年の初めの。
Side A
タクシーのメーターの上のデジタル時計が11時34分だった。
「あそこの角の看板の所でいいです。」
隣に座ったヤマナツが運転手にそう話してた。
静かにタクシーが止まって、ヤマナツがお金を払ってた。先にタクシーから降りてヤマナツの荷物を持ってやる。
「ん、ありがと。」
「いいよ、持つ。」
ヤマナツがマンションから持ってきた紙袋をそのまま手に持って歩き出した。
立派な門松の飾られた門を潜る。
入ってすぐに、歩いてくる人影にヤマナツが頭を下げてた。
「ナツ坊か、おめでとう。」
スーツの上にこげ茶色のコートを着た、50代位の男の人。ヤマナツをナツ坊と呼んだ時点で小さい頃からヤマナツを知ってる人って事だ。
「おめでとうございます。」
新年の挨拶を返したヤマナツ。
……見た事あるような……。
「まぁだ芸能人なんぞやっとんのか。」
「アハハ、はい。まぁだやってます。」
笑ったヤマナツがその人に冗談ぽく返す。
「ん?見た事…あるな。」
俺を見たその人がヤマナツの頭を撫でてた。
「同じグループのアズマ君です。スーパーアイドルですよ。」
「おぉ、スーパーアイドルと仕事してんのか。」
感心するように何度も頷いたその人の連れ(……と言うよりは明らかにお付の人)が帰りを促してた。
「じゃあまたな。」
「はい、失礼します。」
頭を下げたヤマナツに続いて、俺も頭を下げた。
その人達が門を出て行くのを見届けてからヤマナツに話し掛けた。
「俺もあの人、見た事ある。」
「泉川の伯父様、ばあちゃんのお兄さん。」
「ん?………泉川、隆一郎……?」
「うん、泉川先生って呼ばれてる。」
「………へぇ。」
泉川先生ねぇ……。政治家の親戚も居るのか。泉川…って何かの大臣してなかったか?
ヤマナツが玄関を指差して「行こ。」って笑った。
玄関の扉は開けっ放しになってて、玄関の中にまだ人が居るのが見えた。
「お正月はさ、お客さん多いんだよね。早く帰ろ。」
独り言みたいにヤマナツが口にした。
早く帰ったら、お前のおじいさんとハナエさんが寂しいんじゃないのか?
「ただいま。」
そう声を掛けて玄関の敷居を跨いだヤマナツの後ろを付いていく。
ヤマナツが言う通り、玄関の中や廊下にスーツを着た大人が何人か…家の奥の方にも人の気配がたくさん。
超カジュアルな俺とヤマナツ。
ヤマナツの声に振り返った皆が一斉に「わぁ、」と声を上げる。
ヤマナツはそんな人達に頭を下げると、俺の腕を掴んで引っ張った。
「上がって。」
え、この人達には「おめでとうございます。」って挨拶しなくていいのかよ。
引っ張られるまま靴を脱いで家に上がる。
「おい、ヤマナツ。」
「いいから。」
ヤマナツは何故か溜め息吐いて、俺の腕を引いて見覚えのある座敷の前まで歩みを進める。
ガラス障子のある縁側廊下にも何人かの人が居た。
その人達がヤマナツに頭を下げてる。
あ、そうか。ヤマナツお坊ちゃんだっけ。
「夏希です。失礼します。」
障子の前にスッと膝を付いたヤマナツが部屋の中へそう告げてから開ける。
中にはヤマナツのおじいさんしか居なくて、ヤマナツを見て「おかえり」って声を掛けてた。
立ち上がったヤマナツが俺に先に入るように促してくれて、一緒に座敷へと入る。
和服を着たおじいさんの前に正座したヤマナツが畳に手を付いて頭を下げる。
「明けましておめでとうございます。」
「はい、おめでとうございます。」
身体を起こしたヤマナツが、ふぅ…と息を吐いた。
「ごめん、遅くなった?」
「いや、予定通りだろ。客が早いんだよ。」
ヤマナツの後ろに座った俺と目が合ったおじいさんが頭を下げた。
俺も同じように手をついて「おめでとうございます」って挨拶をしたら、笑いながら「はい、おめでとうございます」って返ってくる。
「家族の挨拶が終わらないと、お客さんがじいちゃんと挨拶出来ないんだよ。」
困ったように苦笑いするヤマナツがそう教えてくれた。それで「いいから」って一目散にここへ来た訳か。
「仕事、忙しそうだな。」
「うん、今日は夕方から。」
「おせち、食べて行きなさい。吾妻君も一緒に。」
「そのつもり。ご馳走食べれると思ってさ。」
臆面もなくそう答えたヤマナツに、おじいさんが声を上げて笑った。
着物の袖に手を入れたおじいさんが、紙の袋を取り出した。
「夏希、はい。お年玉。」
「ありがとうございます。」
両手でそれを受け取ったヤマナツがお礼を言ってた。
「で、コレが吾妻君の。」
「え。」
差し出されたお年玉袋。断るのもおかしいけど、勝手に着いて来た俺がコレを貰うのも……。
「貰っちゃえば?」
ニコ、と笑ったヤマナツ。
「ありがとう、ございます。」
「いえいえ、どういたしまして。」
嬉しそうに笑うおじいさんとヤマナツ。
しかも、このお年玉袋……何か重い。ドキドキするぜ。
「じゃ、お客さんの相手頑張ってね。」
「もう行っちゃうのか。」
「帰る時にまた顔出すよ。」
お茶を飲みながら座り直してるヤマナツのおじいさんが苦笑いしてた。
大きな会社の社長さんは、お正月も人と会うお仕事があるのか。………大変だな。
座敷を出ると、廊下で待ってる人にヤマナツが頭を下げた。
「お帰りなさい。」
「お年玉貰った。」
声を掛けてくれた中年の男性に、ヤマナツがお年玉袋を見せて笑ってる。
「良かったですね。」
ふ、と吹き出して笑ったその人とその周りの人もヤマナツを見て楽しそうに笑ってる。
ヤマナツに連れられて入った部屋にハナエさんも居て、お茶と和菓子を出して貰った。
「コレ、事務所のマネージャーさんがお家の人にって。」
「あらあら、気を遣って下さって。」
持ってきた紙袋をハナエさんに渡すヤマナツ。
軽いから多分煎餅かあられだと思う…と思ってたら、ハナエさんが「米菓子かしら?」って箱を振ってた。
種類で言ったら、本当にお上品なご婦人のハナエさんが時折見せるこういった所が何と言うか……。
ヤマナツが先程貰ったお年玉袋を俺に見せて楽しそうに笑った。
「貰えたね。」
「あぁ。やったな。」
「ハハハ。」
お正月に山本の家へ挨拶に同行する事を決めた時に、お年玉が貰えるかもよ?冗談で話していた。まさか本当に貰えるとは。
「春馬が吾妻君も夏希と一緒に来るかもしれないって言ってたから用意してたのよ。」
ウフフって笑うハナエさんが教えてくれた。
2人でお年玉袋を手に目を合わせた。
「見てみる?」
「そうだな。」
ヤマナツのと俺の中身が同じかは分からない。
先に中を覗いたヤマナツが「ん?」って声を上げてた。
俺も中を覗いて同じような声が出そうになる。
「え、これ500円玉じゃないの?」
袋を傾けて中身を手の平に出したヤマナツ。
見覚えのない銀の硬貨。
俺も中身を手の平に出した。同じ硬貨。
「1、10、100………、」
ヤマナツがそこに刻まれた0を数える。
俺は手の平に乗せたまま見えた漢字をそのまま読んだ。
「……十萬………。」
はじめて見た、10万円銀貨………。
「夏希はお年玉は今年で終わりですよ。今年ハタチになるんですからね。」
「だから奮発したとでも……?」
苦笑いするヤマナツ。
ヤマナツもこのお年玉には想定外だった模様。
「今迄ずっと500円玉だったのに……。」
だから、貰っちゃえば?って軽く言ったのか。
でもコレって……普通にお買い物とかで使えるのか?
このまま自宅保管しとくのもかなり怖いんだけど。
この後、豪華なおせち料理に舌鼓を打ち、お酒やビールの誘惑と戦う俺。
時折おせちを食べる俺達を覗きに、色んな人が来た。
「芸能人が居る。」そう聞こえた野次に密かにココの坊ちゃんだって芸能人だとツッコミを入れる。
次々とやってくる大人達がヤマナツにお年玉だと言って小さな袋を渡して行くのを見届けた。その度に「もう働いてますから」とお断りするヤマナツ。結局殆どありがとうって貰ってたけど。
この家には子どもはヤマナツしか居なくて、周りは大人ばっかりで………、お客さんも親戚も皆してヤマナツを可愛がってるように見えた。
実際、山本の家の跡取りの大事な山本夏希という男を皆で可愛がっているんだ。
ヤマナツ、このままアイドルしてていいのか?
そう聞きたい言葉は、ぐっと堪えた。
ヤマナツの携帯電話に着信が入る。オダッチからのようだ。
「ご馳走様でした。」
2人で手を合わせて声を揃えたら、ハナエさんが美味しかったかって聞いて来た。
「伊達巻と田造りが美味しかったです。」
そう答えたら、ハナエさんが頬を赤らめて「あら」って笑った。
給仕をしていたお手伝いさんが「その2つは奥様が作られたんですよ」って教えてくれた。
「吾妻さん、ウチにお婿さんにいらっしゃいな。」
ウフフって笑うハナエさんの肩をヤマナツがポンと叩いてツッコミを入れてた。
そして、マンションから持ってきた車の鍵を手にガレージへと連れて来られる。
話には聞いていた、黒いポルシェが俺達を迎えてくれてたように見えた。
「左ハンドル、平気だよね?」
「うん、多分。」
今乗ってる車は外国車だけど右ハンドルのもので、左ハンドルは試乗車を乗った位だ。
エンジンを掛けた後、思わずヤマナツと顔を見合わせる。
「お正月ドライブへ、ゴー!」
そう言って、グーにした手を上げたヤマナツが笑顔で。
ドライブって言っても事務所に行くだけだけど。
それでもこの車でっていうのは特別なんだと、気持ちが逸る。
お雑煮、お年玉、おせち料理。おまけにお正月ドライブ。
久し振りに、何年ぶりかのお正月の気分を満喫した。
ありがとう、ヤマナツ。
でも、このお年玉、……マジどうしよう。
2012.01.01.
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お正月です。
ありきたりなヒメハジメがどうとかいうお話は置いといて(笑)、アズナツはきちんとお正月雰囲気を味わうお話で今年を始めました。
ヤ「俺はカマボコと栗きんとんが美味しかった。」
ア「俺はヤマナツがお」
ヤ「もういいよ………。」
ア「最後まで言わせろよ。」
アズマ、日々セクハラエロオヤジ化………(笑)
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