違った物語も、悪くない。
両片想い(白→←鬼)鬼灯side
「ねえねえ鬼灯くん。君は所帯を持とうとかは思わないの?」
閻魔大王に宴会の席でそう問われた。
喧噪が一瞬耳に入らなくなってまたいつものように流す事を決めるのだ。
「ええ、あなたがもっとまともになったら考えますよ」
これは誰にも明かしてはならない、秘密です。

片両思い

思えば好きになったのはいつからかも覚えていないくらい思い続けていた。
千年前から喧嘩もするし嫌い合っていてそれの延長線上にただ好きという事実が生まれただけで特に告白など考えたこともなかったし、考えたくもなかった。
あんな女好きに告白をした所で鼻で笑われ馬鹿にされるだけだ。それならいっそ今のままで十分だ。
そんな事を頭の中で考えていると再度閻魔大王は「所帯を持てば君もさ、もっと落ち着くと思うんだよ。所帯を持ちなよ。好きな人とかいないの?」と問われた。
「…好きな人くらいなら」
考え事をしていたせいか、酒の所為か。思わず応えてしまった。
口にしてしまった。自分だけの秘密を。
「…そうだよね。鬼灯くんの好みってあれだもんね。って、え、いるの!?」
自分から聞いた癖に。失言だと舌打ちをした。
「…チッ、今のは忘れなさい」
金棒一振り。一瞬にして私の周りから物が散る。
飛び去っていく物であった欠片を眺めながら大王にしか知られなかったのはこれ幸い、と盃を傾けた。
この事は他には知られないように。知られてしまっては前のようには戻れないし私としては戻りたくない。
踏み出したらそのまま消えてしまいたいと願うくらいだ。
「…もっと隠し通さなければ」
あるいはいっそもう限界。潔く諦めてしまおう。
そう考えて焼き鳥串に手を伸ばした。
慣れない宴会などくるべきではなかったのだ。
誰にも想い人がいると知られたくない。
その願いはいとも簡単に崩れ去ったけれども。

「ほーずきさまー!!!!!」
少し酒の所為か覚醒するのに時間のかかった脳みそにいつも通りの元気な声が入り込んでくる。
「あぁ、おはようございますシロさん」
彼の目線に合わせるためにしゃがんで挨拶がてらに頭を撫でる。
「今日も元気ですね、シロさん」
「うんっ!俺、すっごい元気だよー!!」
嬉しそうに私の手を受け入れてぱたぱたとしっぽを振るシロさんに少し癒されつつ本題を問う。
「どうかしましたか?」
「ねえねえ鬼灯さまっ!鬼灯さま好きな人いるって本当!?」
思わず撫でていた手が止まる。
「シロさん、それはどちらで?」
「昨日鬼灯さま言ってたじゃんー!俺、聞いてたんだ!」
しまった。ふとシロさんの頭に置いていた手に力が入る。
「ほ、鬼灯様痛い痛い」
「…あ、すいませんつい力が入ってしまいました。シロさん。それは誰かに言いましたか?」
せめて誰にも言ってない事を祈った。他に知られたくはない。
「えっとねー、桃太郎に言った!!」
「シロさんしばらく散歩禁止でお願いします」
「えー!?!?」
一番最悪な状況に陥っている気がした。
いつも以上に眉間にしわがよった感覚がして、ますます深いため息をついた。

「お、いたいた」
パタン、と扉が開かれいつも通りの服装でいつも通り飄々とした態度で奴はやってきた。
これはきっと知られてしまったのだろう。
「チッ、あなたですか」
心の底からの舌打ちが出てしまった。するとやはりいつも通りに「相変わらずだなお前」と頬をひくつかせながら奴は私の前まで歩み寄ってきた。
「なんです。そんな事言いに来たんですか。暇なんですか。働け白豚」
いつもの暴言。至って普通。悟られないように精一杯だった。
だけど、すぐいつも通りは崩される。いつも通りに暴言の押収にはならなかった。
それは一番望んでいなかった展開だけれど。
「小耳に挟んだんだけど好きな人いるの?」
否応なしに手が止まってしまった。思わず奴を見た。
ばちり、と目が合う。少し鋭い瞳としばらく見つめ合う。
「…それが何か」
悟られないように必死に言葉を選んだ。表情や声色に出ないように。
なるべく早く視線を逸らしたかったけれどそんな事すればきっと怪しまれる。あまり、奴の目を見ていたくない。
そう思いかけていた時にふい、と視線を逸らされた。
きっと、すぐ肯定したからからかい甲斐がないと飽きられたんだろう。
「へぇ、お前にもそういうのいるんだ」
もう興味もなさそうな声で奴は軽く言う。こっちの気も知らないで。
「ええ。あなたと違って私は一途ですので」
なんとか嫌味で持ちこたえるしかなかった。想い続けても届かなかった存在が目の前にいて、それでも届かない。
本当、何千年と想いつづけてバカみたいだ。
一途でいたって、振り向いてもらえる確証なんて毛ほどもない相手だ。好きでいるのをやめるべきだ。何度もそう思ったけど好きでいる気持ちは変わらなかった。
気を紛らわすために頭に入ってきもしない書類に視線を落とした。どうせ、彼は誰か一人を思ったりはしない。
この気持ちは私だけのものだ。今までもこれからもそれで十分だ。
「ねえ。その好きな人ってどんな人」
そう思いかけていた時、彼は何の気なしに問いかけてきた。
意外と優しいところ。博識なところ。鬼神の私に勝とうと思えばすぐ勝てる癖に同じ立場まで降りてきてくれて同等に接してくれるところ。女好きでも紳士的であるところ。いつも変わらず隣にいてくれるところ。
「教えてよ」
再び彼を見た。彼の目はまっすぐこちらに向けられていた。今だけは彼は私を見ている。
きっと、これを言ってしまってはもう戻れない。
そうわかっているのに、彼の目を見ている内に口が開いてしまった。
パンドラの匣はいとも簡単に開けられる。
「…私は」
私はきっと何千年目の片想いを明かしてしまい、彼は驚き、そうして。
彼は知ってしまうのだろう。私などに想われていたと。
そして、彼は。どうするのだろう。
女でもない、嫌いだと公言している私に想われていたと知って彼はどうするのだろう。
怒るだろうか、茶化すだろうか、気持ち悪がるだろうか。
それを知るのが、今、何よりひどく怖い。
                    -FIN-

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