必要1(小十♀佐)【相互記念:爛さまへ】
※にょた化佐助に注意
上田の城下にも見事な桜が咲き乱れた、ある春の日。
舞い散る桜に人々が感嘆の息を漏らす中、真田忍隊長である俺、猿飛佐助は深い溜め息を吐いていた。
「はぁー…、参ったなぁ…」
こんなに暖かくて、城下の民ばかりか城内の者も、花見だ桜だと浮かれている。
そんな空気の中、俺様には悩みがあって。
とてもじゃないが、そんな気分になれはしない。
「佐助ー!」
何度目だか分からない溜め息をついて空を仰ぐと、主が己を呼ぶ声が響く。
「あらら、もう奥州に行く時間、かぁ…」
憂いをたっぷり帯びた言葉は、春の風にさらわれて消えた。
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真田の旦那の騎馬が駆ける傍らに寄り添って、伊達の旦那との会談の為に奥州に向かって土を蹴る。
「…もう着いちゃった…」
伊達の旦那が居住としている城が見え、気分が沈むのが自分でも分かった。
これをもたらしているのは、伊達の旦那のそばにいて、竜の右目と言われる、片倉小十郎である。
胸が少しだけ苦しく感じて、頭を振っていると。
真田の旦那が騎馬の上からこちらを伺うように顔だけを向けた。
「どうした佐助?…女であるのに、無理をさせたか?」
「…。何でもないよ!ありがとう旦那」
「…そうか。お前は某にとって、姉のような大切な存在だからな。疲れたら遠慮せずに申すのだぞ」
そう言って、太陽みたいな笑顔を向ける旦那に、心底暖かい気持ちになった。
――でも、
「…本当に何でもなかったら、良かったんだけどね…」
そんな言葉は、旦那には到底言えなくて、僅かな息の中でそう呟いた。
悩みというのは、誰もが一度は経験したことがあるであろう色恋事についてだ。
…なんだ、そんな悩みか。
と、一蹴できればどれだけ楽か。
相手は、先にも憂いたばかりの片倉小十郎その人で。
戦場で出会い、『惚れた』と言われ、忍である俺様でも『構わない』と言い、そんな彼に自分も惹かれ、公言は出来ないものの、俗に言う『恋人』となったのは記憶にも新しい。
生まれて初めての経験に、浮かれに浮かれていた俺様は、先日あることに気付いた。
戦忍である俺は、物心ついた頃から男装でいる事が当たり前で、他のヤツになめられないようにと、普段も胸にさらしを巻いて男のように振る舞っている。
味方でも、それを知る人はそう多くない。戦場で男同士として出会い、男として口説かれて。
そして、想いが通じるのに時間がかからずに恋人となった小十郎さんに、己が『女』であることを伝えていなかったのだ。
あまりに時間が経っておらず、身体を重ねることもまだ無かったので、小十郎さんは知るよしもないだろう。
「…俺様ったら、本当にお馬鹿さん…」
少しながら膨らみのある胸に手を当てて、呟いてすぐ。
俺達は伊達の旦那の城の門をくぐり抜けた。
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旦那と伊達の旦那の会談が始まって、俺様は少し前に座る真田の旦那の背中ばかり見つめていた。
「はぁ…」
小十郎さんも同じように伊達の旦那のすぐ背後に座していて、時折こちらに目線を向ける。
そのたびに、少々強面ながらも整った顔に、心臓が跳ね上がる。
…見た目もだけど、男である俺様に告白するなんて、たいそうな御仁だよ…。
「ほんと、俺様には勿体無いや…」
気付かれないような声で、小さいながらも言葉にしたのがまずかった。
言葉というものは、自覚させるにはもってこいの道具なのだ。
『忍に恋なんて必要ない、馬鹿げてる』
『身分が違いすぎて、釣り合うはずがない』
ドロリ、とした嫌な感情と言葉が、頭の奥底から湧いては消え、湧いては消える。
―――そうだ。
――俺様は忍。
―忍である俺は、こんな感情なんて持っちゃいけない。
必要ない。
女であると伝え忘れた?
そんなことは、そもそも悩む必要もなかった。
道具として使われる忍に、恋、なんて…。
「…うっ」
次第に苦しさを増す胸に手を伸ばし、ぐしゃりと布地を掴む。
「、は…」
いらない。いらない。
忍がこんな感情を持つなんて、おこがましいにも程がある。
小十郎さんには、綺麗に着飾った姫のような娘が似合うに決まってる。
汚れた仕事ばかりしてきた俺みたいな忍は、あの人には似合わない。
「ぐ…」
苦しい、苦しい。
痛い、痛い…。
胸を掴む手の平にも自然と力が入る。
それでも、一度溢れた感情は止まらない。
「う、」
忍なのに。
いらない。
こんな感情は。
恋、なんて。
必要ない。
いらない。
おこがましい。
いらない、いらない。
恋。
いらない。いらない。必要ない。
…小十郎さん。
「あ、ぐぅ…っ」
掴む手の骨が軋んで、胸が痛くて、とても苦しい。
こんなの、拷問のほうがまだ楽に決まってる。
こんなもの、
いらない。
「佐助ぇっ!!」
誰かが俺様の名を叫んだ。
意識すら必要ないと、身体がそれも手放すと同時に聞こえた声。
それは、小十郎さんの声だった気がして。
ふ、と暗転していく意識の中で恨めしく感じた。
――ああ、やっぱり。
―俺は、なんて勝手なんだ。
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