RAPTORS
序
金属音と共に、大の大人の渾身の力が伝わってきた。
その細い腕では流石に受け切れず、身を躱しながら相手の脇へ刀を滑り込ませる。
自分の二倍はある体が倒れるのを横目で見、次の相手へ刀を向けた。
燃え盛る炎、飛び交う矢――戦場だ。
そこに十歳ばかりの子供が、男達の中に混じっていた。
屍を軽やかに飛び越え、普通の兵が使う刀を使いこなし、果ては大人より善戦し余裕の表情を浮かべている。
子供は一人ではない。二人で行動している。
一旦両方共片がつき、二人は背を合わせた。
「思ってたより強くねぇなコイツら」
口に笑いさえ含めて、銀髪の少年が言った。
「いや、お前が桁外れに馬鹿力なだけだ」
もう一方の少年が冷静に言ってのける。
「馬鹿力…ああそっか。そうかも知れねぇ」
素直に認めつつも、次には揄う口調で彼は言った。
「でも“桁外れ”はヒトの事言えねぇぜ、王子様?」
言われて、黒髪の少年は少しムッとする。
「そう呼ぶな。“黒”でいい」
「知ってるよ!」
二人は再び戦いに散った。
“黒”――彼の名は黒鷹(くろたか)という。名の通り黒づくめの格好、そして漆黒の長い髪。肌は子供らしからず白く、顔も整っている。
その言動さえ無ければ少女と見間違うだろう。
銀髪の少年は鶸(ひわ)という。黒鷹とは対照的に、少年らしく日に焼けた、表情もどこか悪戯っぽいところがある子供だ。
二人共頬に刺青がある。この国の慣わしで、男児には顔のどこかに刺青を入れる。その形は個々で違うが。
鶸が黒鷹を王子様と呼んだのは、別に揶揄ではない。事実なのだ。
この国をはじめ、この世界はそれぞれ王国で成り立っている。
この国は「地の国」。名の通り地上を領域とする国だ。
その上――上空に「天の国」がある。空に浮かぶ島々を領域とした文明の国だ。
そして「根の国」。地下にその文化を築き上げた民族だが、その実態を知る者は少ない。他国との接触を断った国だ。
今のこの戦争は、天と地の国が争っている。
元々両国の仲は悪い。緊張の糸が切れる度、戦争が起こっていた。
だが今回は、今までとは違った。
天の国の文明は、もはや地の国など相手ではなくなった。
天は、地を占領するつもりなのだ。
黒鷹は地の国の王子である。そして鶸はその従兄弟であった。
そんな身分の二人が戦場に出ているのは、単に性格のせいだ。
好戦的で怖い物知らず、そしてそれに実力が伴うのだから、彼らにとってはごく当たり前、自然な行動である。
もちろん彼らの周りの大人達がこれを放っておく訳はない。だが、どんなに手を講じても、彼らの姿は戦いの場にあった。
十歳にして、二人共手練れである。
そんなだから、黒鷹は戦いながら気付いていた。
「自分達の軍が押されている」と。
二人は再び顔を合わせた。
「じれったいなぁ!俺らが前線に行けば良かったのに」
鶸が叫ぶ。
「ガキが前線出れる訳ないだろ。大体、城抜け出して来たんだし」
黒鷹がそう応えていると、蹄の音が近付いて来た。二人の近くでそれは止まる。
馬上から声がかかった。
「黒鷹様、鶸様、ご無事で?!」
「だああぁ!様付けはヤメロぉ!気色悪い!!」
鶸が顔をしかめて叫んだ。黒鷹も同様の表情だ。
「何でトートツにそんなご丁寧なんだよ?」
「ここは聞く耳が多過ぎますから」
「誰も聞いちゃいねーよ!!」
二人に散々突っ込まれてもケロリとしているこの人物、名は「隼」という。二人より二歳年上の少年だ。
容姿が変わっており、色素が全く無いと思わせる程、肌と髪が白い。左目の瞳は青緑、それ貫く様に三日月型の刺青がある。右目は頭巾に隠され見えない。
表面上は黒鷹の側近、内実は身分すら関係の無い親友だ。
「…で、お前が出て来たって事は、」
「お二人共、城へお戻り下さい。陛下よりご命令です」
「やっぱりな…」
帰ろうという気が二人に全く無いのは明白だ。
「今頑張らねぇと俺ら負けちまうよ!?俺は負けを眺めるのは嫌だ!」
鶸は隼に訴える。
「…私もです。ですが我軍には既に勝機がありません。王族の血だけでも絶やさぬよう…」
隼と黒鷹の視線がぶつかる。
「逃げろと?」
「私の馬をお使い下さい。代わりに私が戦いますから」
隼が降りた馬に、代わって黒鷹が乗る。
「鶸、お前も」
馬上から黒鷹が呼びかけたが、鶸は応じなかった。
「血なんざお前が居れば十分だろ?俺は何されても残る」
「さぁ、早く!!」
隼の言葉を受け、馬は方向を換えた。
「悪い…」
呟いて、黒鷹は戦場を後にした。
城に近付くと、そこにはまだ数人の兵が残っているのが見えた。
城門の前で馬から降り、手綱をそのうちの一人に預ける。
「王子、ご無事で!?」
黒鷹の周りに兵が集まり、口々に同じ台詞を投げ掛けた。
それが親切心だろうが建前だろうが、十歳の子供には面倒以外の何物でもない。
だから答える筈もなく、要点だけを彼らに訊く。
「父上は?」
それもごく簡潔にだ。
「裏門でお待ちです」
「裏門?」
逃げる気だろうか――否。
黒鷹は、すらりと己の刀を抜いた。
「気付いたか」
低く、兵の一人が言った。
「天の奴らか」
視線を周囲に向ける。
ざっと、二十人ほど。
全員、刺青が無い。
「観念しろ、逃げる道は無い」
「――どうかな?」
手前の兵を斬り付ける。当然、大人しく斬られはせず、一撃を躱した刀が返ってくる。
それを受けず、黒鷹は地面を蹴り――走り出した。子供とは思えぬ速さで。
次々に兵を躱し、城内に逃げ込む。
走りながら考える。
――事態は思った以上に悪い方に向かっている。
この城が敵の手に落ちているなら、父上は…。
この国は――…。
最悪の事態が頭を過ぎる。
頭を振って考えを払拭し、一つの部屋を目指した。
王の居間。その扉を開ける。
「父上…?」
返事は無い。
別の場所だろうか、そう思い踵を返した――その時。
「地の王ならもう居ないわよ」
女の声。
「――嘘だ!!」
振り返る。
誰も居ない。
「…!?」
つ、と冷たい物が首筋に当たった。
「…!いつの間に…!?」
「大人しくして頂戴、王子サマ」
甘ったるい香りがする。
「誰が大人しくなんか…」
この匂い――
――マズイ!!
気付いた時には既に遅く、意識は闇と化した。
「死んだのか?」
「殺すなという命令よ。運んで頂戴」
その日、地の国は滅んだ。
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