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「確認なんだけどさ、私がこっちの世界に来て結構経つんだよね?」
「何、今更」
隠の世に迷い込んでから記憶ではまだ数時間しか経っていないのに、目の前の二人は慣れた様に接してくれる。
昨日まで制服を着て平々凡々な学生生活を送っていたのが懐かしいとさえ思う。
「あ…!」
懐かしさに浸りながらふと頭に浮かんだのは、提出期限が明日までの課題の事だった。でも今ここには教科書がなければノートもない。正直に「忘れた」って言えば大丈夫だよね。
「その理由が隠の世に行ってましたー、なんて信じてもらえるはずがないじゃない!」
「和葉、さっきから独り言多過ぎ」
「すごい悩んでるようだけど」
そうだ、学生だって止むを得ない諸事情ってものがあるんだ。証拠を見せれば先生だって否が応でも「それなら仕方ないな」って納得してくれる、きっと。
形に残るものなら何でも良い。そこら辺に転がっている石ころとか、この部屋の壁に貼られているおぞましい呪符じゃあ駄目だろうな…。
あー、猫の写真まで貼ってある。雪見ってホントに猫好きなんだね。
…おおっ?そうか。
「壬晴、宵風!写真撮ろう!」
「「嫌だ」」
うわぁ即答且つ息ぴったり。ある程度は予測出来た反応も、実際に面と向かって言われると心にグサリとくるものがある。
「ほら、記念っていうか…一生の思い出に?」
「何で」
「どうして」
今、理由言ったよね。主語と述語を使った会話がしたい。
ぎこちなく笑って「撮ろう?」と促すと、壬晴が手招きをして私を呼んだ。それに従って近付くと、こそりと耳打ちをされる。
「和葉さんの恥ずかしい写真ならいつでも撮ってあげるよ?」
「ハイ?」
「冗談だよ。本気にした?」
撮って下さいとお願いしたらどうなったんだろうか。私の恥ずかしい写真。…一体どんな?
「雪見の机にあった」
「うん、えっ、何が?」
「和葉の恥ずかしい写真」
「何ですと?」
「…嘘」
「…はぁ」
二人して私をおちょくっているのか。上等じゃないの、受けて立つわ。
棚に置いてある雪見のカメラを勝手に取り出し、ローテーブルの上に乗せた。手入れの行き届いたカメラのレンズがきらりと光る。
沢山機能が付いている最新のデジカメを使わないのは、被写体のありのままの姿を撮れないからだとか。「パソコンで編集された写真は味がない」と。
何となくその気持ちが分かる気がする。
「はい、並んで並んでー」
「三人で撮るの?」
「当前!」
「…苦しい」
二人を両隣に座らせて首に手を回し、無理矢理自分の方へと引き寄せた。
セルフタイマーにしたのにいつまで経ってもシャッターがおりない。いい加減笑顔を保つのも疲れてきた。宵風に至っては笑顔を作る気もないらしい。
それにしても遅い。
「…ふっ」
あまりの遅さに何故か笑えた。ボタンの押し忘れかもしれない、と立ち上がろうとした。
―カシャッ
完璧な不意打ちだ。
フラッシュの光を浴びると同時に、両頬に妙な感触があったような…なかったような。
―――
電車の車内アナウンスが聞こえた。
ポケットの違和感に気付いて右手をつっこむ。薄っぺらい紙の様なものが入っている。
「写真…?」
日付けは確かに今日のもの。
『次で降りるからな。おい起きろって!』
『はぁ、疲れた。今何時?』
『…眠い』
聞き覚えのある声。
そして、見覚えのある顔。
「え、どうして…!?」
終
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