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必要2



――うっすらと目を開く。
見覚えのない室内は薄暗く、かろうじて布団に寝かされていることだけは理解できた。


「…起きたか、佐助」


心地の良い低音の声に目を向けると、小十郎さんが枕元で手桶にためた水で手拭いを絞っていた。
その手拭いを俺様の額に乗せてくれて、その心地よい冷たさに、先程のことを思い出す。


「………」

「お前、いきなり倒れたんだ」


そう言われて思い出したのは、会談の席で胸が苦しくなり、意識が霞んでいってしまったこと。


「…そ、っか」

「…こんなもん巻いてるからだ」


そう言って、白くて長い布を俺様にも見えるように持ち上げて見せた。


「、それ…?」


何、と言いかけて、胸元の締め付けが全く無いことに気付く。
慌てて布団を捲って自分の姿を確認すれば、いつもの忍衣装を着ていないことは一目瞭然で。
変わりに俺様が身に付けているのは、ゆったりとした浴衣のような淡い水色の着物。
常に胸に巻いていたさらしは、無い。


「…小十郎さん、が?」

「ああ」


誰がさらしを外して、更に着替えまでさせたのかと問いかける。
小十郎さんは頷いて肯定をしてみせたが、続いて何も言おうとしない。
そんな小十郎さんを見ていると、上体を起こしていた体勢から徐々に力が抜け、重力のままに俯いた。


「…俺様、ね、女、なんだ」

「ああ」


知られたからといって、別に隠したいわけでも無かったので、自分は女だと告げる。
すると、再度小十郎さんは頷いて、やはり何も言おうとはしない。


「…驚いたでしょ」

「…ああ、いきなり苦しそうに倒れたからな」

「っ、そうじゃなくて!!」


俺の意図した質問の回答とは見当違いな小十郎さんの言葉。
それを聞いて、俺の口からは反射的に声がついて出た。
刹那、思わず大きな声を出してしまったことに後悔する。


「…佐助?」

「…そうじゃなくて…っ、」


小十郎さんは、もっと他のことで驚いてるはずなんだ。


―――俺様が、俺が、『女』だってことに。


「おれ、は…」

「…お前は『女』だな」


俺が言葉にするよりも早く、小十郎さんが発した『女』という台詞に、大袈裟に肩が跳ねてしまう。


「っ、」


恋人となる前に話すことが出来ていなかった、そんな罪悪感からだろうか。
ずくりと、鋭い刃で胸をえぐられたような感覚が身体を突き抜けた。
喉が酷く乾いて、まるで張り付いてしまったかのように、口からは声にならない空気ばかりが抜ける。


「ぁ、う…」

「佐助」


己の名を呼ばれるままに、俯いていた顔を小十郎さんに向ける。
小十郎さんは憤りを感じているでもない、まるで普段のような顔を俺に向けていた。
が、俺の顔を見るなり、ふ、と息を吐いてふわりと微笑む。


「お前は、自分が『女』であると言わなかった事を、俺が怒っているとでも思っていたのか?」

「う…」


図星をつかれてしまい、いたたまれなくなって思わず視線を逸らすと、再び小十郎さんが微笑む空気が伝わってきた。


「俺は知っていたんだがな。お前が、佐助が、『女』だって」


あまりにも唐突に言われた言葉は、脳内での処理に時間がかかるらしい。


「…は…っ、?」


たったの一文字の返答を返すのに、たっぷり時間がかかってしまった。
小十郎さんを見つめたままでいると、今度は小十郎さんがいたたまれない気分になったのだろう。
俺からわざと視線を外して、言葉を続けて紡ぐ。


「お前と初めて会った戦場、お前と会う少し前…。あそこにいた真田が大きな声で叫んでいた」

「え、だ、んな…?」

「『佐助ぇ!女なのだから無理はするな!!』…ってな」


小十郎さんの口から聞こえた台詞は、女だてらに戦場を駆ける俺様を心配する、真田の旦那の聞き慣れた台詞だった。


「それって、つまり――」

「…つまり、佐助と出逢う前から『猿飛佐助』が『女』であることは、もう知ってたんだ」


思わぬ落とし穴があったというのは、つまりはこのことだろう。


「えーと、つまりは、その…、……嘘だろぉぉ!?」


真田の旦那…、確かに口癖みたいに言っていたし、むしろ口癖なのだろう。
そんな口癖を、小十郎さんが俺と出逢う前に聞いていたなんて…!!


「ああ、もう…」


次第に全身から力が抜けて、それに逆らう事も出来ずに布団に突っ伏すようにうなだれた。
真田の旦那も無意識だったのだろうし、誰が悪いでもないのだが。
小十郎さんから聞いた事実に、真田の旦那に内心で苛立ちが募る。


「これからは、旦那が戦場で言わないように徹底しよう…。それまで好物の団子抜き、かな」


俺様の本心からの呟きに、小十郎さんは『そこまでやる必要は無いんじゃないか』
と言ったが、俺様の決意は変わらなかった。






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あきゅろす。
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