。多分、地の」 「天の軍は?」 「見えない。基地に直接攻め入る気じゃないかしら」 「天がそんな事許すだろうか…罠じゃないか?」 「罠…」 董凱の言葉に黒鷹は不安を覚える。 「天の軍が見えないから何とも言えないけど、そうかもしれない」 「縷紅…焦るなよ…」 遠く、地上で采配を振るう愛弟子に祈る。 「大丈夫だろ。縷紅だもん」 鶸は彼らしく楽観的だ。 「天の兵力は縷紅が一番よく知ってる…昨日の戦いで手応えが無ければ不安になるでしょうね…。それだけ天にまだ兵力が残っているって事だから」 茘枝は縷紅の事を思ってぐっと服の袖を握る。 遠くから見守るしかない、それが歯痒い。 「…もしもの事があったら下山したい。いいかなぁ?」 黒鷹は周りの人間に意見を求めた。 「兵の半分は戦場に向かわせる。だが我々は登りを続けた方がいいだろう」 「どうして…?助けずに見るだけって言うんですか…!?」 「お前を危ない目に遭わす訳にはいかんからな」 董凱はそう言い歩き出したが、数歩進んで振り向く。 「言っとくけど、今のは親馬鹿じゃないぞ」 「……」 「一応、自覚あるんだ」 言葉を失う黒鷹の横で、羅沙は冷めた目で「へぇー」と言っている。 [*前へ][次へ#] [戻る] |