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RAPTORS


「なーに考えてんだぁ?」
 後ろに大軍を連れたその先頭で、馬上にあって押し黙っている縷紅。
 その隣で同じく馬を進める旦毘が声をかけた。
「聞かないで下さいよ。どうせロクな事じゃないですから」
「へー?ロクでもねぇ事の方が聞きたいんだけどな」
「…貴方はそういう人でしたね」
「よーく分かってんじゃん」
 ニヤニヤと笑う旦毘。
「鬼の許から離れたところで、完全に人には戻れはしないのだな、と」
「オニ?」
「…かつての師、緇宗の事です。今では天の軍を率いる…我々が本当に倒さなければならない壁…」
「強そうだな。楽しみなこった」
「嘗めてかかれる相手ではありませんよ、旦毘。私は命懸けで彼に挑むつもりです」
「…“人に戻れない”ってのは?」
「それは…」
 言葉に詰まる縷紅。どう説明すべきか、この人に話しても良いのだろうかと考えた。
「いいんでない?お前はお前なんだし」
 困っている様子の縷紅を見て、旦毘が声をかける。
「…違うんです」
「?」
「自分が自分で居られなくなる…刃を前にすると…。それが、怖くて」
「鬼…か」
「斬りたくない人を斬るのが辛い。そんな事ありませんか?」
「そうだなぁ…まぁ、戦とは言え人殺しには違いないもんな。辛いのは良い事じゃないのか?何とも思わないなら、人として終わってる」
「…思わないんです」
「おっと」
 失言だったな、とちらりと舌を出す旦毘。
「それが緇宗に叩き込まれた成果です。今では…姶良を斬った事でさえ…」
「アレは仕方ないだろ」
「旦毘…この戦が終わっても、私は人として生きていけますか…?」
 乾いた風が一行の間を通ってゆく。
 武力だけで生きてきた人間が、必要とされなくなったら。
「大丈夫だよ」
 確信的に、旦毘が言う。
「俺達の居場所は黒鷹が…新しい世界が、作ってくれる」
 北方に聳える山を見る。
 そこに居るであろう黒鷹を――王を。民に居場所を齎す人物を。
「天の奴らと合間見えるのが辛いなら、隼と茶ァしとけよ。俺らが何とかするから」
「いやそれは…」
 思わず苦笑する縷紅。
「それはそうと、隼は今ちゃんと陣に居るんだろうな?」
「ええ。来てはない筈ですよ。あの傷もありますし」
「あれは何の傷?」
「…秘密です」
 いろんな意味で正直には言えない。
「ま、いーけど。なんかさ、総大将がアイツを戦場に出したくないみたいでさぁ。アイツ言う事聞くかなぁ?」
「光爛が?」
「やっぱ親だな。心配してるんだろ」
「…戦うなというのはまず無理でしょうね。抑えれば抑える程出て行く人ですから」
「だよなぁ。なんか、一騒動ありそうな気がするわ」
「私もです。何にせよ、親子があのままでは良くない」
「アイツ光爛に口聞かないもんなぁ。頑固者め」
「特別に照れ屋さんですしねぇ。光爛は隼に後を継がせたがってますし、何より隼自身が可哀想です」
「難しいなぁ。あれじゃ彼女も紹介できねぇし?」
「…彼女?」
「決まってんだろ、黒ちゃん」
「…有り得ませんよ、隼に限って」
「そうか?で、お前はどうなの?」
「は?」
「あの忍の子。離れて寂しいんじゃないの?」
「…そう言う自分はどうなんですか。一人身で寂しかったりするんじゃないでしょうね?」
「失礼な。俺は東軍に待たせてあるからよ。ちゃんと」
「へぇ?片思いじゃないでしょうね?」
「未来の良き妻だから」
「ほらやっぱり。貴方の事だから、出立前に振られてきたんじゃないんですか?」
「黒鷹と師匠は仲良くやってるかなー」
「…図星ですか」
「親子ゲンカしてねぇかな〜。大丈夫かな〜」
「あの人達は大丈夫ですよ。似た物親子ですから」
「分っかんねぇぞ?あのオヤジ余計な事言ってるかもしれねぇし…」



「っくしゅん!!」
 山の中に二人分のくしゃみが木霊した。
「何?風邪?二人して」
 鶸がきょとんとして問う。
「しかも同時にくしゃみなんて、さすが親子ってか?」
 羅沙も半分笑いながら目を向けた。
「通じ合ってんだよ。仲良し親子だもん、な?」
 照れもせず董凱は言ってのける。
「おっかしーなー。馬鹿は風邪引かない筈なのになぁ」
 その横で鶸は深刻に考えている。
「誰がバカだ、誰が。俺が馬鹿ならお前は大馬鹿だろうが」
 黒鷹は真顔の鶸に慌てて喧嘩を買うが。
「この際バカでもいいじゃないか。仲良さそうに聞こえるし?」
「…父上…」
 強敵出現。
「それはそうと、今どこまで登ったんだ?結構登ってきた感じはするけど」
 羅沙の言葉を受けて、一行は来た道を見やり、また行く道を見上げた。
「七分目…ってとこかな」
 答えを言う声を探すと、一行の目の前にある岩の上に茘枝が居た。
「何か見える?」
 見晴らしが良いであろう場所に居る彼女に、黒鷹が問いかける。
「大軍が動いているわ。多分、地の」
「天の軍は?」
「見えない。基地に直接攻め入る気じゃないかしら」
「天がそんな事許すだろうか…罠じゃないか?」
「罠…」
 董凱の言葉に黒鷹は不安を覚える。
「天の軍が見えないから何とも言えないけど、そうかもしれない」
「縷紅…焦るなよ…」
 遠く、地上で采配を振るう愛弟子に祈る。
「大丈夫だろ。縷紅だもん」
 鶸は彼らしく楽観的だ。
「天の兵力は縷紅が一番よく知ってる…昨日の戦いで手応えが無ければ不安になるでしょうね…。それだけ天にまだ兵力が残っているって事だから」
 茘枝は縷紅の事を思ってぐっと服の袖を握る。
 遠くから見守るしかない、それが歯痒い。
「…もしもの事があったら下山したい。いいかなぁ?」
 黒鷹は周りの人間に意見を求めた。
「兵の半分は戦場に向かわせる。だが我々は登りを続けた方がいいだろう」
「どうして…?助けずに見るだけって言うんですか…!?」
「お前を危ない目に遭わす訳にはいかんからな」
 董凱はそう言い歩き出したが、数歩進んで振り向く。
「言っとくけど、今のは親馬鹿じゃないぞ」
「……」
「一応、自覚あるんだ」
 言葉を失う黒鷹の横で、羅沙は冷めた目で「へぇー」と言っている。




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